190.世界一周に80日もかかるの?
「そういうことだから準備だけはしといて。
旅券はあるよね」
「うん」
「査証は僕の方で取っておくから。
レイナは身の回りの物をバッグに入れて、それ以外の服とか靴とかはキャリーケースに詰めていつでも出かけられるようにしておくこと。
向こうに予定を知られたくないから、ある日いきなり出かける」
「判った」
そういうことならレイナとしては準備して待っていればいい。
キャリーケースはレスリーのところにお泊まりにでかけた時に用意したものがあるけど、一晩だけのつもりだったからあれでは小さすぎるかも。
もっと大きい物を買った方がいいかな。
そう考えていたらシンが言った。
「荷物は最小限でいいよ。
服とか靴とかは向こうで買えば良いし」
「そうか」
お金の心配がないっていいなあ。
「『80日間世界一周』という映画があってね」
シンが脱線した。
「世界一周に80日もかかるの?」
飛行機なら無理すれば1日か2日で回れそうだけど。
前に調べたところだと、日本から英国に行くのに14時間しかかからない。
しかもずっと席に座っているだけで、寝てても良い。
「昔の話で、まだ飛行機がなかったんだ。
鉄道や船はあったからそれを乗り継いで地球をぐるっと回る話」
「ふーん。
何でそんなことを?」
ただ回るだけでは観光も出来ないように気がする。
ていうか、本気で地球一周の観光旅行をやったら2年や3年はかかりそうだけど。
「主人公が賭けをしてね。
80日で世界一周出来るかどうか。
で、本人が出かける」
「よっぽど暇だったの?」
何の仕事をしていたのか知らないけど三ヶ月近く休んだら拙いのでは。
「主人公は独身の紳士階級の男でね。
よく判らないけどお金を持っていて働かなくても大丈夫だった。
親から大金を相続したニートみたいなものだったのかも。
で、退屈していたからそんな賭けに乗ってしまったんじゃないかな」
「色々な人がいるのね」
ピザを食べながらのレイナの感想だった。
シンが何のつもりでそんな話をしているのか判らないけど、何か意味があるのだろう。
ひょっとしたら冗談かもしれないけど面白いお話だからそれでも構わない。
「というのが前振りなんだけど、映画の初めの方で主人公が仲間達と賭けをすることになって、帰宅してそのまま出かけるんだ」
「え?
世界一周に?」
無茶過ぎない?
だって何の準備もしてないのに突然?
「自分だけならそれは身軽だろうけど」
「当時の紳士階級の男は従僕という召使いを雇っていたんだ。
その従僕はその日に雇われたばかりだったんだけど、帰宅した主人に突然これから世界一周するからついてこいと言われて」
そんな無茶ぶりされたら普通は辞めない?
「ところが辞めないんだよね。
それどころか『何を用意致しましょうか』と」
主人公もおかしいけどその従僕も変でしょう。
「世界一周の準備って凄いのでは」
シンはにやっと笑った。
「ところが主人公は従僕に言うんだ。
靴下を4足用意しろと」
「それだけ?」
「あとは金庫から札束を全部出してトランクに入れる。
必要なものは途中で買えば良いからと」
「ああ」
それが言いたかったのか。
確かに今のシンならそれが出来そう。
お金が足りなくなったらナンバーズとかすればいいんだし。
それに今のお金は電子化されているから札束なんか持ち歩く必要もない。
カード、いやスマホが一台あればどうにでもなりそう。




