1.まだ死んでない
「ま、とりあえず掛けなよ」
少年が指さした所には粗末な長椅子があった。
木製らしく薄汚れてはいたが、いかにも頑丈そうだ。
おずおずと「触れて」みるとざらざらした感触だった。
「状況が判ってるの?」
呆れ果てて聞いてみたら少年は肩を竦めた。
「もちろん。
少なくとも君よりは」
「君って。
貴方は見習い神官でしょう。
私は」
「聖女候補だろ。
つまりまだ位階がない。
従って僕の方が上だ」
無礼な! と怒鳴りつけようとして押し黙るレイナ。
間違ってない。
レイナは正式には単なる聖女候補であって、叙階されるまでは無位だ。
それに対してこの少年は既に見習いとはいえ正式に神官に叙階されている。
聖教においてはこの少年の方が「偉い」のだ。
レイナが憮然としながら粗末なベンチに座ると少年は平然と隣に腰掛けてきた。
「さて。
レイナ様だったっけ。
初めましてかな。
僕はロシタレル・ハントだ。
だった」
「だった?」
変な言い方をする。
「うん。
最初から説明しないと判らないよね。
まず、周りを見回してみて」
レイナは言われたとおりに周囲に目をやって固まった。
ここ、どこ?
綺麗に整備された敷地のあちこちに得体の知れない物体が鎮座している。
中が空洞な円錐形の建物?
三角形の骨組み?
鎖でぶら下がった板?
こんなの見た事も無いどころか用途すら見当がつかない。
「ここは……大聖殿じゃない」
「そう。
それどころかミルガンテでもない」
ロシタレルと名乗った少年神官が楽しそうに言った。
「どういうこと?」
「さっきの事を思い出してよ。
僕は何をした?」
「え。
あ! 大聖鏡に飛び込もうとして」
「いや、飛び込んだんだけどね」
「そんなことをしたら一挙に聖力を奪われて死んでしまうじゃない!
え?
私も死んだの?」
肩を竦める少年。
「やっと気づいた?
そう、今頃は大聖鏡の中に僕と君の死体が折り重なって倒れているはずだ」
何てことを!
それは退屈で仕方がなかったけど、自殺するほどではなかった。
というよりは私、こいつに引きずられて死んだ?
「まさか」
「心中みたいに見えてるだろうなあ。
大変だ」
少年がため息をつく。
パニックになったレイナは「あ?」とか「え?」とか「やだ!」とか呟いていたが、ふと気がついた。
「死んでない?」
「うん。
ミルガンテには僕たちの死体が残されただろうけど、まだ死んでない」
「でもそれは……」
聖力の講義を思い出す。
聖力は魂を構成する「力」だ。
生物は物質である肉体と聖力である魂から成り、どちらが欠けても生命活動が停止する。
老朽や損傷で肉体が活動を停止すると、魂は拠り所を失って霧散してしまう。
逆に聖力の塊である魂が何らかの原因で失われても、肉体は活力を失って朽ち果てる。
だが。
「つまり今の私たちって肉体を失った魂だけってこと?」
「そう。
聖女候補である君はもちろん、見習いとはいえ神官になれた僕は普通の人より魂つまり聖力が桁違いに強力だ。
だから肉体が死んでもしばらくは存在し続けられるんだけど」
肩を竦める少年。
「こうしている間にも肉体を持たない僕たちの魂は消耗し続けている。
君はともかく僕はあと1時間も持たないだろうな」