14.弱ったな
「70億!
あり得ない!」
ミルガンテは世界屈指の大国だが、全人口は百万人くらいだと聞いている。
その百倍!
世界全体では七千倍?
「技術が進歩しているからそれだけの人口を養えるんだよ。
しかもその力は聖力じゃないから限界がない」
「信じられない」
「まあ、ゆっくり慣れていけばいいから」
巨大な建物に入り、自動で動く階段に乗って細長い場所について、やっぱり自動で動く長すぎる乗り物に乗せられた。
この時点でレイナはシンの腕にしがみついていた。
怖いどころじゃない。
一人では足がすくんで一歩も動けないどころかしゃがみ込んでしまいそうだ。
「弱ったな」
シンが言った。
「ごめんなさい」
「いや、レイナのせいじゃないけど。
ていうか多分勘違いしている。
僕が弱っているのは周り中から誤解されていることで」
誤解?
と見回すと、周りに立っていたり長い座席に座っている人たちがさっと視線を逸らせた。
注目はされているようだ。
レイナは聖女見習いとしてどこに行っても注目の的だったから、こんな視線には慣れているのだがどうも種類が違うような。
「聖女に向ける視線じゃないわよね」
「そもそもこっちの世界には聖女なんかいないから。
じゃなくて僕と君との年齢差と、あと君が目立ち過ぎるからだよ」
「私が目立つ?」
「ああ。
どうみても外国人の美少女で、しかも外見的には女子高生くらいだ。
そんな美少女が中年のサラリーマンと一緒に居るんだから」
よく判らない。
シンはどうみても大人だし、まだ成人していないレイナの保護者であることは間違いない。
「だから援交と言ってね……。
まあいいか。
とりあえず君のその長くて真っ直ぐな白銀の髪と紫色の瞳と長くて細い足を隠さなきゃな。
肌の白さはまだいいけど。
顔立ちもマスクで」
ブツブツ言い出したシンをほっておいてレイナはようやく落ち着いた。
周り中から注目されてその視線を無視することで、ミルガンテでの生活を思い出したのだ。
気にしなければいい。
そうなると窓の外が気になる。
「ねえシン。
あれってみんな家なの?」
「そうだよ」
「いつまでも終わらないんだけど」
「人口が多いからね」
とんでもない世界だ。
この国だけで一億人。
これだけの人がいればレイナ一人くらいは隅の方に紛れ込んでもいいのではないだろうか。
そう、聖女じゃなくて庶民になれるかもしれない。
でもそうしたら暮らしていくことが出来るかどうか。
レイナは世間知らずだが、侍女たちや神官達の会話を聞いていたので大聖殿の外の世界が厳しいものだということは知っていた。
ただ食べるだけでも死に物狂いで働き続けなければならない。
裕福な者は一握りで、後は家畜のように働き続けて一生を終える。
それも雇って貰えればの話だ。
聖女の侍女たちは比較的裕福な階層の出だったが、世間知らずというわけではなかったからミルガンテの庶民生活の過酷さは知っていた。
そして、大聖殿の侍女でいられることの幸運に感謝していた。
そう、裕福な者にはそれなりに苦労があり、生存競争を繰り広げていることには変わりはない。
油断したり運が悪かったりすればたちまち落ちぶれて命すら危うい。
こちらの世界はどうなのだろうか。
言葉も通じない、何の知識も技能もない異世界の女が生きていけるほど寛容なのか。
シンは当面、世話をしてくれるという話だけれど、それはいずれはレイナから離れると言っているのと同じだ。
そうなった時に自分一人でやっていけるのか。




