157.うーん、それは問題だね
「……ええと、何の話だったっけ」
リンが間の抜けた声で言った。
「あー。
確か中世欧州の歴史でしたよね」
「レスリーが十字軍とか言い出して」
そうだった。
そもそもレイナとしては秀吉とやらの朝鮮派兵とか元寇とか知りたかったわけじゃなくて。
「……ということでよろしいでしょうか」
「ああ、うん。
ありがとう」
こうしてレスリー先生の歴史談義は終わった。
リンは何か腑に落ちない様子で数学の参考書に戻り、レスリーは恥ずかしかったのか教室を出て行ってしまった。
レイナも歴史年表に戻ったがすぐに投げ出した。
今のレスリーの話からすると、こんな年表見ていても何も判らない。
レスリー並とは言わないが、せめてリン程度にはなっておきたい。
すぐには無理だろうけど。
翌日、朝食の前にシンに連絡して時間をとってもらった。
食事に誘われたのでシンの部屋を訪ねる。
「忙しいのにごめんなさい」
「いいよ。
レイナの優先度は一番だし」
これは別にレイナが好きとか大事とかじゃなくて、レイナに何かあったらシン自身の生存に関わって来そうだからだろう。
依然としてレイナがちょっとしたことでも激発しかねない爆発物であることにはかわりはない。
リビングで一緒に朝食を摂る。
食パンにコーヒーというところだったが、やはり美味しい。
日本に転移してきて大正解だ。
「で、話って?」
食べながら説明する。
英国でタイロン氏の組織と会った時に、あまりにも無知では恥ずかしいどころか下手をすると問題を起こしかねないこと。
かといって中世欧州の歴史やその他の知識をすぐに習得出来そうにないこと。
「うーん、それは問題だね」
困ったような口調の割にはシンの表情は余裕だった。
「どうしよう」
「まあ、交渉とかは僕がやるからいいんだけど。
でもレイナも訳が判らないまま流されるのは嫌でしょ」
「それはそうだけど」
実際には知識があっても無理だと思う。
タイロン氏をみれば判るが向こうは海千山千の大人だ。
大金持ちで巨大な組織をバックに人を思い通りに動かすことに慣れているはず。
レイナみたいな小娘が何をどうしようが対抗出来るとは思えない。
「私はシンの付属品でいい」
「いや逆でしょ。
僕がレイナの付属品なんだよ」
シンは手を広げた。
「真の強者は黙って座っているだけでいい。
後の事は配下がやる。
という役割をレイナと僕とでやるつもりなんだけど」
「それでいいの?」
「いいも何も。
むしろレイナが動いたら壊滅でしょ」
酷い言い方だがその通りだ。
レイナが本気で聖力を振るったら何もかも吹き飛んでしまう。
そうか。
そこまでいかないようにシンが動いていると。
「なら私はどうすれば」
「そうだなあ」
シンは腕を組んで考えるふりをした。
前から思っていたんだけど、この人っていちいち芝居がかっているのよね。
ミルガンテで身についた習慣なのか、あるいはシン本来の性格なのかは判らないが。
まあ、そんなことを言い出したらレイナなんかもっと酷いけど。
レイナが自由に振る舞ったら数日で何もかも粉砕されてしまうかも。
「ならレイナはレスリーさんから出来るだけ話を聞いといて。
組織についてだけじゃなくて向こうの生活や環境なんかも」
「レスリーは下っ端だって自分で言っているけど」
「下っ端の立場だからこそ見える景色もあるからね。
何にせよ無駄にはならないよ」
そのくらいか。
まあいいや。
 




