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異世界の聖女は何をする?  作者: 笛伊豆
第十章 聖女、料理を学ぶ
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幕間10

 河野幸子は待機室に入ろうとしてドアに掛けた手を止めた。

 中が騒がしい。

 このコミック/ネット/カラオケその他の娯楽施設の店長として赴任してきてから既に3年。

 部下は副店長の正社員と数名の契約社員で残りは学生バイトだが、昨今○○ハラが声高に主張されているためあまり強権的な管理は出来ない。

 なので非番や休み時間は比較的自由に過ごさせている。

 だが聞こえてくる声が大きすぎた。

「見たかあれ? メチャカワイくない?」

「見た見た」

「カワイイというよりは綺麗じゃね?

 というよりはもう天使」

「いやいや、アレはそんな軽い身分じゃないっしょ。

 女神とか」

「言えてる。

 何かこう、オーラが凄かった」

 待機室のドアをガラッと開けると話が唐突に止んだ。

 中には数人の学生バイトたちが興奮した様子で、しかし不意を突かれて固まっている。

 じろっと睨んでから幸子は踏み込んだ。

 この待機室は店員の休憩所を兼ねている。

 この店は24時間営業ではあるが、店員は3交代のローテーション制をとっていてシフトごとに人が入れ替わる。

 労働時間はそんなに長くは無いし過酷でもないが、客商売だけに店員がだらけている様子を見せるわけにはいかない。

 なので手の空いた者はここで待機しても良いことになっている。

 そもそも、この仕事は店員がひっきりなしに動き回るという性質のものではない。

 備品の確認に欠品の補充、客の退去後の部屋や設備の清掃が定例業務で、あとは客から何らかの要求があった場合の対応だ。

 だからこの待機室には常時呼び出し待ちで数人のバイトがたむろしているのだが。

 会話は仕方が無いとして部屋の外にまで聞こえるような大声は困る。

「静かにしろとは言わんがもうちょっと声量を抑えろ」

『『『すみません!』』』(小声)

「……で、何の話だ?」

 ついうっかり聞いてしまったら怒濤のような反応が返ってきた。

 小声で。

『さっき入店したお客様なんですが』

『メチャクチャ美人なんスよ!』

『俺、つい異世界からエルフでも来たのかと』

『でも日本語話してたよな』

『そりゃ翻訳魔法で』

 何を言っているのだこいつらは。

 幸子自身はしごく真っ当な社会人だから職場に厨二病を持ち込むことはない。

 「腐」に浸るのはプライベートや休日だけだ。

 もっともきちんと仕事をしてくれるのなら、部下が何をしようが放置するが。

「まてまて。

 つまり美人の客が来たと?」

『メチャ美人な外国人です!』

『マジでアニメから出てきたみたいだった』

『あれ、絶対最低でもモデルか何かですよ!』

『なのに平然とチェックインして個室に入ってコミックを山ほど持ち込んでいた』

『いや、最近は外国人の漫画ヲタクも増えてるっていうし』

 つまりやたらに美人な客が来たからこいつら興奮しているのか。

 みんな学生だしな。

「客に興味を持つなとは言わんが迷惑はかけるなよ。

 こっそり覗いたりしたら首だ」

 念を押すと部下の学生たちは顔を見合わせた。

 何だ?

『いえ、それがですね』

『コミックの場所を聞かれたんで検索して教えたのはいいんですが』

『壁があるみたいで』

 ?

「どういうことだ?」

『向こうから話しかけられたら返事は出来るんですが、こっちからは動けないんです』

『それどころか向かってくると押しのけられて』

『あと、お部屋に近寄れません。

 何かこう、バリヤみたいなものがあって』

『だからあれはエルフだって』

 よく判らないが、客が美人過ぎて気後れしているのか。

 何にせよ、要注意人物であることは確かのようだ。

 その客の部屋番号を部下から聞き出して調べてみたら登録時の身分証明はパスポートだった。

 容姿は銀髪の露骨な外国人だが国籍は日本。

 いや、この店は外国人であっても入店は拒まないが。

 確認しておこうかとその客の個室に向かったところ、ドアの数メートル手前でなぜか足が止まってしまった。

 進めない。

 心理的なものもあるが、むしろ物理的な感覚だった。

 透明な壁でもあるかのようだ。

 いやいや、まさか。

 本当にエルフなのか?

 幸子は退却した。

 仕事場に厨二病は持ち込みたくない。

 君子危うきに近寄らず。

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