132.特別な勉強は必要ないと
「……話がズレたけど、常識の取得方法だったわね。
私の意見ではレイナは順調に日本社会に適応していると思う」
ナオが座り直した。
「そうかな」
「むしろ適応しすぎと言ってもいい。
だってレイナが日本に来てからまだ半年? 1年?」
「そのくらいね」
「なのに流暢に日本語を話して学校に当たり前に通って、それどころか高認をとってしまった。
これ、普通の日本人でも簡単なことじゃないよ」
「まあ」
聖力について言うわけにはいかない。
でも確かに客観的に見たらレイナは天才どころか異常としか思えないだろう。
自分としてはまだまだだと思っているんだけど。
「焦ることはないんじゃないかな。
アニメって実は凄く効率的な知識収集手段だと思う。
ただ単に情報を得るだけじゃなくて『気づき』が得られるという点で」
「気づきって?」
「アニメの中で当たり前とされている事について、知らなかったら流すんじゃなくて調べてみるとか。
それだけで視野が広がる」
なるほど。
確かにそうかも。
もちろんアニメが正しいとは限らないが、少なくともアニメ制作者はそれが視聴者にとっての「常識」だと思って作っているわけだ。
だとすればその知識を身につけることは一般大衆の常識を得ることになる。
間違っていれば判るし、それ自体を出発点としてどんどん広げていけば良い。
「特別な勉強は必要ないと」
「本当言うと、色々な立場の人と話したり議論したりするといいと思うのだけれど、それはもっと後かな。
ある程度自分を確立していないと流されたり洗脳されたりしかねないし。
レイナなら大丈夫とは思うけどね」
「何その洗脳って。
脳を洗うの?」
聞いてみたら恐ろしい話だった。
色々な手段で相手を信頼させて、自分の思うとおりに動かしたりお金を貢がせたりすることがあるらしい。
「そんな馬鹿な」
「あるのよ。
そういう人がいるってことは覚えておいて。
レイナはまだあまりたくさんの人と知り合ってないから判らないかもしれないけど」
「それはそう」
「最初に言っておくけど」
ナオは真剣だった。
「レイナの保護者のシンさん、あの人は人間としてはトップクラスよ。
身分や地位や財産じゃ無くて性格とか知性とか見識とか倫理観念とかで。
何より一本芯が通っている。
言ってみれば人として完成している」
それは判る。
レイナの人生経験は今を除いたらミルガンテの大聖殿だけだが、あそこで会ったり話したりした人と比べてもシンは抜きん出ている。
というよりはミルガンテの場合、あまりにも抑圧が重すぎてみんな操り人形みたいだった。
ああ、そうか。
大聖殿の人たちこそ洗脳されていたわけか。
それはレイナも一緒で、日本で色々と経験した今なら判る。
なんであんなに従順だったのか自分でも不思議なくらいだ。
レイナ自身はそれでもある程度は自由意志で動いていたけど周りの人達は誰かに何か命令されるまでは動かなかった。
動いたら下手すると命に関わったことも大きい。
「シンさんが普通とか標準とか思わないでね」
「なるほど」
「今のレイナの知り合いって私とかサリとかでしょう。
でも私達も一般とは言い難いから」
「やっぱり?」
そうじゃないかとは思っていた。
日本における「普通」がどういうものなのかまだよく判らないが、多分もっといい加減な人が多いと思われる。
いやこの表現は違うか。
適当?
まあいいけど。
「そういえばレスリーは?」
聞いてみた。
「あの娘は見かけと違ってむしろ単純かな。
頭はいいんだけど腹黒とか策謀家とかじゃないし、素直で温厚。
それでいて芯が強くて真面目で。
美人だし。
別の意味で標準からかけ離れている」
「そうか」




