10.怪しまれなかったの?
シンによれば、神官候補生として大聖殿に集められて初めて大聖鏡を見た途端に記憶が蘇ってきたそうだ。
僕はこれ、知っている、と。
正確に言えば映像が映し出される様子に覚えがあったのだが、その日の夜にベッドに横になっていると次々に記憶があふれ出てきた。
「数日は頭の中がグチャグチャで酷かったと思う。
でも僕の周りに居たのはみんな神官見習いばっかりで、やっぱり右往左往していたから目立たずに済んだ。
何とか頭の中を整理して普通に見えるようになったのは1週間くらいたってからだった」
「怪しまれなかったの?」
「神官候補生って聖力が水準以上にあると強制的に徴用されるんだよ。
それまで何をしていたとか家族がいるとかにおかまいなく。
もちろん、残された方には補償があるらしいけど、本人には関係ないからね。
だからみんな混乱して酷いものだった」
「そうなの」
そういえばレイナもそうだった。
覚えてないけど、家族から強制的に引き離されて大聖殿に連れてこられたはずだ。
「酷いよね」
「まあ、理由はあるんだ。
何せ聖力は危険過ぎる。
何でも出来てしまうからね。
大抵の人は大したことは出来ないけど、レイナの十分の一でも強い聖力を持った人が自由に動いたら」
なるほど。
聖力は理不尽な力だ。
制限が一切ない。
所有者が何かしようとしたら出来てしまう。
過去には個人が世界を征服しかけたとか国を焼き払ったとかの伝承がたくさんある。
そういう人達は大抵、本人が破滅する前に周囲に莫大な損害を与えている。
「聖力の使い方とかは習うの?」
聞いてみたらシンは肩を竦めた。
「むしろ『使わない方』を教えられる。
他の手段で出来ることなら聖力を使わないで済ませるとかね」
シンは思いついたのか、指先に炎を呼び出してみせた。
「これも禁止されていたよ。
神官見習いはみんなこっそり使っていたけど」
「そうなんだ」
「聖女はどうなの?
いや、聞くまでもないか」
「うん。
絶対禁止」
レイナの力は大きすぎた。
自分でも怖いくらいだった。
やろうと思えば片手で大聖殿を全壊させることも容易だっただろう。
だからこそ、レイナは自分を厳重に律していた。
「やっぱり?」
「そうしないと抹殺されそうだったから」
実際、殺されなかったのは運が良かったとしか言いようがない。
たまたま、過去百年くらいの間に聖力を用いた大破壊とかが起こっていなかったからレイナは見過ごされていた。
もし近い過去に誰かが暴発していたら、レイナは知らない間に殺されていただろう。
「聖女って殺せるのか」
「寝ている間に、とか毒とか。
でも判らないな。
無意識に反撃したかも」
聖力は何でも出来る力だ。
攻撃されたら相手を問答無用で叩き潰すかもしれない。
レイナの世話係を仰せつかった人たちも怖かっただろうな。
悪い事をした。
「……まあ、それは置いといて。
前世を思い出した僕は今後の人生に絶望したわけだ。
この先一生、神殿で飼い殺しにされることが判ったから」
「そうね」
神官の仕事は基本的に聖鏡に聖力を注ぐことだけだ。
それが一生続く。
「何とか脱出しなきゃと思って色々考えていたら、ある時大聖鏡を見ると見覚えがある風景が映っていたんだ」
「見覚えって。
大聖鏡に映る映像って異世界の……ああ、そういうこと」
「うん。
まさに僕の前世の風景だった。
それで色々と試してみたら法則に気がついた。
大聖鏡の映像は実は制御出来るって知ってた?」




