109.そんなことはしません
「こういうことは希にあります」
丹下先生はきっぱりと言った。
「普段は平凡な生徒が突然、あり得ないような点数を叩き出す。
教師としては、それについては何も言えません」
ええと。
「私、不正はしていません。
ただマークシートだったので全部埋めただけです」
「レイナさんが何かしたわけではないと思いますよ。
ですが何か大きな力が働いたのかもしれませんし、あるいは奇跡的な偶然かもしれません。
『勝ちに不思議な勝ち有り。負けに不思議な負け無し』と言いますし」
何じゃそりゃ。
「つまり、何で勝ったか判らないことはあるけど、負けるときは必ず納得出来る理由があるということですか」
「その通りです。
ですからレイナさんは気にすることはありません。
勝ち誇るのは駄目ですが」
「そんなことはしません」
そもそも前提が違っている気がする。
丹下先生は多分、文部科学省すら動かせるような巨大な力がレイナの成績を改ざんしたとでも考えているんだろう。
頷けない事も無い。
そもそもレイナが夜間中学にいること自体が変と言えば変なのだ。
おまけにレスリーみたいなレイナに輪をかけて変な立場の生徒も入って来た。
それ以外にもレイナを取り巻く生徒達はそろって変というか、通常の夜間中学生の常識からかけ離れた者たちばかり。
ならば中学卒業レベルにも達していないレイナを高認に受からせるくらいは出来ても不思議ではない。
まあ、結果的には間違ってない。
「常識外れの巨大な力」が働いたことはまず確実だろう。
レイナ自身はそんなの望んでいないのに(泣)。
それからレイナと丹下先生は粛々と教室に戻って平穏に過ごした。
一心不乱に勉強するリンと熱っぽい視線を注いでくるレスリー、そして目が合う度に苦笑するサリが鬱陶しいが無視する。
授業が終わって帰る時にリンが言った。
「ニュータイプじゃないのにニュータイプに挑んだ。
でも負けないんだから。
奇跡が努力の果てにあることを証明してみせる!」
決然と去って行くリン。
どこかで聞いたような台詞だと思っていたらレスリーが言った。
「○ンダムと○ーフォニアムですね。
基本です」
「そうなの?」
「やる気になったのは良いことだ。
だが努力では決して越えられない壁があることを奴はまだ知らない」
「それは何のアニメですか?」
「私のオリジナルだ」
何を言っているのかこの人たちは。
リンを心配していたレイナは馬鹿らしくなってため息をついた。
「リンは大丈夫だ。
見かけより強い」
「本当に何か大きな事をするのはリンさんみたいな人だと思います」
サリとレスリーはあくまでコメディ的な方向に向かっていた。
「まあ、いいけど」
「それじゃ」
「失礼します」
サリとレスリーに去られたレイナは釈然としない思いで帰宅する。
シャワーを浴びてからアニメを観ていると電話がかかってきた。
シンだ。
「はい」
『どうだった?』
「別に。
丹下先生には誤解されたみたいだけど」
『あー。
まあいいか。
その様子だと問題は起こらなかったみたいだね』
「うん。
ちょっとリンがいじけたけど」
後でフォローしとかないと。
『それならいいんだ。
それでこれからどうする?
いや、別に今決めなくてもいいけど』




