106.まあ、勝算はあったんだよ
「ああ、それであんなにめまぐるしく変化していたのか」
レイナが覚えている大聖鏡の表面は、とにかく忙しい映像の集まりだった。
色々な断片が絶えず飛び交っていて、安定して何かを映し出すことがない。
よく観ると山だったり街だったり湖だったり、というような光景なのだが、観たと思った瞬間には別の映像に上書きされてしまう。
「あれってただの映像じゃなくて実際の景色なのよね」
「そう。
聖力に乗って送り込まれる思考を反映しているんだと思う。
だから実際の景色というよりは聖力持ちの記憶なんだけど」
「でも、それを通り抜けると」
シンは頷いた。
「門になっているみたいなんだよ。
でも普通はバラバラのごちゃごちゃだからどこに飛ばされるか判らない。
だから僕は周りに誰もいない時を狙って飛び込んだ。
オマケがついてきちゃったけど」
苦笑いするシン。
レイナは蒼白になって謝った。
「ごめんなさい。
下手したらどこに飛ばされていたか」
「まあ、レイナは何も考えてなかったでしょ?
だから僕について来れちゃったんだし」
それはそうだ。
そもそもレイナには大聖殿以外の記憶がほとんどない。
連れて行かれてから一歩も外に出たことがなかったし。
そこで気がついた。
「ひょっとして、シンって狙ってこの時点に飛び込んだの?」
「うん。
色々考えたんだけど、僕が再スタートするのに一番良い時代がここだったんだよ。
サラリーマンとしてちゃんとやってきて、ある程度は社会的な立場が出来ている。
まだ若くて身体も健康だし結婚もしてないから自由だし。
それに」
「それに?」
「もうしばらくすると転勤になって、酷い上司の下で苦労することになる。
その前に辞めちゃえば悲惨な想いをせずに済むからね」
ここしかなかった、と空中を見ながらのたまうシン。
色々苦労があったんだろうな。
「ああ、だからあの公園に」
「そう。
あの時、あの場所に通りがかることを覚えていたからね。
飛び込む前に必死で思い出したよ」
思っていたより大変だったらしい。
そもそも大聖鏡を通り抜けたとしても本当に転移出来るかどうか判らない。
何せ大聖鏡に触れると表面的には聖力を奪われて死んでしまうのだ。
さらに狙った場所と時間にピタリと着けるかどうか。
もし前世の自分が来なかったらシンの聖力はすぐに枯渇して消滅してしまったはずだ。
針の穴のような可能性に賭けたんだろうな。
凄い。
「まあ、勝算はあったんだよ」
シンは何でもないことのように言った。
「ミルガンテにある物ってどうみても日本の影響が強かったからね。
かつて日本から誰かが来たことは確実だった。
僕自身が転生という形だけど地球からの来訪者だったし。
少なくとも異世界と行き来出来ることは証明されている」
「それでも」
「まあ、切羽詰まっていたというか、半ばヤケクソだったこともそうなんだけど」
確かに日本の記憶がある状態でミルガンテで一生過ごすのは辛かろう。
いっそ死んでしまっても良いから戻りたいと思ってしまう気持ちはよく判る。
「ついて来て良かった」
思わず漏らすとシンが苦笑した。
「僕もレイナがいると退屈しないから」
さいですか。
その後は適当な話をして別れた。
自室に戻ってシャワーを浴び、リビングでアニメを観ながら考えてみたが、今のところレイナに出来ることは何もない。
ならばいいか。
そして日常に戻り、だんだん寒くなってくるのに合わせてコートを新調したりしているうちに12月になった。
ある日帰宅すると郵便受けに葉書が入っていた。
最初はチラシと間違えて捨てそうになったが気になって見てみた。
「郵便物等ご不在連絡票」とある。
何なのか判らなかったのでスマホで検索してみたら書留の郵便物を届けに来たのだが不在だったので持ち帰るから連絡して欲しい、というものだと判った。
すぐにシンに連絡すると、改めて在室の時に配達に来て貰うか、あるいは郵便局に取りに行く必要があるとのことだった。
「何だろう」
「高認の結果通知じゃないの?
そろそろでしょ」
「そうか」




