105.というと?
「そうか。
神官を育てるためじゃなかったんだ」
「そもそも神官といっても別に神様に仕えるというわけじゃないからね。
地球でいう聖職者とは違う」
レイナがよく判ってなかった事を言ったらシンが説明してくれた。
ミルガンテにおける神官とは大聖殿とその支殿に勤務する官職者を意味する。
それ以外にも侍女とか近衛騎士とか護衛兵とか下働きの者もいるが、その人達は聖力持ちだったとしても神官とは呼ばれない。
神官の主な仕事は大聖鏡に聖力を注ぐこと。
大聖殿では直接、支殿では大聖鏡に聖力で繋がっている祭壇に向かって毎日お祈りして聖力を放出する。
その他のお役目としては参拝してくる信徒の相談に乗ったり争い事を捌いたりはするけど、そういうことは副業なのだそうだ。
「そうなの」
「実際には大聖殿や支殿を運営管理する人達もいるんだけど現役の神官はタッチしない。
専門職だね」
すると大聖殿で偉そうにしていた老人たちは神官ではなかったのか。
「いや、そういう人たちも神官だと思うよ。
ただ、歳取ると聖力が衰えたりうっかり使いすぎると死んだりするから現役を引退している。
運営の方に回っているんじゃないかな」
「それにしては態度が大きかったけど」
「権威づけだね。
でも実際の決定権は現役の神官が持っているから」
とはいえ、神官の仕事は普通ならそんなに波風が立つようなものではないとか。
出番があるのは万一の時だ。
「というと?」
「天災でどこかの地方が被害を受けたとか、大規模な反乱が起きたとかの時は駆り出されるね。
それでもごく一部が選抜されて臨時に派遣されるだけで」
かつて、地方の聖殿に勤める神官の一部が離反して独立しようとしたことがあったらしい。
大聖殿は強力な聖力を持つ神官と護衛騎士の混成部隊を編成して送り出して鎮圧したという。
「聖女教育で習った」
「そうだろうね。
そういうことを教えないでいると、知った時の衝撃が大きいから」
レイナが実際には使うどころか目にすることもなかったお金や社会活動についてある程度教えられたのはそういうわけだ。
人間は知った事を隠されていたと気づくと反発する。
聖女のような危険物にはその可能性を出来るだけ潰しておく必要がある。
「話を戻すけど、僕ら神官候補は最初から神官候補というわけじゃないんだ。
とりあえず集められて、色々試験されたり教えられたりして適性を試される。
その過程で神官に向かないとされて護衛騎士コースに行ったり侍女や侍従になったりする人もいる」
「そうだったの」
「しかもみんな一斉にじゃない。
僕らは色々な所で徴発されると大聖殿に送られて、言わば候補生として教育されるんだけど、その時期はバラバラだからね。
たまたま途中で一緒になったとか以外には同期はいない」
それはそうだろう。
神官見習いは、というか聖力持ちは発見され次第徴発される。
そして火急速やかに大聖殿に送られる。
途中でどこかに集めて、とかはない。
「すると、時々見かけた神官見習いの集団って」
「その時点でまだ残っていた連中だよ。
ただし、レイナにも覚えがあるだろうけど神官見習いの任官は間を空けて一斉に行われる。
その時点で相応しいと判定された人が『卒業』するというわけ」
「ああ、だからパーティを」
「うん。
あれってどっちかというと送別会なんだよ。
あの後すぐ、ほとんどは地方の聖殿に送られるから」
なるほど。
パーティは大聖殿を挙げて行われる。
レイナも聖女見習いとしてちょっと挨拶させられたが、あれは地方に向かう神官見習いへの激励の意味もあったのか。
レイナ本人は言われたままに話しただけだったが。
「そうか、それでシンはあの時」
「うん。
大聖鏡は普段は厳重に警備されているし、何やかんやで周りに人が絶えることがなかった。
夜中ですら警備兵が立っているからね。
僕たち神官見習いは練習や教育でしばしば大聖鏡の近くに寄るけど、周り中に人がいてとても自分だけの思考を投影出来ない。
だからあのパーティが唯一の機会だった」
「えと。
投影って?」
「前にも話したけど、大聖鏡って近くにいる人や聖力を送り込む人の思考に合わせて映像を映し出すんだよ。
多数の人がいると映像が混じり合ってごちゃごちゃになる」




