103.何とか回答欄は全部埋めた
もっともシンは別に料理が趣味というわけではなくて、必要に迫られて覚えたという所が本当らしかった。
シンに言わせると市販の調味料やルーの容器や箱に大抵レシピが書いてあるからその通りに作れば良いと。
レイナも覚えようかと思ったけど「それは一通りの社会常識を身につけてからね」と言われてしまった。
それはそうかも。
なので、レイナは未だに自炊はせずにスーパーで買ってきたお弁当を食べたりサンドイッチの類いで済ませている。
外出した時はハンバーガー店やファミレスだ。
牛丼にも惹かれるのだが、一度店に入ろうとしたら店員どころか客にまで唖然とした表情をされてしまって引き返した。
外国人のお嬢様は牛丼食っちゃ駄目だというのか。
それ以来、敬遠している。
ファミレスなら多少遠巻きにされるだけなので最近はそればかりだ。
結構高いメニューを食べたりしているけど、お金の心配がいらないので気が楽だ。
シチューが美味しかったので二度もお代わりをして、お皿を洗ってリビングに行くとシンがコーヒーを煎れてくれていた。
この至福感。
絶対にミルガンテなんかには戻りたくない。
寛ぎながら二人でしばらくテレビを観ていたが、落ち着いた頃にシンが缶ビールを持ってきてプルトップを開けながら言った。
「で、どうだった?」
レイナはコーヒーを啜るとテレビを消した。
「何とか回答欄は全部埋めた」
「手応え的には?」
「英語と数学は何とかなった気がする。
でも判らない。
サリに聞いたんだけど、高認の試験は合格点が曖昧で」
「そうなの?」
シンが不思議そうな顔になったので説明する。
「高認って科目ごとに評価方法が違うんだって。
何点以上は合格、という線は予備校とかで調べておおよそ判っているんだけど、科目によって差がある」
「へえ」
「100点満点で40点でも合格した例があるんだって。
逆に6割取れても駄目だったこともあるらしい」
「なるほど」
シンは頷いたけど、あまり関心がなさそうだった。
「まあ、別に急いでないから気長にやれば」
「そうする」
「結果はいつ判るの?」
「来月みたい。
別に発表があるわけじゃなくて、自宅に結果を送ってくれるとか」
そう、高認は入学試験でも資格試験でもないので、大々的に発表したりはしないそうだ。
どこかに張り出したりサイトで発表したりはしない。
受験生個人に通知されるだけだ。
「それじゃ夜間中学はこのまま続ける?」
聞かれてしまった。
「うん。
まだリンがいるし」
「ああ、あの娘ね。
レイナの知り合いの中で唯一まともというか常識的な子だもんね」
シンが変なことを言い出した。
「リンが常識的?」
「というよりは他の人達が揃ってアレというか。
正直、他のレイナの友達って全員訳ありというか、一筋縄ではいかないよね」
シンもそう思うのか。
もっともレイナ自身が一番ややこしい存在なので人の事は言えないんだけど。
「判った。
ならとりあえず今年度までは夜間中学に通うということで」
「そうする」
言ってから気がついた。
来年度は?
「実はね」
シンが改まって言った。
「タイロン氏の関係で周囲が騒がしくなってきたでしょ。
こないだのナンパは大したことなかったけど今後は判らないからね。
レイナ自身は何が来ても大丈夫だろうけど周囲に被害が及ぶのは拙いから」
「それはそうか」
元々無関係な夜間中学の同級生たちを巻き込んだりはしたくない。
でもリンたちと離れるのは嫌だ。
レスリーはレイナがどこに行こうがついてくるだろうけど。
「知り合いがいなくなるのはちょっと」
「ナオさんやサリさんとは夜間中学に関係なく会ったりしてるんでしょ?」
そういえば。
別に夜間中学に拘る必要はないかも。




