8.花畑
テレビで奇矯な衣装を纏ったどうみても人間に見えない化物同士が街中で跳んだり跳ねたりしている様子を夢中になって観ているとシンが帰ってきた。
「ただいま。
って、そんなことを言うのは久しぶりだな」
シンはいくつか紙袋、じゃなくてよく判らない薄い材料で出来た袋を下げていた。
「とりあえず適当に買ってきた。
いやー、懐かしかったよ」
「そう」
「食べられないものってある?
麺類とか」
「ないわ」
この際、出された物は何でも食べるしかない。
それにレイナには好き嫌いはない。
聖女の食事は栄養こそ十分だがあまり美味しいというものではなかったし。
出された物を全部食べないと怒られるので、そういう癖もついている。
シンが部屋の真ん中に低いテーブルを出して色々な容器を並べてくれた。
お皿ではなくて、何か薄いペラペラの材質で出来た入れ物に食物らしきものが載っている。
「これは?」
「焼肉弁当と豚カツ弁当。
一応、コンビニで温めてきた。
あとペットボトルだけどお茶ね」
豚カツとやらが不気味だったので、焼いた肉には違いない方を選ぶ。
「……美味しい!
何これ?」
「カルビみたい。
味付けはどう?」
「辛い! けど美味しい」
「お茶飲んで」
ペットボトルの開け方が判らなかったがシンが開けてくれた。
「どうやって飲むの?」
「直接口をつけて」
はしたない、などと言っても無意味なんだろうな。
やってみると簡単だった。
「このお茶も美味しい!」
「うん。
大聖殿の食事ってイマイチだったからなあ」
シンがぼやきながら豚カツ弁当とやらを食べているのを尻目に夢中で掻き込む。
ちなみにスプーンやカトラリーは金属製の物ではなくて、ペラペラの軽い材質のものだった。
その辺もミルガンテとは違うようだ。
食べきってペットボトルとやらから美味しいお茶を飲むと、やっと一息つけた。
同時に尿意が襲ってきた。
「あの、シン」
「何?」
「その、お花畑は」
聖女教育には高貴な方々とお付き合いするための礼儀も含まれる。
聖力を使えば尿意などどうとでもなるが、やはりそこは抵抗がある。
幸いにしてシンも神官見習いだけ合ってすぐに判ってくれた。
「このドアの向こうが花畑だから。
使い方は判る?」
「何とか」
ミルガンテにも水洗トイレはある。
大聖殿にあったものと不気味なほど似ている便器だった。
これも異世界から来た救世主がもたらした道具と習ったけど、ひょっとしたら救世主様ってこの世界の出身だったのか?
用をたして部屋に戻るとシンはコーヒーを煎れていた。
というかこれ、コーヒーよね?
「コーヒーがあるのね」
「うん。
俺も最初は驚いたけど、ミルガンテの文化は地球、というよりは日本と結構似ているよ。
ということも含めて説明するけど、長くなるから一晩じゃ終わらないと思う。
だから今日は基本的なことだけを最初に説明するから」
「それでいいと思う」
「……それにしても落ち着いているね。
もっと取り乱すかと思った」
シンに言われて気がついた。
そういえば何でこんな異常な状況を当たり前に受け入れているんだろう?
いきなり異世界に連れてこられて、身体を作らないと消滅すると脅されて作らされて。
得体の知れない大聖鏡の小型版みたいな板とか、焼肉弁当とか。
あっさり受け入れてしまっている自分が不思議だ。
ちょっと考えたら判った。
「私、ずっと夢を観ているようなものだったみたい」
「夢?」
「そう。
聖女だと言われて幼い頃に村から連れ出されて、それからずっと大聖殿住まいでしょう。
自分の意思で何かしたことがないの」
いつもああしろこうしろと言ってくるのは知らない人だった。
しかも頻繁に変わった。
反抗してもしょうがないので素直に従っていた。
その方が楽だから。




