元王国騎士団 団長
町での聞き込みの末、借金取りたちのアジトの場所が判明した。町の西にある洞窟――かつて鉱山として使われていたが、今では無法者たちの巣窟と化している場所だった。
しかし、それと同時に、さらに厄介な事実も明らかになった。
「……本気なの?」
エルシアの声には、明らかな動揺が混じっていた。
「あいつらのバックにはノクターン・オーダーが……」
ノクターン・オーダー。大陸全土に名を轟かせる闇の組織。彼らは金と力だけがすべてと信じ、暗殺、奴隷売買、麻薬の密売など、ありとあらゆる裏社会の取引に関与している。その影響力は計り知れず、王国の騎士団ですら簡単には手出しできないほどだった。
しかし、アキスの表情に迷いはなかった。
「ノクターン・オーダーがどうした?」
その声には、はっきりとした意思が宿っていた。
「こんな奴らにビビって何もしなかったら、お前はずっと危険に晒され続けることになる。それが、どうしても我慢ならないんだ」
静かな言葉だったが、その決意は確かなものだった。
エルシアはしばし沈黙した。アキスの真っ直ぐな眼差しを見つめ、その奥にある覚悟を感じ取る。そして、静かに息を吸い込むと、真剣な表情で頷いた。
「……分かった。君は覚悟を決めてるんだね」
その目に、もう迷いはなかった。
「だったら、私も覚悟を決めるよ」
「……ありがとう」
こうして二人は、洞窟へと向かった。
⸻
洞窟の中は、じっとりと湿った空気に包まれていた。足元の岩肌は滑りやすく、苔が生えている。壁に無造作に取り付けられた松明が、かすかに灯りを投げかけているが、それでも奥は深い闇に沈んでいる。
奥へ進むと、やがて酒の匂いと共に、楽しげな笑い声が聞こえてきた。
覗き込むと、数人の男たちが木箱を囲んで酒を飲んでいる。手元には金貨や宝石が散らばり、どうやら賭け事をしているようだった。
「見ない顔だな……新入りか?」
酔いのせいか、警戒心は薄い。
しかし、その言葉が終わるよりも早く――
バシュッ!
空気を裂くような音と共に、アキスの蹴りが男の腹を突いた。
「ぐっ……!」
男は呻きながら後ろへ吹き飛ぶ。
「何すんじゃあ!?」
騒ぎ立てた男たちが一斉に武器を抜き、襲いかかってくる。しかし、アキスとエルシアは素早く動いた。
アキスは床に手を突き、跳ね上がるように蹴りを放つ。カウンターを受けた男は、そのまま壁に叩きつけられて気を失った。
一方のエルシアは、流れるような動きで敵の攻撃をかわし、指先で相手の体に触れる。そして、静かに息を吐くと――
「発勁」
その一言と共に、男の体が弾け飛んだ。
まるで内側から爆発するかのような衝撃を受けた男は、地面に転がり、悶絶する。
戦いは、一瞬だった。
倒れた男たちのうめき声だけが洞窟に響く。
「……あらかた片付いたな」
アキスが息を整えながら呟く。
だが、そのとき――
「テメーらは寝てろ」
低く響く声と共に、洞窟の奥から一人の男が姿を現した。
黄金の髪を持つ青年。漆黒のコートを羽織り、腰には鋭い剣を携えている。その鋭い眼光は、一目で只者ではないことを物語っていた。
「……一応名乗っておくぜ」
男はゆっくりと口を開いた。
「俺はレオン・ヴァルフォード。ノクターン・オーダーのドレファー……幹部だ」
その言葉に、場の空気が一変する。
「よくも俺の仲間を一人残らずのしやがったな……」
レオンはゆっくりと剣を抜く。
「覚悟はできてんだろうな?」
アキスは一歩前に出る。
「元からそのつもりだ」
「そうか……」
レオンは剣を肩に担ぎ、不敵に笑った。
「だったら、楽しませてもらおうか」
そして、次の瞬間――
洞窟の空気が、一瞬で凍りついた。
レオンの剣が閃いたのを、アキスは目で捉えられなかった。
「残光」
一閃。
その軌跡は光のように走り、背後の壁に一直線の亀裂を刻む。
「……全く見えなかった……!」
アキスは息を呑んだ。
「アキス!」
エルシアが叫ぶ。
「伏せろ!」
アキスがエルシアの頭を押さえ、次の一閃を回避する。レオンは余裕の笑みを浮かべた。
「お前らの足を切り落としてやる」
だが、その瞬間――
レオンの足が何かに絡まり、バランスを崩した。
「……なに?」
レオンは驚愕する。
「まさか……」
「正解ッ!」
床に残されていた薬草の種が、静かにツルを伸ばしていたのだ。
「大発勁!」
エルシアの手がレオンの胸に触れる。
凄まじい衝撃が発生し、レオンはその場に崩れ落ちた。
「……やった!」
アキスとエルシアは、確かな勝利を手にしたのだった。
闇を断ち切る者たち
レオンを撃破し、借金取りたちを縄で縛り上げたアキスとエルシアは、王国騎士団へと彼らを引き渡した。
「なんと……あのレオン・ヴァルフォードを討ち取るとは……!」
騎士団員たちは驚愕し、深く頭を下げる。
「ご協力、感謝いたします!」
「ありがとうございました!」
礼を言われながらも、アキスとエルシアの心には、妙な余韻が残っていた。
レオン・ヴァルフォード――その名は王国騎士団でも伝説と呼ばれるほどの剣士だった。にもかかわらず、なぜか彼は「決定的な一撃」を放たなかった。
アキスはその違和感を振り払うように首を振る。
「……とにかく、一件落着だな」
「ええ、君のおかげだよ」
エルシアが静かに微笑む。
⸻
町へ戻る道すがら、エルシアがぽつりと問いかけた。
「ねえ、アキス……」
「ん?」
「君は……なぜ武術を習おうとしたんだ?」
「それに、私じゃなくても武術を学ぶことはできたはずだろう?」
アキスはしばらく黙った。
そして、沈みゆく夕日を背に、静かに言葉を紡いだ。
「新大陸エキナセアに行くためには、力をつける必要があると思った」
「それと……」
彼はエルシアを真っ直ぐに見つめる。
「エルシアが“良いやつ”だから、かな」
エルシアの目が、一瞬大きく見開かれる。
「……そうか」
彼女は少し俯き、考え込むような表情を浮かべた。
やがて、決意を秘めた目で顔を上げる。
「なら……仲間は募集していないか?」
「……!」
アキスは驚き、目を見開く。
「本気か?」
「私はずっと、逃げるように生きてきた。でも、君と一緒に戦って、自分が“誰かを助けられる力”を持っていると実感できた」
「このまま町に残るのもいいかもしれない……でも、それ以上に、君と一緒に旅をすることに意味がある気がするんだ」
「だから、私も連れて行ってくれないか?」
エルシアの真剣な言葉に、アキスの表情がほころぶ。
「願ってもない……!」
そうして、二人は固く握手を交わした。
夕日に照らされる町。
その光の中で、二人の旅が、新たに始まろうとしていた。