武術家エルシア
オリヴィアへ到着したアキスは、自分の無力さを痛感していた。
旅の途中、魔物との戦闘は避けられない。このままでは、目的の新大陸エキナセアに辿り着くことすらできないだろう。
「強くならなきゃ……」
そう考えたアキスは、旅の途中で出会ったエルシアの道場を訪ねた。
「俺に武術を教えてくれないか?」
エルシアは訝しげにアキスを見た。
「昨日会ったばかりの旅人を弟子にする義理はないんだけど?」
「この先、もっと強い魔物と戦うことになる。そのために、力をつけなきゃならないんだ」
アキスの言葉に、エルシアはしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。
「……まあ、やる気があるならついてきな」
こうして、アキスは道場に通い、武術の基礎を学ぶことになった。
⸻
アキスは道場での修行を重ねるうちに、あることに気づいた。
エルシアは毎朝、道場を出ていき、数時間後に戻ってくる。彼女が向かうのは、村外れの小さな酒場だった。
ある日、アキスは修行の合間に、その酒場へ向かい、彼女の姿を遠目から見た。
エルシアは酒場の奥で、一人の男と向き合っていた。彼女は無言で財布から金を取り出し、男に渡す。
(……金を払ってる?)
その後、エルシアは何も言わずに立ち去った。男は金を数えながらニヤリと笑うと、別の男に何事かを囁く。
そのやり取りを見て、アキスの胸に違和感が生まれた。
「——エルシア」
その夜、アキスは彼女に直接問いかけた。
「毎朝、どこへ行ってるんだ?」
エルシアは一瞬、表情を固くしたが、すぐに肩をすくめた。
「……借金を返しに行ってるんだよ」
「借金?」
「昔、父さんが友人の保証人になってね。その友人は金を持ち逃げして、父さんが残った借金を背負うことになった。でも、父さんが亡くなった後、その借金は私の肩にのしかかった」
「……それを毎月返済してるのか?」
「ああ。道場の収入は多くないけど、なんとかやりくりしてる。今まで一度も滞納したことはないよ」
エルシアは笑って言ったが、アキスの違和感は消えなかった。
それなら、なぜ男たちはあんな不穏な動きをしていたのか?
⸻
数日後、道場に荒々しい男たちが押し入ってきた。
「エルシアはいるか!」
エルシアは顔をしかめた。
「……何の用?」
男たちは不敵な笑みを浮かべる。
「決まってんだろ、借金の回収だよ。そろそろ期日だぜ?」
「待て。私はもう支払いを済ませたはずだ」
エルシアは堂々と反論するが、男たちは笑いながら首を振る。
「は? 何言ってんだ。お前、一度も借金を返してねぇだろ?」
「そんなはずは——」
その時、アキスが前に出た。
「俺は見た。エルシアは毎朝、決まった額の金を渡してた。嘘をつくな」
借金取りたちは一瞬、動揺したが、すぐに鋭い視線を向ける。
「……ちっ、余計なことを知ってやがるな」
男たちは武器を抜き、エルシアに迫った。
「おい、囲め!」
数人の男がエルシアを取り囲む。しかし、アキスは冷静に懐から種を取り出し、床に撒いた。
「そんなもんがどうなるってんだ?」
次の瞬間——
異常な速度で地面からツルが生え、男たちの足を絡め取る。
「なっ、なんだこりゃ!?」
驚く男たちを無視し、アキスはエルシアから学んだ技を試す。
「——発勁!」
アキスの掌底が男の腹部に突き刺さる。一撃で吹き飛ばされた男は、壁に叩きつけられた。
他の男たちが武器を振るおうとした瞬間、エルシアが鋭い蹴りを叩き込み、次々と沈めていく。
数分後、全員が地面に転がった。
「……はぁ、まさか本当に倒せるとはね」
エルシアは腕を組んでアキスを見た。
「こいつらのボスはどこにいる?」
アキスは倒れた男たちの一人の襟を掴み、問い詰める。
「お前たち、最初から借金を返させるつもりなんてなかったんだろ? もっと搾り取るつもりで、金を受け取ってないフリをしてたんじゃないのか?」
男は目を逸らし、歯を食いしばる。
「……くたばれクソが……!」
「だったら、直接確かめるしかないな」
アキスは立ち上がり、エルシアを振り返った。
「エルシア、こいつらのアジトを潰しに行くぞ」
エルシアは驚いた表情を浮かべたが、やがて笑みを浮かべた。
「……そう来なくちゃね」
こうして、アキスとエルシアは借金取りのアジトを壊すべく動き出した——。