67.魔王が引っ越してきた
ゴールデンウィークとやらも終わり、気だるさが街の人々の顔ににじむ今日このごろ。日中はやはり暑く、汗も感じる中。
非番の日。呼び鈴が鳴った。宅配便頼んでたっけ、アラザンのかなと思いつつ玄関の扉を開けると。
「久しぶり、ガナッシュ君。ボク、今日隣に引っ越してきたんだ。よろしくね」
にこにこと、友達の家に遊びに来たようなノリで現れたのはシノであった。
曰く、喫茶店で真面目に働いて金と信頼を得たと。引っ越ししたから、と何故か蕎麦をくれた。この国の文化らしい。意味が分からん……いや文化に意味を求めればきりがないか。
しかしまあ、隣に住んでいるとしてもやかましかったりもせず、禁煙のルールも守っているようで。特に迷惑なこともなかった。
で、どうしてかゴミ出しのタイミングでよく会うので、不思議に思ってきいてみると。
「だって、キミとお話したいんだもん。気になってる子なんだからさ」
この性格の野郎だ、おそらく好意というより面白い玩具の感覚だろう。隣の部屋の足音聞いて行動パターン把握するのはちょっとホラーである。わざわざ壁に聴診器当てているわけでもないだろうし、素のステータスなのだろう。怖い。
またある日、回覧板を渡しに呼び鈴を鳴らすと。あろうことか全裸で出てきやがった。
「服着ろよお前……」
「えー、別に見られて困るものもないしいいんじゃない?ボク、竜人じゃなくて亜竜だし」
確かに、隠さなければならない急所もないわけだが。それ以上に言うことがある。
「あんまり生傷見せんな。ビビるから」
手首に何重にも残る、引っかき傷。血とかさぶたと、膿がにじむ首筋。明らかな、自傷行為であった。
……普段の包帯は、やはり傷隠しであったらしい。
「へえ、心配してくれるんだ。優しいね」
ひときわ嬉しそうに、尾を揺らしつつ笑うシノ。
「別に。ただ俺が血を見るのが好きじゃないってだけだっつーの」
「意外だね、侵略側のくせに」
「こっちにも色々と事情があるんだよ」
笑いながら、探るような目つきをしていた。
「そういえば、あのクマっぽい子は?ポムル君だっけ?あの子は戦わないのかな?」
やはり鋭くて恐ろしいな、と改めて思った。
「あの姿じゃ戦えないからな。非戦闘員登録なんだよあのクマ」
「へえ、めんどくさいね。つまらないなあ」
仲は良くなったような、なっていないような。深入りしてはならないという本能と、生来の甘さにぎこちなく引っ張られた距離感があった。




