4.異世界転居とでもいうのか
人間界・日本。琴橋町。
臨海部ながらも、なだらかな山に囲まれた地形。都会とは言い難いが、街として機能できる程度には人口がある。
古くより多くの異界とのゲートが開きやすく、侵攻を受けてきた地。
その結果生まれた、異様な地域社会。俺たちが街の中を歩いていてもスルーしてしまうくらいに、住民は異形に慣れきっているのだ。
……かつては最前線として、激戦区として。幾度となく犠牲にされてきたと言われても信じられないほどに。それを成せるのはやはり、この地の地に宿る力の特殊性によるものだろうか。
「ここ……で、合ってるよな?」
今日が入居当日。
明るい南向きの大きな窓。シミもない白い壁。磨かれたフローリング。まだ家具もなく、だだっ広い印象。正直、下っ端派遣員が借りていい物件なのか疑ってしまうほどの好物件であった。
「すげえ、足の踏み場がある……」
「第一声がそれって大丈夫なんですか?」
呆れた様子のアラザン。コイツとしては、狭いくらいらしい。嘘だろとは思ったが。そうだコイツ筋金入りの坊っちゃんだったわ。
「まずいぞ、緊急事態だ」
戸棚とか、備え付けの家具もいくつかあると聞いていたが。
「ベッドが一個しかない」
「……そうですか」
私服のまま、戦闘用の魔法の杖を召喚するアラザン。
「ここは公平に喧嘩で決着をつけましょう。表にでますよ、ガナッシュ」
「いやお前遠距離魔法型で、俺近距離物理型だぞ!?延々と遠距離技撃たれてボコボコにされるだけじゃん!?どこに公平性があるんだよ!?」
ゲームで遠距離技を撃ち続けてくる敵ってほんと嫌い。この気持ちは世界共通認識ではなかろうか。
と、そこからしばらく言い争い。妥協して、新しいものを買うまでは日ごとにベッドとソファでお互い寝ることとなった。本国から送ってもらうのも考えたが、アラザンのは大きすぎて部屋に合わず、俺のは引っ越す際に妹にあげてしまったのである。もう少し考えておくべきだったなあ、と後から思った。
しかし、風呂もトイレも綺麗で新しいし、水もちゃんと通っている。設備的な条件はもはや完璧と言っていいだろう。となると、曰くつきか?……うん、考えないようにしよう。その方が良い。