30.先約がありますから
その後、やや恐怖を感じつつも定例会議が始まり。つつがなく終了した。
「……すまない、帝国の君。少し、いいかな?」
帰ろうとしたところで、黒い着物の女性に引き留められた。
「……挨拶、していなかったから。吾輩は、悪魔一族の頭領……黒百合組組長、リト」
ヤッバいこのひとヤクザだった。唯一大丈夫そうかなって思ったのに。ヤクザ怖いヤクザ怖い!
「……怯えなくていい。シマを荒らさなければ、大丈夫。困ったときは、相談に来て。……この町、変なのいっぱいいるから」
ちら、と目線をやるリトさん。
「うーん、何でボクを見るのかな?」
きょとんとした表情はあざとい気もするが。俺に負けず劣らずの筋肉量と露出面積ではシュールなことこの上ない。……ズボンのホックもしめ忘れてるし。たぶん、人里に帰化していない種族だったのだろう。
「……これ、事務所の電話番号」
わざわざ名刺まで出してくれるリトさん。しかし、俺はそんなきっちりしたもの準備していない。
「ありがとうございます。その、すみません、俺、今名刺持ってなくて……」
作ったこともないです、とは言わないでおく。
「……いいの。気にしないで。吾輩があげたいだけだから」
それから、リトさんを見送った後。魔王さんが身を乗り出してきて。
「ねえ、今夜空いてる?ちょっと付き合ってよ」
きらきらとしたオッドアイに、引きずり込まれそうな感覚。それは魔王の能力なのか、はたまた天性の魔性か。
どうしよう。とりあえず断るとして、理由が……予定は無いけど怖いから嫌ですとは言えない。
こうなったら、嘘も方便というやつか。
「あー、その……先約がありますから」
実を言うと、今夜はアラザンも帰ってこないから飯の用意という使命すら存在しないのだが。
すると、魔王さんは一瞬目を丸くし。ころころと笑った。
「そっか、残念。じゃ、また会ったときにね」
そして、翌日。会議でその顛末を話したところ。
「吾輩、隣のひとに一度も話しかけられたことないのだが」
曰く、毎回席順は変わるらしい。その上で話しかけられないとは一体。
「気の抜けた顔をしていたのでしょう。ガナッシュですし」
一日でエンシェントゴーレムを討伐して帰ってきたアラザン。朝に帰ってきて第一声が『オムライス食べたいです』だった。俺のこと家政夫かメイドと勘違いしてないか。
……まあでも、朝っぱらからオムライス作ってやる自分がいたことは、報告しなくていいことである。




