1.反りが合わない奴
今日もまた、魔法少女に負けて帰ってきた。
ここは、人間たちが異世界と呼び、憧憬と妄想を抱く場所。
赤い空。人外たちが蔓延る街。煉瓦造りの家と、コンクリートの壁。ガラスのショウウィンドウが混在しているのは、人間界からの技術の急激な流入の証。
ガラスに映る自分の姿を改めて見る。竜人。トカゲ頭。赤い鱗肌に、気の抜けたオレンジ色の瞳。まだ慣れない、角から下げた銀色の匙と花のピアス。ノースリーブのロングコート。ちょっと厨二心をくすぐる黒の指ぬき手袋。仕事用の制服だが、俺専用にカスタマイズされており、けっこう気に入っている。
青い三日月が照らす街の一角に立つ、我らがアジト。
三階建ての、事務所らしき無機質な建物。灰色の壁には、防護魔法が張られているらしい。俺にはちょっとよく分からないが。小綺麗な花壇には小さく花が植えられており、悪の組織の支所とは思えない。
掃除のおばさんに挨拶して、階段をのぼり。会議室へと入る。ここだけは赤と黒で設えた、格調高い一室であり。何故ここだけ雰囲気が違うのかと聞けば、本部のお偉いさん曰く、それっぽい感じを出したかったのだと。何それ……。
そこで円卓を囲む、黒の制服を着た人物が五人。各々書類を見たりパソコンを見たり。うん、雰囲気ぶち壊れてんなこれ。
「此度も、ご苦労であった。ガナッシュ」
すぐさま顔をあげたのは、ビフィズス部長。
人間界への侵略を目指す我らが組織。その現地派遣員のボス。オーガ族。灰色の肌、厳つい角。二メートルを超える巨躯、真紅の瞳によく響く声。顔は怖いが、人柄の良さには定評がある。こう見えて回復専門担当であり、戦闘力は人間のおじいちゃんくらいしかない。
「あらぁ、ガナッシュちゃん、大丈夫かえ?」
女性派遣員。人狼族・ザラメ。毛艶は良く、穏やかな表情だが傍らには物々しい大剣。派遣員の中でトップの腕力を誇っている。
「大丈夫じゃろ。こやつのタフさなら」
同じく女性派遣員。子鬼族・キャラメリゼ。幼女のような風貌だが、年齢は俺よりずっと上。うっかり年をきいたら小太刀の鞘で背後から殴られ昏倒させられた。二度とこのひとには逆らわないと決めた。
「ここまで帰って来られるなら、大丈夫でしょう。ガナッシュですし」
妖精族。魔法使い・アラザン。透き通るような白い肌。瑠璃色の双眸。長く垂れた銀髪。その美しさから、傾国の美少女とも謳われるのだとか。氷の家系で、精霊より悪魔に近い一族らしい。
「もうちょい心配とか労りとか、してくれてもいいんだぜ?」
「心配の義務も義理もありませんから。あ、そこのお菓子取ってください」
「ひどくね?俺の扱いひどくね?」
アラザンは悪い奴ではないのだが、何となく冷たいというか。俺を小間使いにすることに何の疑念も罪悪も感じていない。
いや、それ以上に重要なことがある。おそらく、初見では誰も分からないであろう真実。
コイツ、男である。