90.彼の意思
「困惑。緊張。混乱。興奮?演算不可。放心。安堵。落胆。好奇心……」
どうやら逆セクハラを分析しているらしかった。
どうしよう。初めて色仕掛けされた相手がこんなだったら、学習データとしてかなりよろしくない気が。
「あのなラムネ。今のは全部忘れたほうが……」
俺の制止も振り切って、ラムネはシノの手を取って跪き。
「弟子にしろ。ください。師匠」
まさかの斜め上の要求が出てきた。もう帰りたい。
「オレ。できる。なりたい。えっちな誘い」
「そんなこと言われるの初めてだなあ。んー、カゲノ、どうしよう?」
足元の影と話し合っている。傍から見たら床と喋る成人男性。正直シュールである。頼むカゲノさん、止めてくれ。俺じゃどうにもならない。
そして数分後。
「よしラムネ君、街へ繰り出そうか」
結論。カゲノさん止めてくれなかった。
「おいシノ。ちょっと交代してカゲノさん出せ」
数秒後、カゲノさんに交代したことを確認し。
「絶っ対危ないこと教えんなよ!?酒も煙草も賭場もダメ!本部から預かってる大事な子なんだ、怪我とかさせんなよ!?」
「うん、大丈夫、分かってるよ。悪いようにはしないから……たぶん」
俺もついて行った方がいいのか、いやでもあまり関わりたくないなこれ。ツッコミが追いつかなくなる。俺の身がもたない。
「じゃあ、夕方には送り届けるから」
大いに不安は残る中。釘は刺せるだけ刺した後、二人は出かけていった。
そして夕方になって、ラムネはやけにすっきりした表情で意気揚々と帰ってきた。
「満足」
「そうか……大丈夫か?怪我はないか?」
「平気。本番してない」
言い方に語弊があるのは直らないのだろうか。言葉足らずなのは知っているが。恥ずかしいからあまりあれこれ聞きたくないなこういうの……。
「えーっと……あー、痛いことはされてないか?」
「痛かった。ちょっとだけ」
何がどう痛かったのか聞くべきなのだろうかこれ。やだもう恥ずかしい。変な勘ぐりばかりしてしまう。こいつのもともとの趣味のせいか……?
こんな調子でラムネはシノのもとに通うようになって。十日ほどして、本国へと帰ることになったのだが。
「開発部。出禁。なった」
本国に戻って一週間くらいで送り返されてきた。曰く、開発部の職員を老若男女問わず片っ端から口説いて骨抜きにしたらしい。で、実地運用という名目で追い出されたのだと。
「部屋。借りた。師匠の。反対隣。これで。毎日会える。パパと」
ツッコミ疲れが抜けなくなりそうだなあと思いつつも。やはり無邪気な笑顔に何も言えなくなってしまった。
これが彼の意思か、彼女の思惑か、あるいは他の誰かたちか。分からないのは仕方のない話。