返還
「魔王様、スザンヌ様をお連れしました」
部屋に入った途端、ベッドに横たわって息苦しそうにしているステファン様が目に入った。妖精王と聖女リリアにはとりあえず容態が分かるまで隣室で待機して貰っている。
「スザンヌ‥‥‥」
「ステファン様!! 何があったのです?」
「‥‥‥」
「スザンヌ様、それが分からないのです。3時間前に急に胸の辺りを抑えて苦しみだしまして‥‥‥。医者に診て貰っても症状が分からないというので、ひとまずスザンヌ様にご連絡をと思いまして。まさか、魔の森へ行っていたとは、思いもよりませんでしたが」
3時間前と言えば、確か聖女リリアが聖剣を呼び出した時間だ‥‥‥。聖剣が呼応して魔王ステファンを内側から攻撃しているのだろうか?
「‥‥‥スザンヌか?」
「ステファン様、お気づきになられましたか?」
「この間、嫌な言い方をしてすまなかった‥‥‥。俺はもうダメかもしれない」
「そんな‥‥‥。大丈夫です。大丈夫ですから、お気を確かに‥‥‥」
こんなに気弱なステファン様を見るのは初めてだった。私はステファン様の手を握ると励まし続けていた。励ますのに夢中で、後ろから誰かが来ているのに気がつかなかった。
「えっ‥‥‥」
後ろから突き飛ばされた私は、ベッドの上に乗り上げていた。向かいにいるアーデルハイドさんとストラウドが驚いた顔をしている。
後ろを振り返ると、聖女リリアが立っており、手のひらを天井に向けてから魔王へと向けた。
「聖剣よ、長き眠りから目覚めよ。我が手に戻れ!!」
聖女リリアがそう言うと、ステファン様の腹部が光り、小さな白い光りが舞いながら聖女リリアの手の中へ戻っていった。
光が消えると、ステファン様は再び苦しみだした。やはり魔王は聖女リリアに倒される運命にあるのだろうか。
「リリア!! 倒さないって、さっき言ったばかりじゃないの」
「‥‥‥倒してないわよ」
「‥‥‥え?」
「あなた達は、婚約して魔力と寿命が半分ずつになったけど、あなたの中にあるモノは魔力じゃないから、魔王への中へ自然と戻ったりしないのよ、たぶん」
「じゃあ、どうすれば‥‥‥」
「身体の一部を繋げれば、元に戻ると思うわ。ねっ、ルテラ。あなたも、そう思うでしょ?」
『はい、そのように思われます』
「かっ、身体の一部を繋げる?」
私は変な想像をしてしまい、顔に熱が集まるのを感じていた。
「えっと‥‥‥閨について考えているかもしれないけれど、違うわよ」
「‥‥‥」
私はステファン様の手を再び握った。すると、私の中にある何かがステファン様の中へ戻っていくのを感じていた。
「うっ‥‥‥。ううっ‥‥‥。うえっ‥‥‥」
ステファン様は苦しいのか、唸り声を出し続けていた。聞いている内に、こっちもツラくなってきてしまう。
私は呻き続けるステファン様を見ていられずに、覆い被さると口づけをした。その方が手っ取り早いと思ったし、苦しまなくてすむと思ったのだ。
(人口呼吸よ、人口呼吸‥‥‥)
私は自分で自分に暗示をかけながら、ステファン様に自分の中にある何かを注いでいった。
注ぎ終わった瞬間、ステファン様の顔色が戻り、呼吸が楽になったのを見て取ることが出来た。
「いい眺めだな‥‥‥」
ステファン様は目を開くと、赤い目を細めてそう言った。言われてから、まだステファン様の上に馬乗りになっている事に気がつく。
「あのっ‥‥‥。これは違くて、そのっ‥‥‥」
ステファン様は私の腰を掴むと、上半身を起こし、私を見つめていた。
「助けてくれたのか‥‥‥。礼を言う」
心臓がバクバクいっていた。このままでは心臓が口から飛び出そうだ。
「こんな時に何だが、婚約の話を破棄してやってもいいぞ」
「‥‥‥え?」
「なんたって、魔王である俺の命を救ったんだし、命の恩人だ‥‥‥。それが、お前の望みなんだろう?」
確かに私の望みだった。望みだったけど、今の自分は公爵家の人達のところへ戻りたいという気持ちと、ステファン様を慕っている気持ちが、ない混ぜになっていた。
「‥‥‥ええ」
私が俯きながら答えると、ステファン様は笑っていた。
「千日草は1000日に1度、月夜の日にしか咲かないと言われている貴重な花だ。魔王の名にかけて、必ず見つけ出すと約束しよう」
「1000日?!」
「ああ‥‥‥。その後、1000日ほど他の薬草と煮込み続けなければならないがな」
「‥‥‥約6年掛かるってこと?!」
「‥‥‥煮るのは、部下にやらせておけば良い。千日草で作った薬は、どんな呪いや契約も解呪してくれる薬だ。おいそれとは手に入らないし、それなりに手のかかる代物だ」
「‥‥‥」
「ばっかじゃないの?」
「は? というか、誰だお前は?」
「聖女よ」
「何を戯けたことを‥‥‥。聖女は民のためにレコルトと闘って、命を落としたんだ。子供が嘘をつくんじゃない」
「嘘じゃないわ‥‥‥。行きましょ、ルテラ」
『分かりました‥‥‥。聖女リリア』
2人が部屋から出て行ってしまったので、私も慌てて後を追う。
「ステファン様、その話はまた後で!!」
「あっ‥‥‥。おいっ‥‥‥」
私はベッドから下りると、2人の後を追いかけたのだった。




