有効の地
「ねぇ、ストラウド。聞いてもいい?」
「なんだ?」
「何処へ向かっているの?」
「ああ‥‥‥。ええと、『有効の地』だな」
「有効の地?」
「この少し先に、キャンプが出来る草原があるんだ。魔獣や魔族、人間‥‥‥。その敷地内にいる者は、他者を攻撃することは出来ない場所だよ」
「それって‥‥‥」
「ああ。兄上‥‥‥。魔王様が昔、造った場所だ。実は隠し小屋もあって、キャンプも出来るから、ひとまずそこに行って休憩しようか」
「分かったわ」
20分ほど歩くと、目的の有効の地が現れた。そこには牧場でよく見かける放牧地用の策が張り巡らされており、入り口には木の板に白のペンキで塗られた看板が立っていた。知らない人が見たら、いかにも怪しいく、何かの『罠』にも見え無くもなかっただろう‥‥‥。勝手に使っていいのだろうか? そんな疑問を持ちつつも、私達は敷地内に入った。
敷地内の一番奥まで辿り着くと、ストラウドは空中に手を翳し呪文を唱えた。
「隠し小屋よ、顕現せよ!!」
目の前が蜃気楼のように揺ら揺らと揺れたかと思うと、馬小屋のような小さな小屋が現れた。中へ入るとキャンプ用品が入っていた。
「小さい頃に何度かここへ、兄上と一緒にキャンプへ来たんだよ」
ストラウドは中へ入ると必要な物を、手早く拾い上げていた。ストラウドと魔王ステファンは仲は悪くないみたいだが、良くもなさそうだ。150年前に家を出て行った‥‥‥。そう言っていたけれど、何かあったのだろうか?
聞きたくても、今は聞くべき時じゃないのかもしれない‥‥‥。そう思っていると、ストラウドが振り返った。
「そこの食器、持ってってくれる?」
「了解!!」
*****
ストラウドが手際よく、いろいろな物を準備してくれた。近くにあった小川で水を汲んできてスープを作ってくれると、すっかり日が暮れていた。私は近くにあった丸太みたいな流木を2つ引きずりながら持ってくると、ストラウドに一つ渡してスープを受け取った。
「温かいわね‥‥‥。落ち着くわ。ありがとう」
「味はイマイチかもしんねーけど」
塩味のスープに、乾燥椎茸を戻したようなモノが浮かんでいた。そう言えば、魔族は食への興味が薄かったんだっけ。
「ううん、美味しいわ」
スープは塩の味しかしなかったが、普通に美味しかった。やっぱり自然の中で食べるご飯は格別だ。
「そうか‥‥‥。それは良かった」
「‥‥‥聞いてもいい?」
「‥‥‥何を?」
「なんで家を出ようと思ったの?」
「何で?」
「何でって‥‥‥。あなたとステファン様の関係は、何て言うか‥‥‥。そこまで険悪そうな感じには見えなかったし、差別を受けやすい人族のいる場所で生きていくのは、少し大変だったんじゃないかなって思っただけ‥‥‥。無理に答える必要も無いから、答えたくなかったら、答えなくてもいいわよ」
「いや‥‥‥。スザンヌには、いつかは話しておいた方がいいよなって、思ってたんだ。だけど、なかなか言えなくて‥‥‥」
「??」
「俺は、先代の魔王の子供ではない」
「えっと、母親が違うの?」
「違う」
「もしかして捨て子だったとか?」
「それも違う」
「えーと‥‥‥。分からないわ、降参」
「俺は‥‥‥。魔王ステファンから生まれたんだ」
「は?」
「正確には、俺は魔王ステファンの『遺伝子』情報を読み取り、全く同じ核で新たな命を最先端技術を使って作り出された存在なんだ」
(まさか、それって前世で言うクローン‥‥‥)
「じゃあ、親はステファン様ってこと?」
「それは違う‥‥‥。父は私が成人する少し前に亡くなったんだが、俺はステファンの弟として育てられたんだ」
「じゃあ‥‥‥」
「兄上を一人残していくのは忍びないと、両親が苦肉の策で創り出したのが『俺』だ。両親はスペアが欲しかったんだよ」
「いや、でもそれは‥‥‥」
「分かってる。俺のワガママなんだ‥‥‥。人族の国にいるのは。俺は圧倒的魔力を持つ兄上と、いつも比べられて、劣等感に苛まされていた‥‥‥。それで、成人して兄上から本当の話を聞かされた時、俺はいつの間にか、自分の部屋を飛び出していたんだ」
「‥‥‥そう」
「悪かったな。こんな話をして」
「ううん‥‥‥。正直に話してくれてありがとう」
「スザンヌは兄上の事を好いてくれているんだろ? 何で城を出てきたんだ?」
「それは‥‥‥。言えないわ」
「兄上のため?」
「そうね。ステファン様の事を考えたからよ。それに、私が狙われている本当の理由が、分かるかもしれないって思ったの」
「ふーん‥‥‥」
その時、焚き火をしている柵の向こうにある木が揺れて誰かがこちらに歩いてくるのが見えた。私とストラウドは警戒しながら立ち上がった。
「「誰?!」だ?」




