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亜空間

 黒い渦の先は、執務室ではなく魔王ステファンの私室だった。


「‥‥‥ステファン様?」


「俺の所有物だと言うのに、随分とサリエリと仲よさそうだったじゃないか」


「サリエリくんと?? 仕事の話をしていただけですよ?」


「その、サリエリくんって‥‥‥。随分と親しげだな?」


「だって‥‥‥。まだ子供じゃないですか」


「サリエリは、今年で150才になる」


「うそぉ?!」


「魔族は、見た目と中身がまるで違うことが多い‥‥‥。気をつけるんだな」


「‥‥‥はい」


「だから、お仕置きだ」


「お仕置き?!」


「所有物だと言うのに、他の男と仲良く話をしていただろう?」


「それは‥‥‥」


 顔を逸らすと、魔王ステファンは少しずつ私へと近づいてきた。壁際へ追い詰められると、耳についているピアスに触られた‥‥‥。私が震え上がっていると、突然ドアをノックする音が聞こえた。


「兄上? ストラウドです。至急、セシル様に確認していただきたいことがございます。 今、よろしいでしょうか?」


「‥‥‥入れ」


「提出していただいた報告書に不明な点が幾つかあります。お手数ですが、ご確認いただきたいので、人事部までお越し頂けますでしょうか?」


「‥‥‥」


「仕方ない‥‥‥。今日のところは、許してやろう」


 魔王ステファンから解放されると、ストラウドの後に続いて部屋を出た。いくつもの階段を降りていき、迷路みたいな廊下を進むと人事部が見えてきた。


「やっぱり歩くと少し遠いわね‥‥‥」


 前を歩いていたストラウドは、人事部の部屋の前を通り過ぎると廊下を左に曲がり、近くにあった螺旋階段を降りていった。


「ちょ、ちょっとストラウド?! 何処行くのよ‥‥‥」


「‥‥‥」


 一番下まで降りると部屋があり、黙ったままドアを開けて中へ入ると、ストラウドは何も言わずにドアを閉めた。中は家具などが一切置いていない部屋で、白く切り取られた空間のような場所だった。ドアを閉めるとストラウドが大きな溜め息をつく。


「ストラウド、どうしたっていうのよ? ここは‥‥‥」


「昨日、俺が作った『亜空間』だ‥‥‥。ここでなら、魔王である兄上に話の内容は聞こえないだろうと思って‥‥‥」


「何? 秘密の話?」


「最近になって兄上は、俺のことまで怪しんでる‥‥‥。だから、このままセシルに会えなくなる気がして‥‥‥。その前に伝えた方が良いと思ったんだ」


「父上が戻って来いって言ってるんでしょう? 分かってるわよ‥‥‥。でも、今戻ったら確実に誰かに殺されてしまう気がするの」


「‥‥‥誰かって?」


「分からないわ」


「‥‥‥兄上の側にいるのは平気なの?」


「平気っていうか‥‥‥。ぜんぜん平気じゃないんだけど、悪い人では無いというのは分かったから大丈夫よ」


「そうか」


「何か問題があるの?」


「前に魔力譲渡の話したの覚えてる? 魔力を受け渡すには方法があるって‥‥‥」


「ええ、人族には魔力が無いからって‥‥‥」


 私は話の内容を思い出し、顔が赤くなるのを感じながら俯いてしまう。 


「人族は魔力が無いから分からないかもしれないんだけれど、魔族にとって魔力は絶対なんだ」


「絶対?」


「そう‥‥‥。魔力量の少ない人は、魔力量の多い人の言うことには基本逆らえない。魔王城では仕事に支障が出てしまうからと、他人の魔力を感じない特別な魔術結界が張られているんだけど、城を一歩外へ出たら魔族は‥‥‥。弱肉強食なところがあるんだ」


「だから、私の持っている魔力は危険って事なのね? 教えてくれてありがとう」


「いや‥‥‥。そうだけど、そうじゃない」


 ストラウドは自身のピンクの髪の毛を掻きむしると、困ったかのように言った。


「魔王の所有物は、魔王との繋がりが出来ると、心の中で対話が出来るんだ」


「意思疎通が出来るってこと?」


「いや‥‥‥。魔王が見たいときに、セシルの心の中を覗けるってことだよ」


「‥‥‥は?」


(いま何て? 心の中が覗ける? それは‥‥‥。プライバシーの侵害ではなかろうか?)


「もちろん、常にじゃない。魔王が見たいときに見て、セシルが何か考えていたりする時にだけ見えるんだ」


「はぁぁ? そんなの、聞いてないわよ」


「たぶん、そうじゃないかと思ってさ‥‥‥。魔族なら誰でも知ってる事だけど、人族は知らないと思ったんだ」


「それなのに、みんな『所有物になりたい』とか言ってたの‥‥‥。不思議ね」


「それがその‥‥‥。覗きを防ぐ方法があるんだ。ただ、訓練が必要かもしれないんだけれど‥‥‥」


「え? そんなの方法があるの‥‥‥。それなら教えて?」


「いや、それがその‥‥‥」


「お願い!! もしかして教えたら、魔王ステファンに後で怒られちゃう?」


 私がストラウド目の前で、両手の手のひらを合わせてお願いのポーズをしていると、ストラウドは顔を逸らして困った顔をしながら答えた。


「一つ問題があって‥‥‥。考えを他からシャットアウトするには、魔力が必要なんだ」


「魔力‥‥‥」


「俺達魔族にとっては微量な魔力量だけど、セシルにとっては、そうではないかもしれないだろ? 魔力補充の時期も早まってしまうだろうし‥‥‥」


 私は魔力補充の言葉を聞いて、顔に熱が集まるのを感じていた。今、私は真っ赤な顔をしているに違いない。


「でも‥‥‥。もう、ストラウドに会えなくなってしまうかもしれないのでしょう? それなら、今しかないじゃない。魔力がどれくらい減るのか分からないけど‥‥‥。考えを覗かれるよりは、ぜんぜんマシよ」


「そう言うと思ったよ。なら、意識を内側に向けて集中して‥‥‥。ここは、静かだから集中するのにちょうど良いと思う」


 ストラウドは私に近づいてくると、耳たぶに触れた。光が部屋の中へと満ちていき、やがて収束する。


「一時的に俺のものになれ、セシル」


「え?!」


「ご主人様~セシルをイジメちゃ、ダメにゃ」


「アース‥‥‥。見ないと思ったら、まだセシルのバッグにいたのか」


 アースはバックから顔だけ出して、目を瞬かせていた。眠いのか、目を擦りながら話している。


「ここは居心地いいにゃ」


「まったく‥‥‥。お前ってヤツは」


「えっと、セシル‥‥‥。何か考えてみてくれ」


(えーと、おやつにクッキー食べたいな)


「もうすぐ夕飯だから、間食は良くないと思うぞ」


「えっ、やだ?! 本当に分かるの?」


「だから、さっきからそう言っているだろう? 意識を集中させるんだ。身体の内側に薄い膜を張ったようなイメージで心に鍵を掛けてみて」


「えーっと‥‥‥。こう?」


「セシル、セシルの好きなタイプは?」


(うーん‥‥‥。おしゃべりな人は嫌かな。仕事出来るけど「愛してる」って、言ってくれて大切にしてくれる人‥‥‥。って、そんな人いないか)


「何か考えてる?」


「‥‥‥うん」


「セシルの好きなタイプって、俺みたいな人?」


「えっ‥‥‥。何でそうなるの?」


「セシル‥‥‥。成功してる」


「嘘?!」


「本当。ねぇ、セシルの好きなタイプってどんな人?」


「えーっと‥‥‥」


 そう言いながら、ストラウドは壁際にある私のいる方へと近づいてきた。


(近い近い近い!!)


「もしかして兄上みたいな人がタイプ?」


 ストラウドは、私の真ん前まで来ると上から覗き込むような体勢で私を見つめていた。宝石みたいな青い瞳に見つめられて心が震えている気がした。外見は似ていないのに、何だかんだ言っても兄弟だ。醸し出す雰囲気は、魔王ステファンとそっくりだ。


「えっ?!」


 ストラウドに言われて、私は初めて恋人にしたい自分の理想像と、魔王ステファンの人物像を重ねて考えていた。


(仕事出来るけど、「愛してる」って、言ってくれる人物像に、意外と近いかもしれない?!)


「ふーん‥‥‥。仕事出来るけど、「愛してる」って、言ってくれる人か‥‥‥」


「しまった、心の鍵掛けてなかった‥‥‥」


「出来るようになっても、ちゃんと使いこなせなきゃダメだよ、セシル」


 そう言うと、ストラウドは私の額にキスをした。


「なっ‥‥‥」


「所有物解除‥‥‥」


 ストラウドが再びピアスに手を触れると、光が部屋の中に満ち溢れ、やがて収束した。


「訓練おわりー」


「あの‥‥‥。ありがとうストラウド。危険を犯してまで、教えに来てくれて」


「まあ‥‥‥。教えないで何かあったら、魔王の親族としては寝覚め悪いし。セシルと過ごせたから、別に気にしなくていいよ」


「えっ‥‥‥ほんとに?!」


「セシルって、キスするとき面白い顔するんだな」


「いやっあれは‥‥‥。ストラウドがいけないのよ」


「何がどういけないの?」


「もういいでしょ?! それより何でキスなんかしたの?」


「特に意味は無いよ‥‥‥。友人としてのキスみたいな感じかな‥‥‥慈愛のキス?」


 ニコニコしながら答えるストラウドに私は頭を抱えた。魔族は前世で言う『フランス人』みたいな存在なんだろうか‥‥‥。挨拶でキスをするなんて、前世日本人の私としては考えられない。いや、今も考えられないけど。


 私達が言い合いをしながら部屋の外へ出ると、螺旋階段の上には仁王立ちしている魔王ステファンの姿があった。口をへの字に曲げて、こちらを睨んでいる。


「俺、用事思い出しちゃったー、またねセシル」


「えっ、待っ‥‥‥」


 ストラウドはそう言うと、姿を消した。何処か別の出口があったのだろうか‥‥‥。恐る恐る再び階段に目を向けたが、そこには誰もいなかった。


「あれ?」


「小部屋で、ストラウドと何を話していたんだ?」


「ひっ‥‥‥」


 気づくと、魔王ステファンは目の前に立っていた。さすがは魔王‥‥‥。気配を感じさせずに、気がついたら目の前に移動してるとは。


「たいした話はしてないですよ。人事部の‥‥‥。仕事の話です」


 魔王ステファンは、私の顔を覗き込むと溜め息をついた。


「とりあえず、部屋に帰ったらお仕置きだな」


「なんで?!」


(あれ? 私、何も考えていなかったのに‥‥‥)


「帰るぞ」


 私は魔王ステファンに手を引かれると、転移するために一緒に黒い渦に飲み込まれたのだった。




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