夕食には間に合いませんでした。
「お父様、お母様、お兄様、時間までに帰宅する事が出来ず申し訳ありません」
流石に家族への挨拶や謝罪や感謝は悪役令嬢でも述べる事はある。
「それよりもレイラ、どうしたのその格好は!」
母セーラがおろおろと尋ねる。
「食事は後で部屋に運ばせるからまずはゆっくりと湯に浸かっておいで」
兄 ブレーズ の優しい微笑みと気遣いに感謝し、侍女数名を引き連れお風呂に向かう。
『さっきの猫ちゃん大丈夫だったかな…?心配。またどこかで蹲ってなければ良いけど。連れて帰りたかったなあ。 …そういえば、こんなにも優しい家族に囲まれた私はどうして悪役令嬢となってしまったのだろう?甘やかされて育ったからと言って、素直に育つ道もあったハズ。そこがどうしても思い出せないのだけれど、ゲームの設定だから仕方ないのかも。深く考えるのはよそう。とにかくお役目を全うするのよ!!』
気になる事は増えつつあるが、まずは初志貫徹を目指そうと改めて心に誓い眠りについた。
ーー日付を跨いだ真夜中二時頃。
レイラは何者かの気配を感じ目を覚ました。
月明かりの下、カーテンのかかる窓の向こうに黒い影がぼんやりと見えた気がして不安感を抱きながら目を凝らすと、まるで「窓を開けて」と言っているかの様に黒い影がカリカリと音を立てている。
ベッドから体を起こしそっと近付くと、段々とシルエットがハッキリしてくる。影は小さく、少なくとも人では無さそうな事に胸を撫で下ろす。
「何…?」
カーテンの隙間から覗くとそこには黒い猫らしき生き物が一匹。
カリカリと窓を爪で叩く音は大きくなり、周囲に他の気配が無い事を確認してから少しだけ窓を開けるとおそらく猫であろう黒い物体が一目散に部屋へ飛び込んでくる。
ひとしきり部屋の中を探る様に歩き回り、それが終わるとソファーにちょこんと座ってこちらをじっと見つめていた。
「あなたもしかして…さっきの猫ちゃん?!」
どうやってここへ来たのか、怪我の程度は?疑問は多々あれど、、
漆黒のモフモフ毛。ピンと伸びたお髭にユラユラと揺れる長いしっぽ。首には金の鈴が付いた赤いチョーカーが巻かれている。
そして、月明かりに照らされ青々と光る瞳。
『か、可愛過ぎる。』
猫は正義。