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ローズアンドスカビオサ  作者: 須江野モノ
第二章 『異界の兄弟』
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第53話 『異界の兄弟』

 話が纏まって数分後の事。

 グレイシャルとオーディスはそれぞれ馬に乗って、後ろから迫り来る騎士達から森の中を逃げていた。


 二人がどうやって廃村から脱したかというと、家の正面から堂々と馬に乗って逃走したのだ。

 騎士達は流石に正面突破は予想外だったらしく、対応が一瞬遅れた。

 その所為で再びチェイスが始まったのだ。


「待て! グレイシャル・フリードベルク! 魔術師! 今ならまだお前達の罪は少しだけ軽くしてやろう!」


 騎士の一人が後方から二人に声を掛けるが、オーディスは彼等に魔術を放ちながら言う。

 当然ながら彼の放つ魔術は全て非殺傷性だ。


「無罪以外興味ねえよ! 大体、剣と杖をこっちに向けてんのに待つ奴が何処にいんだよ! 待って欲しかったら無罪を証明する紙でも持って来いよ雑魚!」


 オーディスの魔術を食らった騎士達は、ある者は泥沼に馬ごとハマり、ある者は霧で道を見失い、またある者は馬から炎の鎖に依って無理矢理降ろされる。

 そうして少しずつだが確実に追手の数は少なくなっていた。


 しかしそんな中でもオーディスの魔術を躱したたり、跳ね除けたり、魔術で相殺する者も少なからずいる。


「話に応じてくれない様なので、こちらも手段は選びませんよ! 手足の数本は覚悟して下さい!」


 その中の一人の左目に眼帯をつけた女魔術師が叫ぶと同時に、彼女の体に沿って緑色の雷が出現した。

 その雷にグレイシャル達は見覚えがある。

 そう、数年前にエレノアも転移の魔術を使用する際、全身に赤い雷が出現していたのだ。


「トルーマの民……!」


 雷神の子孫である彼等は戦う時に雷を身に纏う。

 どういう原理で雷を出しているのかは分からないが、雷を纏うと術者の魔力量が激増して身体強化をしている状態になるのだ。


 要するに、雷を出すという事は本気になるという事である。


 頭までローブを被った騎士団の女魔術師は、グレイシャルに向かって魔術を放つ。


「プレッシャー……!」


 その魔術は風属性の()()魔術。

 大気中の任意の場所の圧力を変え、相手を物理的に潰す強力な魔術だ。

 彼女はそれを使用してグレイシャルとオーディスの手足を潰そうとしている。


「兄さん! ヤバい魔術使われてます! ていうか赤級が居るとか聞いて無いです!」


 グレイシャルが狼狽えるのも無理は無い。

 本来魔術師と戦うのなら距離を詰めるのが鉄則。

 だが、今グレイシャル達は距離を保って逃げている。


 それはつまり、自分達から魔術師の土俵に上がっている事に他ならない。

 グレイシャルも魔術は使えるが、赤級が相手ではそもそも勝負にすらなら無いのだ。


 しかしそれは剣士の場合の話。

 オーディスは魔術師なので問題無いし、寧ろ好都合である。


「任せろグレイ! 要は圧力を操作できない位、大気中のうんたらかんたらをグチャにグチャにすれば問題ねえ!」


「うんたらかんたら!? それって一体――」


 オーディスはグレイシャルの質問に対し、言葉では無く行動で示す。


「ウォース・ズー……!!」


 彼が叫ぶと同時に、追手の騎士達の中心に大爆発が発生する。

 規模と込められた魔力を見るに、普通に人が死ねる程度の威力だ。


 轟音と共に鳴り響く雨の蒸発音と立ち上る巨大な炎。

 あまりの爆風に周囲の木々は吹き飛ばされるが、グレイシャルとオーディスは馬から降りて、地面に杖と剣を突き刺して必死に堪える。


 それから数秒後、爆風と炎が収まって来た所でグレイシャルは言う。


「兄さん、殺してしまったらダメですよ!? 何をしてるんですか!?」


 突然オーディスが騎士達を殺してしまった事にグレイシャルは驚く。

 だが、彼は転んでしまった馬を呑気に起こして「いいこいいこ」と撫で撫でし、ご機嫌を取りながら返事をした。


「へーきだよ。風属性のあの魔術を使える時点でそこいらの奴とはレベルが違う。どうせ今頃、周りの騎士達と一緒に土の下にでも隠れてるだろ」


「えっ、本当ですか?」


「本当。だってアイツらの魔力は今も感じ取れるし」


 グレイシャルは彼の言う通り周囲の魔力を感知してみる事に。

 すると、確かに爆心地の真下から騎士達の魔力を感じるのだ。


「あっ、本当だ……」


 オーディスは誰一人殺してなどいなかった。

 グレイシャルは自分の早合点を反省する。


「殺しちまったらお前の無罪を証明出来なくなるからな。ま、これで丁度良い感じに時間も稼げたし、今の内に逃げようぜグレイ!」


「……ふふ。そうですね、兄さん」


 それだけ言うと二人は馬に跨がり、再び森の中を走り出した。

 目的地は決まっていない。

 だが、敢えて決めるとするならば一先ずはここから一番近い街……。


 と言うより、クロード王国からもバゼラント王国でも無い国に逃げる事が良いだろう。

 それを達成するのに手っ取り早いのは船に乗って外国に逃げることだ。


 そういう訳で、二人はフォータに向かって逃げる事にしたのだった。



 ――――



 グレイシャル達が去ってから数分後。


 爆心地の地面がヒビ割れ、その下から泥だらけの騎士達が現れる。

 彼らはオーディスの予想通り、あの爆発を避ける為に地面の中に空間を作り隠れていたのだ。


「プハーッ! 死ぬかと思った!」


 女魔術師が杖を握りながら叫ぶと、隊長はくしゃみを二回してから言った。


「それは私のセリフだ! いきなり地面の中に我々を押し込めるとは何事だ!!」


「いやーだってしょうがなく無いですか!? あそこで私が部隊を丸ごと地面に埋めなかったら、もれなく全員死んでましたよ!」


「むむむ……っ! まあ、それならそうと礼を言っておこう。さてと――」


 隊長は一足先にクレーターから出てグレイシャル達が逃げた方向を見る。

 するとそこには、くっきりと馬の足跡が残っていた。

 彼は複雑な表情で言う。


「中々強引な奴らだが腕は確かだ。正式に騎士団に所属して欲しい位には」


 しかし、それを聞いていた他の騎士は彼の言葉を批判する。


「隊長、それはいけません。奴らはバゼラント王国史上、ダーゲリオスに次ぐ極悪人。国の仲間を殺した大罪人の肩を持つ様な発言は謹んで下さい」


「……そうだな、悪かったよ」


「あっ、いえ! こちらこそ出過ぎたマネを! 私は馬をここまで引き上げて参ります!」


 それだけ言うと騎士は再びクレーターを降りて行き、穴の下の空間から馬を引き上げ始めた。

 そして彼と入れ替わる様に、隊長の隣りに別の人物がやってくる。


「はー。それにしても随分と強いですね、あの赤髪の魔術師」


 その人物とはさっきオーディスの攻撃から騎士達を守り、地面に部隊をブチ込んだ女魔術師だ。

 彼女は先程の魔術戦を思い出していた。


「普通『プレッシャー』を回避するにしても、もっと合理的なやり方があるでしょう。それなのにあの魔術師は魔力量に物を言わせて私の()()()()焼き払ったんです」


 魔術師でも無いのにいきなりそんな事を隣で言われて困る隊長。

 取り敢えず何か面倒臭そうな予感がしたので、彼は適当に相槌を打つ。


「あー、なんだ。災難だったな。けどまあ全員無事で生きてて良かったよ」


「そこですよ」


「は?」


「生きてるのがおかしいんです」


「いや、おかしいって何が? 君が助けてくれたんだろ? さっき自分でも言ってたじゃないか」


「ですから、普通あの威力の規模の魔術を使われたら死ぬんです」


「……???」


 彼女の話は全く要領を得ない。

 隊長が首を傾げていると、女は杖をブンブン振りながら叫んだ。


「だーかーら! 明らかに手加減されてたんですよ! おかしいじゃないですか! こっちは殺そうとして魔術を放ったのに、あっちは()()皆を守れるくらいの猶予を与えたんです! 時間差! 本当に僅かな時間差で魔術が発動したんです! それがあったから私は土の中に皆を避難させられたんです!! そもそも何ですかあの魔術!!」


「……ほう。それは妙だ」


 普段自信たっぷりな女魔術師が明らかに悔しがっていた。


 もしかしたら自分の知らない事情があるのかも知れない――


 それを把握する為にも、グレイシャル達を捕らえてじっくりと話しを聞く必要があるし、彼らの底が知れない以上、ここから先は少数精鋭で追いかける方が良い。


 そう思った隊長は部下に馬の救出と今までの被害状況を纏める様に指示を出したのだった。



 ――――



 追手の全てを一旦撒いたグレイシャルとオーディス。

 彼らは油断せず、すこしでも騎士達から離れる為、馬に乗って全速力で逃げていた。


「あっ、そうだグレイ」


「何ですか兄さん」


「そういえば確か今日がお前の誕生日だったよな! 10歳の!」


「あー……? あー!? そうでしたそうでした!! よく覚えてましたね!!」


「この前話したばっかだろタコ! まあ良いや、そんでお前の国では五年おきに誕生日を盛大に祝って、贈り物をやるんだろ?」


「えぇ、そうですが……」


 そう言えばフォータの宿でオーディスはグレイシャルに「誕生日プレゼントをやる」と言っていた。

 グレイシャルは落ち込んだり立ち直ったり色々あってすっかり忘れていたが、どうやらオーディスはずっと覚えてくれていた様だ。


「もう()()()()()()けど俺からの贈り物は『家族』だぜ! 俺っていうな!」


 堪らなく嬉しかった。

 自分の事を本当に大切にしてくれる家族が身近に居る事が、何よりも。


「あははははは!!」


 グレイシャルは自信満々に言うオーディスを見て笑った。


「おい! 何で笑ってんだ!」


 対してオーディスは不満そうだ。

 そんな彼にグレイシャルは笑いを堪えながら言う。


「いえ。本当に素敵な贈り物だなーって思って……。ありがとうございます、兄さん。一生大切にします」


「おう。ただし結婚はしてやらねえぞ」


「分かってますよ!」


 いつの日かサレナが言っていた気がする。


『真に恐れるべきは衝突ではなく、すれ違いなのだ』と。


 あのままオーディスがグレイシャルと全身全霊で衝突していなかったら、今頃自分はこの世に居ないだろうし、想いもすれ違ったままだった。

 そして何より、カールも汚名を着せられたままだっただろう。


 だが、彼はグレイシャルに機会と本当に欲しかったモノを与えた。

 それはグレイシャルが再び前に進む為に必要なモノだし、何よりも大切なモノだ。


 少々激しめではあったが、不器用なりにグレイシャルの事を考えた結果、さっきの廃村での言動に至ったのだろう。

 決してDVの様な一方向からの押し付ける暴力や愛情では無い。


『愛の形は様々』とはよく言うが、その言葉の本当の意味をグレイシャルが知ったのはこの時である。


 グレイシャルとオーディスは育った世界こそ違うが、紛れもない兄弟。

 彼らは()()()()()なのだ。

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