第10話 『ヤスの真実』
翌朝、三人はオーディスが作り出した石の椅子に座って朝食を取っていた。
昨日オーディスが獲ってきた鹿の肉と、グレイシャル達が採って来た野菜である。
ちなみに昨日の夜はあの後、オーディスが文句を言いながらも再び、石をフライパン代わりにして鹿肉を焼いて食べたのだ。
朝の空気と森の独特の匂い、そして川の音が合わさって天国の様な空間に三人は浸っていた。
「それにしてもオーディスさん、この肉……。味、無くないですか?」
グレイシャルは鹿の肉を齧りながら調理担当のオーディスを見る。
オーディスは目を瞑って味を確かめる様に食べていた。
ヤスは半分寝ぼけていたので、自分の口と鼻の穴を間違えて鹿肉を突っ込んでいる。
「あると言えばある。鹿の味がな」
「いや、そう言う事じゃ無いですって」
「分かってるよ。俺だってもっと味付けとかしてえけどよ、調味料がねえんだから仕方ねえだろ。あーあ、罪人共に強制労働させてたのが懐かしいぜ」
味のしない鹿肉を水で流し込むオーディス。
グレイシャルも同じ様に流し込む。
口直し代わりで野菜を食べるが、こちらもドレッシング等は無いのでシャキシャキしてるだけの草だ。
グレイシャルとオーディス、どちらも毎日一流の料理を食べてきただけあって料理へ求める物は高い。
腹は満ちたが心が全然満たされない。
「おい、ヤス起きろ。オメーもさっさと食っちまえよ。今日はマリカスだっけ? そこに行くんだからよ」
オーディスはヤスの肩を揺する。
ヤスは未だに目を開けないが、しっかりと意識はあるようだった。
「起きてるでござる。マリカスはこの川をずっと下っていった所にあるでござる。そこに行けば仕事は山ほどあるでござるよ」
グレイシャルが片手で頬杖を付きながらヤスに話す。
「だといいんですけどねー。流石にお金が無いと渡航費も食料も宿代も困りますから。……ん? ちょっと待って下さいヤスさん」
「んー? なんでござるか? お花なら昨日渡した筈――」
「いや、もうお花は結構です。なんなら川の近くに植えときましたから」
それを聞いてヤスはショックを受ける。
渾身の忍術で生み出した花を捨てられたのがよっぽど悔しかったのだろう。
「僕が聞きたいのはそんなことじゃありません。マリカスとヤスさんの事です」
「拙者とマリカス……? あぁ、賭博で敗北をした話でござるか?」
そう、グレイシャルが聞きたいのはその話だ。
グレイシャルは見つけてしまった、彼の話の中にある矛盾点を。
「ヤスさん、この川を下るとマデュール王国の首都マリカスに辿り着くんですよね?」
「そうでござるが」
「ここからだと大体何日くらいですか?」
「んー、ここは脇道でござるから、大通りに出れば今日の夕方には着くでござる」
オーディスはグレイシャルが何を聞きたがっているのか全く理解できなかった。
というより、単純にボーッとしていた。
「そうですか。では本題に入りますね」
ここまでが前置き。
グレイシャルはここから切り込んで行く。
「ヤスさんは川の下流にあるマリカスで、博打で負けて有り金全部取られて川に流されたんですよね?」
「……そうでござる」
「じゃあ聞きます。あなたはどうして『上流から』流れてきたんですか? マリカスは川の上流ではなく『下流』にあるんですよね?」
「そうでござ――!? あっ、えっ、おっ……」
ヤスが急に吃り始め挙動不審になる。
額からはダラダラと汗を流し、目は泳ぎまくっていた。
「おかしくないですか? なんで下流から上流まで移動してわざわざ流れて来たんですか? 本当はヤスさんあなた……」
グレイシャルは核心に触れる。
「今までの話は嘘で、もしかしてあなたはこの剣を狙った『敵』ですか?」
「――!?」
グレイシャルがそこまで言うと、流石のオーディスも現状のヤバさに気付く。
オーディスとグレイシャルはヤスから距離を置く為、後方に飛び剣と杖を構えた。
ベルフォードが言っていた言葉が今、頭の中で思い返される。
『現世に戻れば君は多くの者に狙われるだろう。バジリスク以外にも、それに準ずる程の実力者にも恐らくね』
それは正しく、今自分達の目の前にいるこの男の事を言っていたのでは無いか。
三人の間に緊張が走る。
「グレイシャル殿、オーディス殿……。拙者は――」
ヤスが立ち上がり、ゆらゆらと二人に近づく。
「動くな。動いたらテメエ、殺すぞ」
昨日の手合わせの時とは比較にならない程の殺意を込めてオーディスは言う。
正直、二対一で戦っても勝てるビジョンが全く浮かばないが、もしかしたら逃げることくらいは出来るかもしれない。
グレイシャルが全身に魔力を込め、いつでも全速力で動けるように準備したその時。
ヤスは膝から力なく崩れ落ちた。
グレイシャルとオーディスは、これは敵が油断を誘う為にしている演技かも知れないと思い警戒は解かない。
だが、ヤスは……。
「うおおおおお!! 違う、違うのでござるううぅ! 騙そうとしていた訳では無いのでござるぅ! どうか、どうか拙者を信じて欲しい! 太陽神アズマの名前に誓って、全てを話すでござる!」
ヤスは慟哭していた。
「「はぁ?」」
グレイシャルとオーディスは顔を見合わせる。
イマイチ、ヤスと話が噛み合って無い気がしたからだ。
突然の事で毒気を抜かれ、ヤスに向けていた矛を収めた。
二人は取り敢えずヤスを正座させて落ち着かせる。
数回深呼吸をすると次第にヤスは落ち着いてきた。
「そんじゃあ、全部話してもらおうか」
石の椅子に座りながらオーディスがヤスに言う。
ヤスはシクシクと泣きながら真実を語りだしたのだった。
――――
あれは遡ること五日前。
拙者がマデュール王国に走って来た時の事だった――
「ちょっと待てや」
いきなりオーディスはツッコミを入れる。
「なんでござるか」
「『なんでござるか』じゃねえよ。お前は海を走って渡って来たのか? いきなり嘘つくな」
全てを話すと言った途端これである。
オーディスは呆れていた。
だが、ヤスの目は真剣そのものだ。
「嘘ではござらん。アズマ道には水の上を走る技術がある。本当に」
「まあまあオーディスさん。取り敢えず聞きましょうよ。敵かどうか判断するのはそれからで大丈夫かと思いますし……」
ヤスが本気を出せばとっくに自分達は死んでいるとグレイシャルは気付いていた。
自分達が生きているというのが、彼が敵意を持っていない何よりの証拠でもある。
だが、だからこそ。
彼が真実ではなく嘘を話した理由を知りたい。
ヤスは自分の両頬を強く叩き気持ちを入れ替えてから、再び話し始めた。
「拙者がアズマからマデュールに来るのに船を使わなかったのは、船を使うよりも拙者が走った方が早いからなのと……」
「「なのと?」」
「……賭博の為のお金に使いたかったからでござる。アズマの国では賭博は違法故、合法なマデュールに来る事が拙者の夢でもあった」
「へー。そうなんだー」
オーディスは興味が無さそうに、適当に返事を返した。
「あの、そもそもどうしてヤスさんはマデュールに来たんですか? 放浪の旅がどうとか言ってましたけど」
グレイシャルが質問するとヤスは口をモゴモゴして言い淀む。
オーディスは急かす様に彼の頬を杖でグリグリする。
「拙者が旅をすることになった理由は兄者の命令でござる」
「兄者?お兄さんが?」
「うむ。兄者は拙者に『ヤス、お前は世を知る必要がある。このままアズマの国に居たのでは、お前は怠けてダメになってしまう。だから旅に出ろ』と言ったのでござる」
いい歳こいて兄貴の言いなりかよ、と二人は思ったが、それぞれの国にはそれぞれの風習や事情があるのだろうと思い、そこには深く突っ込まない様にした。
「そうですか。ヤスさんがマデュールに来た理由は分かりました。それじゃあ、川から流れてきた『本当の』理由、お願いします」
グレイシャルはそう言ってヤスに続きを要求する。
そうして再び彼は語り出した。
「マデュールに着いた拙者はまず賭博をすることにした。マリカスの街を歩き、道行く人に声をかけ続けた。そうしてある情報を耳にしたのだ。近くの宿屋には凄腕の女賭博師が居ると」
ここまでは昨日聞いた通り。
おかしなことはまだ何も無い。
「その話を頼りに宿屋に向かった拙者はその女性を見つけた。長身で、赤く長い髪に丸い眼鏡。そして空色の瞳。綺麗な人でござった……。あ、それからどこかの国の貴族? 外交官? 執事? の様な服を着ていた」
「何で曖昧なんですか?」
グレイシャルが聞く。
ヤスは腕を組んで唸りながら答える。
「女性なのに男物の服を着こなしていたからでござる。もしくはただの仮装かも知れぬが、まあ良い。それで、拙者はその女性に勝負を挑み……」
「負けたんだろ?」
オーディスが欠伸をしながら言うと、ヤスはそれを肯定する。
まだ普通だった。
というより、ここまでが真実だ。
「負けた拙者は代金の支払いを命じられた。勿論、旅の金は兄者から持たされているし、拙者も冒険者として活動していた事もあった故、それなりの額を口座に持っている。だが、拙者のプライドが支払うことを許さなかった。そこで金を払ってしまえば、真の意味で敗北してしまう気がしたのだ」
「「は?」」
こいつは何を言っているんだ、という顔で二人はヤスを見つめる。
ヤスは両手をグッと握り、力を込めガッツポーズの様な姿勢を取る。
「だから逃げたのだ。拙者は、冒険者カードを魔導具に読み込ませて支払う直前、荷物を持って宿から走って逃げ出した」
衝撃の事実は電撃となり、グレイシャルとオーディスの身体を駆け巡る。
だが、驚きよりも呆れの方が勝っていた。
「拙者は足と武に自信がある故に慢心していた。そして、それが仇となった。宿の店主が叫ぶと、先程まで拙者と博打を打っていたその赤髪の女性が『赤い雷』を纏って、凄まじい速度で拙者の事を追いかけて来た」
「赤い雷だぁ? 何言ってんだ?」
「本当でござる! 拙者は刀を抜こうとした。だが、揺れる胸に見惚れている間に拙者はボコボコにされた。屈辱だった……! 戦いにすらならなかったのだ、これ程の屈辱はそう無い……」
昨日の話ではヤスは『国際問題になるから抜けない』と言っていた気がするが、真実は違った。
相手の胸を鼻を伸ばして見ていたら負けたのだ。
それが恥ずかしかったから嘘をついたのだろう。
「そういえば昨日、なんかそこを話す時だけ吃ってましたね」
「ホントにアホザムライだなこいつ。それで? その後はどうやって川に?」
「拙者はその後、代金を払わされるだけでは飽き足らず、持ち物全てを罰として追加料金代わりに渡したのでござる。それだけなら良かったのだが女性は拙者を街から遠い場所、ここよりももっと上流の方に転移させた」
「転移? じゃあなんですか、その人は魔術師って事ですか?」
「魔術師かどうかは拙者には分からぬ。一つ言えることは、あの女性は魔術師にしては接近戦が強すぎた」
ヤスはそう言うと下を向き、悲しそうに話し出す。
「その後、拙者は全身の痛みで数日動けなかった。ようやく動けるようになって川に水を飲みに行ったのだが、空腹でそのまま倒れてブクブクーでござる。そうして、グレイシャル殿達と出会い今に至る……」
つまりヤスは『兄から国を追い出されマデュールに来る・早速そこで賭博をするもボロ負け・負けを認めず逃走を図るも、スケベな事を考えている間にボコられ有り金全部取られて、川に捨てられた』のだ。
昨日までは少しだけ可哀想と思っていたグレイシャルとオーディスは、今やそんな感情を一つも抱いていなかった。
真実を知って溜息が出て来る。
こんな人を警戒したのが馬鹿らしくて。
「本当にすまなかった! 騙す気は無かったのだ! ただ、口にするのが情けなくて……。つい、ホラを吹いてしまっただけなのだ! 本当に申し訳ない! あと、拙者は敵では無い!」
彼はそう言い土下座をする。
オーディスは土下座を初めて見たので何をしているのか分からなかったが、グレイシャルは本で『そういう文化』もあると知っていた。
だから、彼の誠意は伝わって来る。
「どーするよグレイ。こいつ、もう一回川に捨ててもいいけど抵抗されたら俺達じゃ出来ねえしなあ」
オーディスは杖の先でヤスの尻を叩く。
叩かれたヤスは無言で耐えている。
彼を仲間として認めないのは簡単だ。
というより、こんな人物を仲間にする方がどうかしてる。
捕まって無いだけで普通に犯罪者だ。
オーディスだけなら、間違いなく彼を捨てていただろう。
だが――
「分かりました。本当の事を話してくれてありがとうございます、ヤスさん」
グレイシャルは彼のことを許した。
どうにも見捨てられないのだ。
彼の姿と自分の姿が重なって。
オーディスは嫌がりそうに思えたがそんな事はない。
彼は『グレイシャルが決めた事ならオッケー』というかなり適当なスタンスなので、当然許した。
「ヤスさんがどうしようも無い人なのは分かりました。ですが、だからと言って僕は、あなたの事を見捨てる様な真似はしません。こうして会ったのも何かの縁です。なんでしたっけ、こういう時に使うアズマの国のことわざ」
グレイシャルが思い出していると、ヤスが顔を上げて彼を見つめる。
「旅は道連れ世は情け……で、ござるか?」
「そう、それです!」
ヤスが教えてくれてグレイシャルは笑顔になった。
「何の魔術の詠唱だよそれ」
「オーディスさん、これは魔術ではなくことわざで――」
「グレイシャル殿おおおお!!」
「うわ!? 何ですか急に!」
ヤスは感極まり、グレイシャルとオーディスが話しているのにも関わらず、グレイシャルの足に抱きついて来た。
その姿はまるでコアラの様だ。
可愛くはあるのだが、あまりの迫力でどこか怖い。
しかも涙と鼻水を流している。
「おう、何してんだオメー」
ヤスはオーディスによってグレイシャルの足から引き剥がされ、少し離れた場所に投げられる。
だが、這いずって即座に戻って来た。
「グレイシャル殿! 拙者は感動している! 昨日拙者に飯を分けてくれただけでは無く、嘘をついたことすら許し、あまつさえ『縁』だと言ってくれた事に!」
ヤスのあまりの勢いにグレイシャルは若干引き気味になった。
「ま、まあ。僕達は仲間……なのかな?」
困った様にグレイシャルが笑う。
そして、その言葉が決め手だった。
ヤスは正真正銘、心の底からの涙を零したのだ。
「改めてお願い申し上げる。グレイシャル殿、オーディス殿。拙者を、旅の仲間に加えて欲しい。どうか、どうか!」
グレイシャルとオーディスは顔を見合わせ、笑った。
そしてヤスに近づいて両肩をポンと叩く。
「えぇ、一緒に頑張りましょう」
「てことで奴隷の如く働いて金稼いで来てもらうぜ!」
「いや、オーディスさん。それは流石に……」
グレイシャルはオーディスの要求を却下する。
だが、当の本人は……。
「もちろんでござる! 今この瞬間より、拙者は一切の賭け事を辞め、誠実に生きて行く事を誓う! アズマ神と、今は亡き父と母に誓って!」
ヤスはやる気だった。
それも本気の本気で。
オーディスはそれを聞きニヤリと笑う。
「おっしゃあ! じゃあ街までさっさと行って仕事探しすんぞ! 脱、無職! 行くぜ!」
「応!」
ヤスとオーディスは元気良く走り出した。
当然グレイシャルは置いてけぼりだ。
「あっ!? ちょ、ちょっと!? 待って下さい! オーディスさん荷物忘れてますよ!」
グレイシャルは急いで火の後始末や乾燥肉の収納などをし、荷物をまとめて二人を追いかけた。
――――
グレイシャルは二人に追いつき、その後は特に何事もなく時間が経っていった。
目的地は川の下流にあると言われるマデュール王国の首都、冒険者ギルドの本部のある町マリカスだ。
途中山賊に出会ったが、オーディスとヤスが文字通りタコ殴りしたので山賊は死にかけていた。
それから更に三人が歩き続ける事半日。
少しずつ太陽が傾き始め、もうすぐ夕暮れという時間。
ヤスの案内通り歩くと、気が付けば綺麗に整備された大きな街道に出ていた。
そこには、商人や冒険者と思われる人が多く通っている。
「本当に人が居た……。良かった」
「すげー。これ全員人間か。この中の何人が地獄に行くんだろうな」
「ははは! グレイシャル殿、拙者は『もう』嘘はつかないでござるよ! ていうかオーディス殿、どういう基準で地獄に行くのが決まるのでござる?」
「地獄に落ちるのは明確な理由が無い・もしくは楽しいから、みたいなクソみたいな理由で悪いことをした奴が落ちる。戦士とかが戦争で人を殺したのは平気だ。強盗殺人はダメ」
「「なるほど」」
三人は歩きながら話を続ける。
オーディスと二人きりでも楽しいが、ヤスがいると話がもう一段階広がるので必然的に会話の量が増えるのだ。
「ところでよグレイ。具体的に仕事って何すんだよ」
オーディスが知りたかったのは『何をして金を稼ぐか』である。
グレイシャルは人差し指を立てながら説明した。
「僕達は無一文、更にはヤスさん以外身分証無し。こんなんじゃ渡航はおろか街での生活も厳しいです」
「あー、確かに。魔導決済が基本になりつつ有るこのご時世、身分証は無いと色々不便でござるからなあ」
「えぇ。そこで僕達がするべき事は一つ。これは仕事と身分証の問題を同時に解決出来る名案です」
グレイシャルの言う名案が何なのか気になったオーディスは聞く。
「ほーん。で、それはどんなの?」
悪そうな顔で笑うグレイシャル。
別に、本当に悪いことをしようと思っている訳では無い。
「ここは冒険者ギルドの総本山です。ならば、最も需要がある仕事は何だと思いますか? ちなみにヒントですけどこの国には騎士団と言う物が存在しません。守るべき王が居ませんからね」
オーディスは考える。
ヤスはグレイシャルが何を考えていたのか分かっていたので、オーディスの答えを楽しみに待っていた。
「んー……。んー? あー。あー! 分かったぜグレイ! いいか!?」
「はい、どうぞ」
「冒険者だろ! なあ、そうだろ!?」
渾身の回答。
オーディスはグレイシャルが正解を言うのを、息を呑んで待っていた。
「……正解です!」
「よっしゃあ!」
飛び跳ねて喜ぶオーディス。
その姿を周りの通行人はジーッと見ていたが、ただの世間知らずなのだろうと思って関わら無い様にした。
「ところでグレイシャル殿。拙者も今初めて知ったのだが『この国には王は居ない』というのはどういう事でござる? 座学は寝てたから知らぬ」
ヤスが聞く。
王が居ないのに国名は『マデュール王国』というのは少々謎だ。
オーディスも同じ感想を持ったのか聞いてきた。
「王が居ないのは紀元前87年にマデュール王国最後の王、バーチ・マデュールが死亡したからです。彼の死後この国は、生前の彼と最も仲が良かったマデュールの怪物退治屋が管理していく事になりました」
「どうして怪物退治屋に国を渡したんだよ」
「彼の遺言らしいです。その後怪物退治屋は冒険者ギルドを設立し、色々あってギルドマスターが代々この国の実質的トップに立つ様になりましたとさ。めでたしめでたし」
「分かりやすかったでござる」
ヤスがパチパチと拍手をする。
グレイシャルは勉強が好きな方だったので、そこそこの事は知っているのだ。
専門知識では、当然その分野の人間には負けてしまうが。
「へー。で、冒険者って何すんの? 拷問?」
「地獄じゃないので拷問は無いと思いますけど……。ていうか、もし誰かに出身地聞かれても面倒なので、僕と同じバゼラント王国って言って下さい。いいですね?」
「へいへい。でさ、何すんだよ冒険者は」
オーディスはすごく気になるのか、グレイシャルに説明を要求する。
だが、答えたのはヤスだ。
「冒険者の仕事は本当に多岐に渡るでござる。言わば『肉体派よろず屋』でござる。街の住人や国の手が回らない仕事が冒険者ギルドに貼り出され、冒険者はその中から好きなものを選んで彼等の手伝いをするのでござる」
「じゃあよ、竜の討伐とか言う仕事があったらめっちゃ金貰えんの?」
「まあ、貰えるでござるが。基本的にそういうのは熟練の冒険者しか受けさせて貰えないでござる」
「は? 何でだよ」
「危ないからですよ。駆け出しの素人にそんな事やらせたら。地獄で言ったら、ベルフォードさん並の強さの罪人が暴れているのに、新人の戦士が『俺に対応させろ』って言ってる様なものです」
グレイシャルは二人の会話に混ざる。
ちなみに三人は一番左がオーディス、真ん中がグレイシャル、右がヤスという順番で、横並びで歩いていた。
先程より二人の会話はグレイシャルの頭上で行われている。
「あー、確かにそれは無理だわ。納得」
オーディスはグレイシャルの説明に納得した。
だが、一つ知ればもう一つ知らないことが出て来るもの。
再び質問をした。
「じゃあ、どうやるとその難しい依頼? を受けられる様になんだ?」
「簡単です。ギルドでたくさん依頼を受けます。依頼を成功すればする程階級が上がっていき、最終的には一番上の階級になります。ちなみに一番上は『Aランク』で一番下は『Eランク』です。全員初めはEランクスタートです」
「なーる。じゃあ、失敗したら?」
「失敗すると過失の割合や内容によって罰則があるでござる。基本は罰金だけでござるが、人が死んだ場合は『ギルドに払う罰金とその他賠償金と降格もしくは資格剥奪の可能性』があるでござる。だから冒険者は真面目にやる仕事でござる」
オーディスは二人から説明を受け、聞きたかった事は概ね聞けたので満足した。
なので最後に軽く、一つだけ聞くことに。
「ちなみに、それぞれのランクって何すんの? 出来る依頼は決まってるんだろ?」
「勿論! さあ、耳をかっぽじって良く聞きなさい!」
待ってましたと言わんばかりにグレイシャルに『急に』火が着く。
スイッチの場所が全く持って意味不明だったが、説明してくれるなら何でもいいやと、オーディスは深く考えなかった。
「まずは一番下のEランク。ここは基本的に街の外には行きません。街の中での雑用が主です。次にDランク。ここも戦闘はしませんが町の外には行きます。薬草の採取とからしいです」
「基本的に? 例外もあんのかよ」
「勿論です。何事にも例外はあります」
「ふーん。じゃあその次は?」
「その次のCランクからが冒険者の名前に相応しい仕事が受けられます。ここから小型の魔物の討伐や短距離の護衛などが出来ます」
グレイシャルは次々に説明していく。
オーディスもこれには興味があるのでしっかりと聞いていた。
「その次がBランク。ここに上がるには何らかの武器の上級以上の使い手である必要があります。内容としては中型の魔物の討伐や中距離の護衛などです」
「そして最後がAランクでござる。何れかの武器の白級以上であることが条件。依頼内容は大型の魔物の討伐や長距離の護衛が可能になる」
「あっ! ちょっとヤスさん! 僕が言おうとしたのに!」
グレイシャルは一番美味しい所の説明をヤスに持っていかれて少しだけ不機嫌になった。
だが、それもすぐに治る。
「んー? ところでよ、目の前に見えるのなんかでっけえ門が見えんだけど。なんだあれ?」
二人はオーディスが指を差した方向を見る。
そこには、両脇に置いてある篝火に照らされて輝く立派な門があった。
多くの人がその門の中に見える街に向かって歩いて行く。
そう、三人はずーっと話していたので気が付かなかったが、目的地に辿り着いたのだ。時間が過ぎるのは早いと各々思った。
一人で歩くのは辛いが、二人なら楽しく、三人なら好きになるのだ。
「あれが恐ろしき修羅の街、マリカスでござる……」
ヤスは恐怖で震えていた。
「いや、修羅は居ないでしょ。ヤスさんが自爆しただけで。普通にしてれば平気ですって」
グレイシャルはヤスを元気づけて奮い立たせる。
ヤスはグレイシャルの言葉を聞き、少しだが顔色が良くなる。
「う、うむ! 行くでござるよ! い、いざぁ!」
大きな声で叫んだヤスは街の中に向かって歩き出す。
二人は彼の後を笑いながら追いかけ、同じ様に街の中へと入って行った。




