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ローズアンドスカビオサ  作者: 須江野モノ
第二章 『異界の兄弟』
34/118

第9話 『手合わせ』

「はい、じゃあルールは簡単。この円から出るか、俺から見て『実戦だったらこいつ死んだな』って思ったら負け。じゃあどうぞー」


 いつの間にやらオーディスは杖でそこそこ大きめな円を描いていた。

 そして、グレイシャルはヤスと戦う羽目に。


「いや、どう考えてもおかしいでしょこれ! 何でですか!?」


「おい! 前見ろよ! 実戦でよそ見してたら死ぬぜ!」


「っく……!」


 後で覚えておけよと言わんばかりにオーディスを睨んだグレイシャル。


「真剣で申し訳ないが、怪我をさせぬように全力を尽くす。さあグレイシャル殿! いざ、尋常に!」


 ヤスは刀を鞘から抜いて構えた。


 これはもう言っても聞いてくれそうに無い――


 グレイシャルも剣を抜き構えた。


 二人の体格差はかなりある。

 グレイシャルが120センチメートル程なのに対し、ヤスは180センチメートル程。

 付け加えて、二人の持つ武器は逆だ。


 ヤスの刀は細く繊細、グレイシャルの剣は刀に比べれば太く分厚い。


「何処からでもかかってくると良い! さあ!」


 大きな声で笑うヤスの姿。

 彼自身に挑発するような意図はまったく無いのだが、嫌々戦うことになったグレイシャルにとっては、挑発の様に思えた。


「はあ……。じゃあ、遠慮無しで行きますからね!」


 グレイシャルは魔力の流れを意識し、瞬間的に身体能力を強化する。

 地面を蹴り、ヤスに向かって飛び込んだ。

 ベルフォードとのスパルタレッスンのお陰かグレイシャルの動きは俊敏、踏み込みは鋭いものになっていた。

 今のグレイシャルならば上級くらいの実力は確実にあるだろう。


 だが、それだけでどうにかなる程甘い世界では無い。


 ヤスはグレイシャルの鋭い踏み込みを必要最低限の動きで躱し、くるりと回った。


 気がつけばグレイシャルの首には鋭い刀が充てがわれており、一歩も身動きが取れない状況だ。


 先程からずっとヤスの魔力を探っているが、彼が魔力を使ったことは確認出来なかった。

 だというのにあまりにも素早く、彼はグレイシャルの動きを完全に見切っている様だ。

 一体『アズマ道』とはどういう技術なのか。


「はーい、ヤスの勝ち。グレイの負け。これでヤスの仲間入りは認めろよ?」


「いや、いつの間にそういう条件になったんですか……。はあ、考えると頭が痛くなってきますよ。分かりました、ヤスさん、これからよろしくお願いします」


「うむ! よろしくでござるよ!」


 ヤスはそう言うと刀を鞘に戻し、仲直りの証にグレイシャルと握手をする。

 自分より強いのは間違いないので文句は無いが、彼が川で溺れてていた事と、その原因を考えると不安しか無かった。


 グレイシャルは悪そうな顔をしながら、オーディスの座っている岩の隣に腰掛けヤスに話す。



「じゃあ、次はオーディスさんとヤスさんが戦う番ですよ。ほら、早く」


「は?」


「『は?』って何ですか? 自分だけ高みの見物なんて絶対許しませんよ。ほら、行った行った!」


 グレイシャルはそう言うと、オーディスを円の中に両手で突き飛ばした。

 オーディスはグレイシャルを見ながら「クソガキ!」と叫んでいたが、もう逃げられない。

 ヤスが笑顔で刀を抜いていたからだ。


「グレイシャル殿が信頼するオーディス殿の実力、拙者にも是非、見せてくれぬか? アズマの国には魔術師はおらぬ故、拙者もどういう戦いをするのか興味がある」


 鼻息を荒くしてヤスは刀を構えていた。

 それはそれは大きな声で「さあ来い! さあ、さあ!」等と叫びながら。


 オーディスもグレイシャルと同じく渋々戦うことにした。


「よし、じゃあ賭けをしようぜ。お前好きなんだろ?」


「むむ、賭けとな?」


「おうよ。負けた方がこの後三人分の晩飯を、森ん中入って取ってくる。これでどうだ?」


 しばらく考える素振りを見せるヤス。


「うーむ、面白い! その勝負受けて立つ! いざ!」


 ヤスは快諾し、涎を垂らしながら笑っていた。


「おい、涎垂れてんぞ!」


「おっと、これは失敬――」


 そしてオーディスは、ヤスが涎を拭いている間に魔術を行使する。

 地獄の戦士はなんて汚いんだとグレイシャルが呆れる不意打ちだった。

 だが、勝負は勝負。勝った方が()()()()()正しい。


 オーディスが杖で地面を突くと、地中から幾つもの炎の鎖が土を押しのけて出現した。

 その鎖はヤス目掛けて縦横無尽に空を飛びながら、凄まじい速度で迫る。

 ヤスは時には躱し、時には鎖を刀で撃ち落とした。


「すごい! すごいでござる! これが魔術か! 初めて見たでござる!」


 親に初めて遊園地に連れて行った貰った子供の様にヤスははしゃいでいる。

 それだけ余裕があるのだ。


「この野郎! 焦げ肉にしてやるぜ!」


 イラッと来たオーディスは、続けて炎の壁でヤスの四方を囲む。


「おぉ!? 次は何を見せてくれるのだ!?」


 ヤスに逃げ場は無い。

 絶体絶命だった。

 だというのに彼は楽しそうだ。


 オーディスが地面を杖で再び突く。

 すると、その炎の壁の中に巨大な火柱が上がる。

 勿論、ヤスを焼く為に。


 逃げ場のないヤスは今頃燃えている頃だろう。


「ちょ、ちょっとオーディスさん!? 死んじゃいますって! 消化しないと!」


 慌てるグレイシャル。

 目の前で()()()()の手合わせの域を超えた戦いが繰り広げられているのだ。


 だが、オーディスはグレイシャルとは違いこれで終わったなどとは思っていない。

 そして、その予想は的中する。


()()()()()()奥義……風月(ふうげつ)――」


 ヤスの声と共に、オーディスが放った巨大な炎の柱は掻き消える。

 先程まで炎が覆っていた場所、焦げた地面の上にヤスは居た。

 よく見れば、彼の持っている刀は()()()()な淡い光を纏っている。


「は? お前今、炎を斬ったのか……?」


 オーディスは驚愕、そしてドン引きしていた。

 そしてこの時点でグレイシャルも、先程の『ヤスは自分よりも強い』というオーディスの発言を信じざるを得ない。


 いくらかの剣の心得があり、さっきの手合わせと今の試合を見たからこそ分かる。

 ヤスは『異常』なまでに強い。

 自分やオーディスとは比べ物にならない程に。

 だからこそ()()()()()()()もある。


 彼はオーディスの炎を斬った瞬間ですら、一切の魔力を使っていないのだ。

 それに彼がたった今声に出した『アズマ真刀流』という未知の技術。

 アズマのガチオタクであるグレイシャルですら知らないアズマの技。


 純粋に興味があった。


「面白い……。面白いぞ! これほどの強敵に巡り合ったのは、兄上と伯父上達、そして()()()以来だ!」


 そして、ヤスは更に興奮した。

 闘牛の如く鼻息を荒くし、刀を構えてオーディスを見た。


「次は某が行く……! 受けてみよ!」


「いや、ちょっと待てや!」


 オーディスが止めようとするがヤスはもう止まらない。

 地を這うかの如く、低く鋭い踏み込み。

 オーディスは魔術を使用しているのでは間に合わないと判断し、身体強化による肉弾戦に瞬時に変更。


 同時にヤスの刀が、オーディスの首を()ねんとして横に振られている。

 すんでのところでオーディスは屈んで回避するが、二撃目が真上から迫って来ていた。

 杖と肉体に魔力を一気に流し爆発力を得たオーディスは、それを受け止める選択をする。


「オラああああ!!」


「むっ……!?」


 ヤスの刀は杖によって止められるが、その剣圧によって周囲には爆発の様な衝撃波が起こり、土煙が上がった。

 オーディスはヤスの腹に蹴りを一発お見舞いして後ろに飛び退き、土煙に紛れて刀の範囲から離脱、それと同時に()()()()()する。


「ウォース・ズー!」


 オーディスがそう叫んだ直後、ヤスが居ると思わしき場所を中心として、半径20メートル程の爆炎が発生した。

 夜の真っ暗な森に立ち上がる巨大な炎と煙、そして鳴り響く轟音。

 爆風で土煙は完全に消えていたが、それ以外にも消えていた()()があった。


「っ!? あの野郎、どこ行きやが――」


 周囲を見渡そうとしたその時、右の頬に冷たい金属の感触があった。

 その金属は僅かに動くとオーディスの頬を浅く斬り、頬からは血が一滴地面に垂れる。


「いやいや、お見事! これが魔術でござるか! 天晴(あっぱれ)!」


 その金属の正体はヤスの刀だった。


「はー……。参った参った。降参だよ。俺の負け」


 オーディスは両手を軽く上げて地面に座り込む。

 舐められた挙げ句に負けたのは悔しかったが、それ以上にヤスの実力に感動していたりもした。だから素直に負けを認めたのだ。


 ヤスは刀を鞘に戻し、オーディスに話しかける。


「いや、オーディス殿はかなりの腕前でござる。最後のあの爆発、拙者ですら肝を冷やした」


「そうかよ。ていうか、お前どうやって避けたんだ?」


「んー? 普通に横に飛んだだけでござるが……」


「いや、普通の人はアレに反応出来ませんし、そもそもあの距離を飛ぶのも無理ですよ」


 勝負が終わったのを見計らってグレイシャルが二人の元に近寄ってくる。

 グレイシャルは座り込んでいるオーディスに手を差し出し、オーディスはその手を取って立ち上がった。


 ズボンに付いた土を手で払いながらオーディスが話し出す。


「あーあ。そんじゃまあ、ちょっくら行ってくらあ」


「行ってくる? 何処にですか?」


「いや、晩飯の調達。負けた方が飯持って来るって条件で戦い始めたしよ」


 そういえば、と言いながらグレイシャルは手を打った。


「うむ、ならば拙者も――」


「いや、それだと勝負した意味がねえだろ。俺が取ってくるから、お前はガキの御守りでもしてろサムライ」


 しっし、と手でヤスを追い払うオーディス。

 両腕を後ろに伸ばしてストレッチをしながら、彼は夜の森に消えて行った。

 突然取り残されたグレイシャルとヤス。

 だが、不思議な事に気まずさは無かった。


 ヤスに話しかけようとしたグレイシャルだが、それよりも大変な事態が起こっている事に気付く。


「……あっ!? オーディスさんが火を消さないで行っちゃたから大変な事になってるじゃん!」


「む!? なんと!?」


 オーディスが先程詠唱したグレイシャルの知らない魔術、その影響で森の木々には火が着いていた。

 自分がフリードベルク家の庭で起こしたボヤ騒ぎとは訳が違う。

 オーディスが起こしたものは石油工場の火災並みだった。


 グレイシャルは一応、水属性の中級魔術を詠唱するが焼け石に水だ。


「これ、やばいでしょ……」


 諦めかけていたグレイシャルが呆然としていると、ヤスが無言で炎の方に近づいて行った。


「ヤスさん……? 何を――」


 ヤスはグレイシャルの問いに答える事は無く、ただ行動のみで示す。

 彼は刀の柄に手をかけて腰を落とし、居合の構えを取り目を閉じた。


 深く深呼吸をし鯉口を切る。


 その間にも炎は勢いを増す。

 既に黒級(こくきゅう)以上の水属性魔術でなければ消せないほどの範囲・高さになってしまった炎を、このサムライはどうやって消すというのか。


 グレイシャルが見守る中、遂にヤスは動き出す。


「アズマ真刀流奥義……」


 目をカッと見開き、ヤスは刀を振りながら叫ぶ。


天風(あまかぜ)――!」


 目にも映らぬ速さで抜刀したその刀は、どこか優しい草原を思わせる淡い光を放っていた。

 刹那、オーディスの炎の数倍にも及ぶ範囲に、大嵐が如き風が吹き荒れる。


「なっ――!?」


 突然の突風にグレイシャルは飛ばされそうになるが、剣を地面に突き刺して耐える。

 ()()()()()()()()()()()()()が、その時とは比べ物にならない風だった。


 目を細めてヤスの方を見る。

 すると『巨大な風の刃』の様な物が、木ごと炎を切り刻んでいた。

 その風の刃に斬り刻まれた木は綺麗に切断され、炎が消えて地面に落ちる。


 5秒ほど風が吹き荒れていただろうか。

 ヤスは既に刀を鞘に戻している。


 グレイシャルが気付いた時、前方にある森は数十メートルに及び更地と化していた。


「これにて一件落着でござる」


 グレイシャルも剣を鞘に戻してヤスに近づく。


「ヤスさん、さっきのこと、聞きたいんですけど」


「ん? 何がでござる?」


「『アズマ道』とか『アズマ真刀流』の事とかです。魔力が無いのに今みたいな事ができるのって、()()を使ってるからなんですよね?」


 グレイシャルが聞いたのは戦う前にヤスが言っていた『魔力を持たぬアズマ人が魔力以外で戦う方法』についてだ。


「うむ。見てもらった方が早いと思って戦ったのだが、多分説明した方が早かったでござるな。拙者も今気づいた」


「具体的には分かりませんでしたけど、魔力無しでもヤスさんみたいに強くなれるのは分かりましたから。まあでも、説明もしてくれると嬉しいです」


「グレイシャル殿の頼みならば喜んで」


 グレイシャルは礼を言い、土属性の中級魔術を詠唱して土で出来た椅子を作成する。

 先程まであった座るのに丁度良い岩は、ヤスが炎を消す為に放った一撃で消滅してしまったからだ。


 その光景を見て、ヤスは驚嘆する。


「魔術とはなんと便利な物か」


「僕もまだまだ勉強中ですけど、覚えておくと生活が楽になります。どうぞ、座って下さい」


 二人は椅子に座ると、ヤスはグレイシャルの知らないアズマの技術について説明を始める。


「そうでござるな。少し長くなるが……」


「構いません。僕はアズマの国の事ならなんでも知りたいです」


「ははは! そう言って貰えると、拙者としても話し甲斐が出来るというものよ」


 そう言うとヤスは刀を鞘ごと腰から外し、鞘尻で地面に簡単な図を書き始める。

 その図は、アズマ道を大きく分けると四つの()()から構成されていることを示す図だった。


「まず初めにアズマ道とは、アズマの国を作ったと言われる神、太陽神アズマが編み出した技術の総称でござる。アズマ神がこの技術を編み出した理由としては、アズマ神も我々アズマ人と同じく魔力を持っていなかったからだと言われている」


「神様なのに魔力が無かったんですか?」


「そうらしい。拙者はそこら辺の事は余り興味が無かったから、師の話は聞き流してたでござる」


「えぇ……」


「それで、アズマ道というのは大きく分けて四つに分類される。まず一つ目。先程拙者が使ったアズマ真刀流でござる。あっ、言い忘れていたが、アズマ道はいずれも『(しん)』という力を使う」


「シン?」


 聞き慣れない言葉だった。

 というより、発音的に世界の共通言語であるライン公用語では無い。


 アズマ語だ。


 グレイシャルがそれは何かと質問する。


「『心』とは、思いや意志と言った肉体から生まれる力の事でござる。魔力は魂から勝手に発生する物でござるが心は違う。己の強い願いや夢、希望などが有って初めて生まれるのだ」


「んー? それなら僕もシンを使えるってことですか?」


「うむ。理論上は可能でござる。だが、心の制御はアズマ人が生涯をかけて習得する物。一日二日で実戦段階に持っていくのは厳しく、魔力を持っているならそっちを優先した方が、効率は良いと拙者は思う」


「そうなんですね。ちなみにそのシンって、さっきのアズマ真刀流を使った時に刀に纏ってた光のことですか?」


 ヤスがオーディスの炎を消した際、確かに刀が淡い光を出していたのをグレイシャルは見た。


「そうでござる。それと目には見えぬが、戦う時はアズマのサムライ達はいつも身に纏っているでござる。魔力と違って、自分自身の心が折れなければ決して尽きる事の無いエネルギーでござる。だが、それ程までに強い意志を持つのは難しい」


「なるほど……」


 興味の無いことは何度説明されても頭に入ってこないが、興味のあることは一度の説明で生涯覚えていたりする。

 今のグレイシャルは後者だ。

 不思議なものである。


「少し逸れたがアズマ真刀流の説明に戻ろう。真刀流はアズマの国のサムライは習得が義務付けられている、刀と心を使った剣術でござる。極めた者は時の流れすら切り裂く……という伝説も残っている程だ」


「ちなみにヤスさ――」


「拙者は無理でござる。器用貧乏故、拙者はアズマ道の全てを習得しているが、どれか一つを極めた者には頭が上がらぬ」


「そういうものなんですか? 色々出来た方が強いと思いますけど」


「ところがどっこい、各流派の頂点の者と戦ったことがあるのだが、フルボッコだったでござるよ」


 ヤスは泣くフリをした。もしかしたら泣いていたのかもしれない。

 グレイシャルは「元気だしてください」と言って、空の瓶に水を入れてヤスに渡す。もちろん自分の分も用意して。


「次はアズマ弓術でござる。これもサムライは習得が必須でござる。まあ、これはそのまんまでござる。心を使ってすごく強い矢を放つ技術でござる。以上」


 ヤスの説明が急に適当になった。弓術には嫌な思い出でもあるのだろう。


「次はアズマ柔術。これもサムライは習得必須技術でござるが、これはアズマ道の中でも余り使われる事が無い」


「どうしてですか?」


「これはその名の通り武器を持たずに素手で、己の身一つで戦う技術だからでござる。正確には違うが、所謂格闘術と同じ。そんなことをするよりも武器を持って突っ込んだ方が強いと言うことでござる!」


 グレイシャルから渡された瓶を豪快に飲みながらヤスは笑った。


「最後、アズマ忍術でござる。拙者は真刀流を主として戦うが、一番好きなのはこの忍術でござる」


「忍術? なんですかそれは」


 これもグレイシャルのが聞いたことの無い言葉だった。

 だが、ヤスが一番好きと言ったのだ。恐らくすごい技術なのだろうと勝手に判断する。


「忍術とは、アズマ神が女性に求愛する為に生み出したと言われる究極の技でござる。空想を現実にする技、魔術に近い技術でござる」


 どうにも要領を得なかったグレイシャルは実際にやってみせろと言った。

 ヤスはニッコニコの笑顔で「あいや、任されよ!」と言って立ち上がる。


 意味不明な独特の動きを始めたヤス。

 しばらくすると動きを止めて深呼吸を始める。


「アズマ忍術……お花ァ!」


 ヤスがそう言って両手でハート形を作ると、彼はいつの間にか綺麗なお花を口に加えていた。


「……何ですか、それ?」


 グレイシャルが呆れながら聞いる。

 ヤスはキメ顔でグレイシャルを見ると、その花を差し出して片膝をついた。


「心を使って思い浮かべた物を出現させる技でござる。想いが強ければ強いほど、複雑な物を幾つも出せる。まあ、この流派の今の師範は思想が強すぎて妄想気味でござるが……」


 ヤスは再びグレイシャルが作った土の椅子に座り、どこか遠い目をしているえ。


「じゃあ、実際には花を出すだけの技術じゃ無いんですね?」


「無論。そんな一発芸だけで存続できるほどアズマの国は甘く……。いや、待て。アズマの者は皆、こういうのが好きだし……」


「えぇ……」


 上三つはともかく、最後の一つだけはただの手品っぽかった。

 でもまあ、面白く興味深い話を聞けたのでグレイシャルは良しとする。

 だから、最後に一つだけ聞いておくことにした。


「そういえば、さっきチラッとヤスさん言ってましたけど、流派には師範? がいるんですか?」


「――あぁ。()()()各流派に一人ずつ居る。だが、今は()らぬ」


 先程まで底なしに明るかったヤスの雰囲気が少し、影を帯びた暗いものに変わる。

『今は』ということは昔は居たのだろうか。グレイシャルが恐れずに問う。


 ヤスは数秒、言うか言わぬか迷い、結局話すことにした。


「現在の各流派の師範は、真刀流が東正海(あずままさうみ)・弓術が北野金剛(きたのこんごう)・忍術が東左之助(あずまさのすけ)だ」


 相変わらずアズマの人の名前はすごいなあ、とグレイシャルは思った。

 だが、一つ抜けていることに気付く。


「あの、柔術の師範の人が居なくないですか?」


 柔術だけをヤスが抜かしたのは何故だろうか。


「もう、居ないのだ」


「もう居ない?」


 もう居ないとはどういうことか。

『居ない』だけならともかく、()()が付くことによって意味合いが少し変わってくる。


 ヤスは刀を抜き、刀身に映る自分の顔を見つめながら話す。


「柔術の師範であった西陽清拳(にしびせいけん)と、アズマの国の先代将軍だった東鐘道(あずまかねみち)は四年前、アズマ真刀流の師範であり我が師でもあった南杉松(みなみすぎまつ)に殺されたのだ」


 そう言ったヤスの手は怒りで震えていた。

 顔も先程までの優しそうな顔とは違い、復讐に燃える修羅の様な顔をしている。

 グレイシャルはそんな彼に、どこか自分と同じものを感じた。


「南杉松って青級の人ですよね? そんな立派な人が、どうして国を裏切る様な真似を」


 いつの日かバジリスクの名前と共に本で読んだことがあった。

 少なくともこの短時間の会話だけでアズマ・マサウミとミナミ・スギマツの、新たに二人の青級の名が挙がる。

 四年前に一体、彼の国で何が有ったのだろうか。


「あの日のことは今でも鮮明に憶えている。雨の降る冷たい夜、()()()()()()()某は城へと駆けて行った。そこで見たのは、魔術師に若さと引き換えに軍門に下る契約を交わし、東鐘道を殺した我が師の姿だった――」


 グレイシャルは絶句する。

 彼も、やはり自分と同じ様な経験をしていた事に。


「その後、鐘道の息子である正海が315代目将軍になった。15歳という若さでだ。アズマの国では15歳は成人として見なされる。だが、どんなに言い繕っても所詮は15歳、何が出来る訳でも無い。それでも正海は民を守る為、国を守る為に幼さを捨てて統治者としての道を歩み始めた」


 彼の口調から察するに、ヤスは自分の師である南杉松と、将軍であった鐘道の事を慕っていたのだろう。

 だからこそ怒りも凄まじいものなのだ。

 信じていた者に裏切られる事ほど屈辱的で悲しい事は無い。


「某は当時13歳だった。無力故、何も出来なかった。我が師の暴挙を止める事が出来なかった事が、某の生涯最大の汚点だ。だから某はひたすらに力を求めた。二度とあのような悲劇を繰り返さぬ様に、目の間で誰も死なせない為に……」


 そう言うとヤスは少しだけ黙ったが、しばらくして笑い出す。


「ふふ、すまぬなグレイシャル殿。こんな暗い話をしてしまって。許して欲しい」


 そこには、先程までのあの優しい笑顔のヤスがいた。


「いえ。ヤスさんも、僕と同じなんですね」


「少しであるがな。拙者はグレイシャル殿と違って()()失う事は無かった。グレイシャル殿は、拙者以上に辛い境遇だ。それもその幼さで良くぞ立ち直ったものだ」


「立ち直った訳では無いですよ。僕だって未だに現実を全部受け入れられた訳じゃ無いです。前に進む為には、バジリスクを殺すしか無いんです。その復讐心と、残った家族の安否()()が僕を支えてくれています」


 話し込んでいると夜の冷たさが身体に染みる。


 グレイシャルはそう言うと立ち上がり、木を拾って魔術で火を着けた。

 先程ヤスが炎を消した際に消えてしまったからだ。


「流石に夜は冷えますね」


「そうでござるなぁ」


「ところでなんですけど、ヤスさんって今17歳なんですか?」


 先程の話の中でヤスが四年前に13歳だったと言っていたのを思い出して聞いた。

 ヤスはそれを肯定する。


「見た目よりも若いだろう?」


「そうですね、失礼ですけど30歳くらいだと思ってました」


「なにおう!?」


 さっきまで場を支配していた暗い空気は無く、再び明るい雰囲気に戻った。

 二人はひとしきり笑った後、焚き火に手を当てて暖を取る。

 丁度その時オーディスも戻って来た。


「おいーっす。待たせたな。そこそこの大物がいたぜ……。って、なんで森が消えてんの?」


 オーディスが背負って持って来た獲物は鹿だった。

 それもそこそこの大きさの。

 これならば今日の晩飯どころか明日の朝食も、なんなら加工して保存食にする事だって出来る。

 ただ、悲しい事にグレイシャルとヤスは鹿の捌き方を知らなかった。


「んー。どうやって食べれば良いんだ……」


「拙者も知らぬ」


 二人はオーディスの問いに気づかず鹿に夢中だ。

 無視をされて悲しかったが、二人は森が消えている事を気にする素振りは無い。

 森が消えるくらい現世では普通なのかとオーディスは思い、放っておく事にして二人の会話に混ざった。


「捌けねえモンは普通獲って来ねえよ。俺が調理すっから、おめーらは野菜でも採ってこいや」


「え、オーディスさん出来るんですか?」


「まあな。親父の趣味が料理だったから、俺も無理矢理覚えさせられた」


「なるほど、地獄の王様は料理が得意なのでござるか」


 感心しているグレイシャルとヤス。


「おい、野菜採って来いって言ったろ。早く行けよ!」


 オーディスは炎を出してヤスとグレイシャルの尻を炙る。


「「あっつ!?」」


 尻を焦がされては敵わないので二人は走って探しに行く。

 具体的には川に沿って山菜などを探すことにした。


「たく……。あいつらもしかしたら俺以上にポンコツかも知れねえな」


 オーディスはそんな感想を抱きながら鹿を捌き始めた。



 ――――



 二人が野菜を手に戻って来ると既にオーディスは鹿を捌き終えていた。

 物凄い手際の良さだ。


 焚き火の上にはフライパン代わりに平たく薄い石が置かれていた。

 その上では既に鹿肉が焼かれている。

 余った肉は別の所で干し肉製造に使われていた。


「おぉ! オーディス殿! この短時間でここまで進めるとは! 見直したでござる!」


「僕も正直驚きました。オーディスさんって普段雑だから……」


 好き放題言われているオーディス。

 実は彼は『出来る』男だったのだ。

 普段は面倒だから適当にしているだけ。必要とあらば動く。


「まあ、それ程でもあるけどよ」


 ドヤ顔で二人を見る、それさえなければ完璧なのだが。


「で、採ってきた野菜? 山菜? どうすればいいですか?」


「あー、そうだな。川でササッと洗ってきてくれ」


「了解でござる!」


 戻ってきた二人を速攻川に追いやる。


 オーディスは煮込み料理などが作りたかったが地獄から鍋やフライパン、その他調理器具は何も持って来ていない。

 勿論食器もだ。


 だとすれば買うしか無い。


「クソが、不便過ぎんだろ。街に行ったらどっかから拝借して――」


 その時、昼間にグレイシャルが言っていた言葉が思い出される。


『言いですかオーディスさん。現世で物を入手するには、お金という物と交換をしなければなりません。でなければ犯罪者になり、騎士や衛兵から追われる事になります。そんな事になればバーレルの街に行くどころでは有りません。くれぐれも、泥棒はしない様に』


「あー。面倒くせーけど金を入手すんのが先か。何か売れば金になるんだったよな。この鹿の皮とか売れねえかな」


 そういえば働いて金を稼ぐとグレイシャルが言っていた。

 一体どんな仕事をすることになるのだろう。

 楽しいものだといいな、とオーディスはぼんやりと考えていた。


「洗ってきたでござる! オーディス殿ぉ! ぬわっ――!?」


 野菜を洗い、走って戻って来たヤス。

 だが、テンションが上ってしまい小石に躓いて転んでしまう。

 それだけなら良いのだが野菜を地面に落としたのと、オーディスが肉を焼いていた場所を転んだ勢いで破壊してしまった。


 後少しで食べられるという所だった。

 美味しそうな香りが漂っていたのだが、全ては台無しにされた。

 当然の如くオーディスはキレる。

 ヤスは必死に謝るが食べ物の恨みは恐い。


「オーディス殿! これは違う! 誤解なのだ!」


「何が誤解だよ! このアホザムライが! てめえその髪全部剃ってやろうか!?」


「ちょ、ちょっと!? 落ち着いて下さい!」


 グレイシャルはガチギレしているオーディスをなんとか止める。

 ヤスはしょんぼりとして川の方を向いてうずくまっていた。


「はぁ……。本当にこのメンバーで上手くいくのかなあ」


 本来ならアクセル役が一人、ブレーキ役が一人、ハンドルが一人だとベストだ。

 だが、この組み合わせはアクセル二人にハンドル役のグレイシャル一人という構成だった。


 グレイシャルには、本気になった彼等を止めるだけの力は無い。

 だからこそ全速力でぶつからない様に進み続けるしか無いのだ。



 https://40555.mitemin.net/i711080/


挿絵(By みてみん)

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