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第二話 問題児と更生官(前)

「——なんで才能がなければやっちゃいけないのよ」と彼女は叫んだ。「そんなの、わたしの勝手でしょ!」

「きみの為だよ」と僕は彼女の目を見つめて言った。「才能のない分野にかまけて、限りある人生の時間を無駄に過ごすことはない」


 医学も発達したとはいえ、不老不死の実現は研究者たちの想定によると、少なくともまだ五〇〇年は先のことだと言われている。


 現代に生きる僕らに与えられた人生の時間は、せいぜいが健康寿命で約一〇〇年。


 彼女はいま一七歳で、問題児と化したのは彼女が一二歳の時。だから、すでに五年もの歳月を彼女は才能のない分野に捧げてきたことになる。しかも人生において最も多感で、最も成長が期待されている時期の五年を。


 正直、彼女がこの五年間の努力を才能のない分野に捧げたことは、彼女の更生を考える上では致命的と言っても良かった。なぜなら、才能がない分野に捧げる努力と、才能がある分野に捧げる努力。たとえそれが同じだけの量だったとしても、結果には一〇倍以上の開きが出ることが研究でわかっていた。すでに彼女はカリキュラム通りに日々を送ってきた同世代の人たちと比べると、習熟度で五〇年以上もの差があることになるのだ。遅れを取り戻そうとすれば、かなりの覚悟がいることだった。


 僕はそれを彼女に説明した。


「ふんっ、バッカみたい。才能、才能って! あんなの生まれた時に測っただけじゃない! いまは変わってるかもしれないし、そもそもが間違ってるかもしれないでしょ!」


 そう彼女は反論する。いままで僕が受け持ってきた問題児たちがみんなそうしてきたように。


 だけど彼女たちにとって残念なことに、〝保有才能調査〟における検査結果の精度は九九・九九パーセント保証されていた。一〇〇パーセントじゃないのは、ただ単に科学者が〝一〇〇パーセント〟という言葉が嫌いなだけ。彼らはどんなに科学が発達しても、まるで餌をねだる猫のような強情さで、科学に絶対はないと言い張り続けるのだ。


 そして事実、西暦二一〇八年に〝保有才能調査〟が実用化されてから一〇〇年以上が経った今日こんにちまで、ただの一度もその計測結果に誤差は報告されていないし、成長の結果により才能の数値に変化が生じたという事例も確認されていない。


〝保有才能調査〟によって示される僕らの才能は、残酷なまでに絶対のモノだった。


 僕はまたそのことを彼女に説明し、その上でひとまず説得を試みてみた。


「——大丈夫。たしかに遅れを取り戻すのは難しいと思うけれど、難しいだけで、決して不可能というわけじゃない。僕らも出来うる限りのサポートをさせてもらうよ。だから、今からでも遅くない。きみはきみ自身の才能を活かすべきだ」


 けれどもちろん彼女がそんな陳腐ちんぷな言葉に耳を貸すはずもなく、彼女はしばらくのあいだ、檻の中に入れられたライオンのような苛立ちを僕にぶつけてきた。


「——わたしは自分のやりたいことをやっているだけじゃない! べつに誰にも迷惑をかけてないし、わたしが何をやったって誰にも関係のないことでしょ!?」

「それなのに、どうしてアンタたちはわたしの邪魔をするのよ! 才能に従わないで、自分のやりたいことをするのが、そんなにもいけないことなの? それともわたしの知らないところで誰かに迷惑をかけてた? ねぇ、なんで……?」

「——黙ってないでなんとか答えてよッ!」


 彼女は、彼女が訴えるあいだ何も言葉を発することなく、ただ彼女のことを見つめていた僕の胸ぐらを掴み、感情のおもむくままに、あるいは懇願するように泣き叫びさえした。「どうして……! ねぇ、どうしてよッ!」と。


 壊れたロボットみたいに嗚咽を漏らし続ける彼女に、けれど僕は何も言葉をかけることはしなかった。……あるいは、できなかったという方が正しいのかもしれない。


 だって、どう言えばいいのだろうか。


 ——仕方ないじゃないか、それが現代のルールであり、きみにはきみのやりたいことに対する才能がなかったんだから……。


 そんな胸の思いなど、もちろん口に出せるはずもない。僕にはただ彼女の興奮が鎮まるのを待っていることしかできなかった。


 更生官である僕にとって、彼女たち問題児が涙を流すことは何度も経験してきたことだったけれど、いつまで経っても慣れることはない。


 小さな部屋の中に響きわたる彼女たちの叫びは、まるで熟練の指揮者がひきいるオーケストラのように、僕の心を荒立てるのだった。


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