第六話 したたかなミュラ
食堂についた俺達は、それぞれが適当に好きなものを頼む。
チロルは野菜が、リュカという少女は肉が好みのようで……それぞれの前に大盛りのキャロテサラダと分厚いステーキが置かれる。
代金は自分達で出すと言ったのだが……リュカが泣きそうな顔をして首を振ったので、結局彼女にご馳走になることにした。
「いただきま~す!」
「い、いただきます……」
元気に食べ始めるイヌビト族の娘の隣に座ったチロルは、少し困った様子でポリポリとオレンジ色の野菜スティックを齧っている。
「んで、この子がミュラの言ってた問題児って奴か?」
「本人の前で言っちゃダメですよそういうこと。……んふ~美味し~♪」
ミュラは注文した麦酒をぐびりと美味しそうに飲み、少し頬を赤くした。
「あんた、酒強いの?」
「私、色々鬱憤溜まってるんで。……潰れたら送ってもらえますよね?」
「……はいはい」
どうやらこの会は彼女のストレス発散も兼ねているらしい。普段ああした荒くれ共の相手で疲れているんだろうから、その位は付き合ってやろうと思うが……。
「しかしリュカの問題ってのは?」
「……上手くほかの冒険者と付き合えないみたいで、ちょくちょく揉め事を起こすんですよね」
「付き合ってるじゃん、今まさに」
「――どっから来たんだ? 年は? 家族は? 何しに来た? なぁなぁ」
「――ええっと、そのぉ……ですね」
積極的に話しかけすぎて、チロルの方が引いている。
気立てが悪いようには思えないのだが、どういうことなのだろうとミュラの話の続きを待つ。
すると、ムッとした顔で言葉を発したのはリュカの方だった。
「おいらは悪くないもん! あいつらが、おいらのことを役立たず扱いしたり……変に触って来たりするから喧嘩になったんだよ!」
リュカの言い分だと、色んな人と組んだが、獣人だということで見下されたり、許可なく触れられそうになったり嫌なことが続いていたらしい。
「そりゃこいつ悪くないじゃん」
「ですよねぇ……でもリュカちゃんもちょっと口調が荒いところあるから」
「……わかってるけど、いやなことされて黙ってられないよ……」
彼女はしゅんとしてしまった。目立つ容姿だし可愛らしいから、余計ちょっかいを掛けられるのかも知れない。そんな彼女を気づかったのか、チロルが隣から手を伸ばした。
「……げ」
「げ?」
肩にでも置こうと思ったのか、彷徨わせた手をふにゃふにゃ動かす彼女。開けた口から続く言葉を皆が待つ。
「……元気出して下さい」
しかしそれは口の中で小さく呟かれただけで、彼女も隣で肩を落として身を縮めてしまった。余計場の空気が静まり返ってしまう。
「――ぷっ、なんだよそれ。あんたの方がしょんぼりじゃんか」
だが、気持ちは伝わったのか、リュカは少しだけ身をふるわせて笑った後、チロルに抱きつく。
「わきゃっ! リュカさん?」
「心配してくれてありがと……ちょっとだけこのままでいて。こうしてると、きっと元気出るから」
「あぅ~……」
チロルは真っ赤になりながら視線でこちらに助けを求めて来るが、俺は苦笑しながらそのままミュラと話を続ける。彼女はもう三杯目を飲み始め、更にお代わりを頼んでいる。そのすわった瞳からは日々の業務の大変さが伺えた。
「……う~っ、あの意気地なしどもめ。普段人を色目で見るくせにこんな時は何にも力になってくれないんだからぁ……。その癖、報酬が少ないだとか、新しい仲間を探してくれとか無茶ばっかり言って来るんですよぉ」
「……で、俺にこいつらの世話を丸投げすんの?」
「いい子達でしょ? 私困ってたんですよぉ。せっかく冒険者になったんだから……楽しくやってもらいたいじゃないですか。保護者と年の近い友達で、ばっちりですよ!」
「なにそれ。俺、まだ若いつもりなんだけど……」
酔いが回り早口になった彼女の愚痴を聞き流しつつ、麦酒は苦手なので付き合いで注文した蜂蜜酒に口をつけていると、昔の思い出がよみがえって来る……。思えば、ここにもよく来ていた。
依頼がうまく完了した暁には、飲んで食って踊っての大騒ぎだ。
そのまま店の床で眠り込んだこともあった……きっとどこで食べたどんな高い食事よりもずっと記憶に残っていくのだろう。
(あいつらも、その内そうなるのかな……)
ミュラの言うことも分かる。嬉しそうに話す二人 (ほとんどリュカだけだが)を見ると、なるべくなら辛い出来事に遭わずに楽しくやっていって欲しい……と、こんな俺でも彼女達を見ていて思うのだ。
「あ~、なんか……お兄さんみたいな顔になってますよ?」
「悪かったな、ちょっと浸ってたんだよ!」
頬杖を突いた手をミュラがつつき、俺はバツが悪くなって目を逸らす。
だが頭には――あの時の彼らも、俺をこんな気分で見ていたんだろうか――と、そんな考えが浮かんで……。
これが自然な流れのように思え、気付いたら俺はリュカに声を掛けていた。
「……な、リュカ? どうだ、俺達と一緒に組まないか?」
彼女はチロルに抱きついたまま、首だけを後ろに向けてくる。
「え……いいの? おいらといると、あんた達までなんか言われちゃうかもだぞ?」
「心配すんな。さっきのことがあったから皆そんなに絡んで来やしないだろうし……万が一何かあってもどうにかしてやるから。元Aランクってのは嘘じゃないんだぜ?」
リュカは嬉しさ半分驚き半分の表情で、こぼれそうに大きな目をぱちぱちさせる。
「……チロルはいいのか? おいらと一緒はいやじゃないか?」
少し体を離したリュカに見詰められ、チロルは真っ赤にのぼせた顔で言った。
「……わ、わたしもその方がいいかなって、思いました。リュカさん、困ってそうですし……悪い人じゃないと思いますし」
「おぉ……お前、いいやつな」
リュカは、チロルの言葉に嬉しそうに震え……そして今度はこっちにも飛びついて来る。ずいぶんと感情表現が大げさなやつだ。
「やたっ、やたっ! うれしい! ええと、チロルと、あんたのことなんて呼んだらいい?」
「何でもいいから、ちょっと落ち着けって!」
「うれしくて落ち着いてられないよ! あ、あにきでいい? よろしくあにき!」
「あにき!? そ、それはちょっと恥ずかしいんだが……ま、いいか」
普通に名前で呼んでくれても良かったのだが、遠慮もあるのだろうし……呼びたいように呼ばせることにする。
「ぷぷ……可愛い二人の為に、これから頑張って下さいねぇ、お兄さん?」
「図太くなりやがって……ったく」
まんまと二人を任せることに成功したミュラが掲げたグラスに、俺も自分の物を当てる。子供みたいにはしゃぐリュカと、苦笑いするチロル。
でも気分は悪くない……俺も色んな人に世話になったんだし、少し位人の手助けができないと、一人前になれた気もしない。上から受けた恩はどんどん下に委ねて、それをどう取るかなんてそいつに任せればいいんだ。
その日……そんな風にして知り合った俺達は、楽しそうにはしゃぐリュカやチロルの話、ミュラの愚痴なんかを肴にして、遅くまで笑いを絶やさず楽しく過ごしたのだった。