◇ミュラの憂鬱(ミュラ・ラークス視点)
舞台は移り、ここはミルキア――テイルたちが元いた街の冒険者ギルドである。
「ふ~……」
「ミュラ先輩?」
日は暮れて、冒険者たちの姿も消えた中……残務処理を片付け、受付台の上を整えたミュラが、声を掛けられ振り返る。
後ろにあるのは気遣うように苦笑した、同僚の女性の姿だ。
「お疲れですね~……今日、飲みにでも行きますか?」
「……え? ああ、そんなことないけど。……うん、そうしよっか」
後輩のサリーは、ミュラの元についてまだ一年と少し、冒険者の相手がやっと板について来た新人だ。ひとつ下の年齢だが、穏やかそうなふっくらした顔のわりに中々度胸は有り、意外と頼もしい性格をしている。今ではよく愚痴を言い合う仲になった。
だがそんな友人に近い関係性の彼女にも、話すことのできない思いはある……それが現在のミュラの憂鬱の種となっているのだ。
先日この街を去った、ある冒険者パーティ。テイルをリーダーとしたあの四人組の姿を見なくなって、もう一月ほど経つ。聞いた当初は驚いたものの、チロルやライラの事情は至極納得できるもので、彼女としても素直に応援してあげたいと思った。
だが、こうして実際にいなくなると、少し――いや、かなり寂しい。
サリーが眉尻を下げて、ミュラの背中を叩く。
「元気出してくださいよぉ、先輩がそんなだとこのギルドも活気づかないってゆーか……」
「えぇ、私そんなに暗くしてた?」
「あたし、最近何人かに聞かれちゃいましたもん。ミュラさんどうしたの? って」
「うわ~、参ったなぁ」
受付嬢失格だ、と思わず肩を落とすミュラ。
認めたくはなかったが、彼らの存在を頼りにしていたことは明らかで、自立した大人として少し恥ずかしい……。
(あ~ぁ、ちょっとはしっかりした人間になれたかな思ってたのに……。また明日から気を引き締め直そう)
――頭をコツンと叩いて自分に喝を入れつつ片付けを済ませ、ギルドの責任者に挨拶して、サリーと共に建物を出る。
「あ~疲れた。先輩、あたしお金ないんで安い所でお願いします!」
「たまにくらい奢るわよ? 先輩なんだし」
「いえいえ、毎回お世話になってばかりですし」
「気を遣わなくてもいいのに……それじゃ、いつものところにしますか」
まだ宵の口で雑踏も騒がしい中、ふたりが連れだって向かうのは冒険者酒場《騒がし亭》。
値段はリーズナブル、品数も多く、ボリュームたっぷりと三拍子揃ったこの店。ミュラもすっかり常連である。難点と言えば騒がしいので、ひとりでじっくり飲みたい場合などにはお勧めできないが、安酒場なんてこんなものだろう。
空いていた壁際の席に座り、店員に麦酒を注文する。
今日も一杯だけ……送ってくれる人がいないから。
テーブルに肘を突きつつ、ミュラは内心で独り言ちた。
(好き放題に飲めなくなったのも、気分が晴れない原因なのかも。今、なにやってるのかなぁ、テイルさんたち……)
「ふ~、仕事帰りはやっぱりお腹が減っちゃいますねぇ。あたし、定食の大盛り頼んじゃおっと! 店員さ~ん、こっちこっち~!」
どちらかというとリュカに似た思考形態のサリーが、大きく手を振って給仕を呼んだ。
業務を終えたここからが本番というように、彼女の瞳はきらきら輝いている。
このバイタリティは見習うべきだろう、とミュラは思う。
「先輩はどうします?」
「私は……今日は麦酒とサラダだけでいいや」
「駄目ですよぉ、ちゃんと食べなきゃ……お姉さん、追加でこのチーズたっぷりピザひとつ!」
「ちょっとぉ、太……らないのよねえ、あなたは。いったいどうなってるのかしら?」
大食漢のわりに彼女、体重を気にするのを見たことが無い。
甘いお菓子やカロリーが高い物はなるべく制限し体重維持に努めているミュラからは、羨ましいことこの上なく、納得いかない意志を込めた視線をむける。
「逆にあたしはそれだけしか食べないでどうやって維持してられるのか教えて欲しいですね~そ・れ」
一方サリーもやり返すように意地悪い笑みを浮かべ、ミュラの顔の下の標準より立派に育った部分を指差した。
「うぅっ……やめときましょ、この話題」
ミュラは頬を染めて思わず胸をかき抱きながら、ややセンシティブな話題を口に出したことを後悔した。
そしてハァとため息を吐き出す。彼女は自分の容姿を嫌っているわけではないが、これはこれで、色々問題があったりするのだ。肩も凝るし、服も着崩れするし……。
「ままならないものよねぇ……」
「先輩、贅沢! ……そんなだから彼氏に逃げられちゃうんじゃないんですか?」
「か、彼氏!?」
その悲鳴じみた声に、場にいる人々(特に男性冒険者たち)の注意がこちらに向いたのを、彼女たちは気づかずに話を続ける。
「違うって! 彼はそんなじゃないんだってば!」
「まーまー! どーうどうどう」
「だって、本当に違うんだもの……!」
慌ててあげた腰を、サリーに落ち着かせられながらも、ミュラは言い募る。
だが、サリーは手の平を上に上げてせせら笑うばかり。
「ムキになっちゃって~。説得なさすぎますよ? その慌てようが……」
「だって……彼と私とは、なにもなかったし」
ミュラは、恥ずかしさと、自分への落胆に視線を落とす。
久々に会った彼――テイルはずいぶん背が伸びて大人っぽくなっていて、本当にびっくりした。でも、あの朗らかな性格と、ちょっと意地っ張りな所は変わっていなくて……とても安心したのだ。
しかし……大人になっても朴念仁なのはどうやら相変わらずで、家まで何度か送ってはもらったが、まるで興味はない様子でさっさと帰ってしまい、ミュラは女としての自信を大きく喪失していた。
「またまた~……それは先輩が積極的にいかないからじゃないんですか~? こんな立派な物をお持ちのく・せ・に~」
「やんちょっと、触んないで! 玩具じゃないのよ!?」
胸をつつかれたミュラの嬌声に、周りの男性陣の喉がごくっと鳴ったのも露知らず、ふたりの会話はよりプライベートな方向へと進んでゆく。
「仕方ないじゃない……彼、酔い潰れたら送ってくれたけど、それだけだし。それに傍にあの子たちとライラさんまで同じ家に住んでるから、訪ねるのも気が引けて。私なんかが入り込む余地なんてなかったんだから!」
「でも付き合ってるって感じじゃ無いんでしょ~? それなら別に誰が近づこうが構やしませんって! 女の恋は、戦闘です! 加減は無し! 奪い勝ち取るものなんですー!」
「できないわよう~……っていうか、もう遠くへ行っちゃったし」
エールを半分飲み干してほろ酔い気分になったミュラが、泣きそうな顔でドンとジョッキを置くと、サリーは言う。
「それじゃ、待つ女なんて続けるんですか? 馬鹿馬鹿しい、そんなの苦しいだけですよ! その間にも、危険を互いに乗り越え仲が深まり会った誰かとのロマンスが……始まっちゃってるかも知れないんですよ?」
「やめてぇ~……! 考えたくない。う~」
「先輩ができるのは……きっぱり諦めるか、それとも後を追って思いをちゃんと伝えるかの、二択だと思いますね、あたしゃ! 覚悟決めちゃった方がいいんじゃないですか?」
「そんなこと言われたってぇ……」
興奮してずけずけとものを言う後輩に弄られながら、両腕に顔を伏せてどんより考え込むミュラ。
今いちはっきりしないのだ、自分の気持ちが。ミュラは今まで冒険者に対しては自分の中で線を引いているつもりだったから。
だが、戻って来たテイルの姿を見て嬉しかったのも事実で、彼らと一緒にいて久しぶりに新鮮で楽しい毎日を送ることが出来て……楽しかった。
(……これって、恋なのかなぁ?)
恋愛感情なのか友人としてのただの好意か……。そも、どこまでがそれで、というのが自分にはピンと来ない。割と早くから冒険者ギルドに勤め始め、仕事以外のことをおざなりにした弊害が今になって出てきているのかもしれない。経験が不足しすぎて判断が付けられずにいる。
(どうしたらいいのぉ……ん~?)
酔いが緩やかに回り、思考が鈍ったミュラの上に、影が差す。
「あら……どなたですか? 相席は遠慮させてもらいますけど」
サリーが少し困ったような声を出したので、ミュラは顔を上げた。
天井のライトが目に入り、しばし眩しくて瞬きする。
「ちゃうねん。うち、その子の知り合いなんよ。ミュラちゃ~ん、ご無沙汰。どないしたん、そんなしんどそうな顔して?」
(えっ……?)
光に目が慣れて露わになった姿と、そのハスキーボイスには聞き覚えがあった。
かつてここに在籍していた、腕利きの冒険者。いつでも笑みを絶やさない、鴉の濡れ羽色の髪を高く結い上げた絶世の美女。かつてテイルたちのリーダーを務めていた、南方島国の衣装をやけに粋に着流したその女性の名を、ミュラはつい叫んでしまった。
「エニリーゼさんっ!?」
「やでぇ~。久っさしぶり~元気してた?」
頭を撫でるその手の暖かさについミュラは涙ぐみ、思わずしがみ付いた。
「う、うえぇ……」
「ちょいちょい連れの人、この子どないしたん。情緒不安定になってしもて」
「は、はぁ……あたし、サリーといいます~。先輩のお知り合いなんですね? ならどうぞ、よかったらおかけください」
「おおきに」
サリーはエニリーゼたちがこの街を去った後に勤め始めたので彼女のことを知らないが、見れば誰もがなんとなく無視できない人物だと悟るような、そんなオーラを彼女は宿していた。
エニリーゼは優雅に腰を掛けて足を組み、スラリとした足を着物の間から覗かせる。それを見て、周囲の冒険者たちは声を潜め囁き合った。
(《笑者》エニリーゼ……戻って来たのか。こんなちっぽけな街に)
(貫禄あるなー。確かSランクになってから、どっかの国に仲間と行っちまったって話だったけど、他のメンバーはいねえのかな?)
しかしそんな視線を気にもせず、エニリーゼはミュラの背を叩きウインクした。
「よっしゃ。んじゃ今日は、せっかくやし再会を祝してお姉さんが奢っちゃる。潰れるまで飲んで、なんでも話すとええで。……あの弟分の話も聞かせてもらいたいしな」
「エニリーゼさん……! うぅ、実は――」
(わぁ、かっこよー……なんなんですかこの人。まぁいっか、これで話が進みそうだし)
サリーは突然の来訪者に驚いていたが、持ち前の順応性と、柔軟な性格をいかんなく発揮し、店内を徘徊している給仕に勢いよく手を突き上げて叫んだ。
――すみませ~ん麦酒みっつ、と。




