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第四話 チロルの願い

「あっ、テイルさん、お早うございますなのです!」

「お~、おはよ……」

 

 ――翌日、冒険者ギルドの入り口前で、彼女はきっちり待ち構えていた。


 何故こうなったかというと……結局俺は昨日、このぴょこぴょこ駆け寄って来る魔法使いチロルの申し出を受けず、別の提案を飲ませたのだ。


 師匠なんて柄じゃないけど……このまま放りだすのも心配ではあったから、彼女とパーティを組むことにした。人手が必要な地味な採取依頼や、配達依頼なんかは、その方が効率上がるだろうし。


不束者(ふつつかもの)ですが、これからよろしくお願いいたしますのです」

「それはちょっと違うが、まぁよろしくな。とっとと中に入ろうぜ」

「はいっ!」

 

 折り目正しく礼をした彼女を連れ、昨日と同じく受付への列へと並ぶ。

 しばしして受付嬢ミュラが、不思議そうな顔でこちらを出迎えた。


「あら? 意外な組み合わせですね?」

「うん、ちょっとパーティ組もうってことになってさ。手続きよろしく」


 ミュラは、ちょっとだけ俺を不審げな眼差しで見て、ひそっとチロルにささやいた。


「……脅されてたりしてませんよね?」

「はい?」

「聞こえてるっての……。まぁでもちょっと気にするのも分かるか」


 首をかしげるチロルを余所に、俺も頭を捻る。

 得体のしれない男と若い女の子のパーティだ……ミュラが心配するのももっともだろう。


「よし、やっぱりこの話は無かったことに……」

「だ、だめなのです! わたし、テイルさんと別の方とパーティー組んでまで冒険者を続けられると思わないのです! なにとぞ……なにとぞぉ!」


 ぐいぐい服の裾をつかみ涙目になるチロルに俺は頭を掻く。


「んじゃ、どうしろってのさ……」


 するとミュラが、手のひらを合わせて朗らかに言った。


「それなら、こういうのはどうですか? 実はもう一人気になってる子がいまして……人数が増えれば、いかがわしさも減るでしょう?」

「別の言い方してくれない?」


 サラッとしてくれたその発言には大いに問題がある……だがイメージは大事だ。女性目線の意見は決してバカにはできないし、ここは大人しく従っておいた方がいいか。


「そんじゃ会ってみるか……。今日いるの? その人」

「今はいませんね。結構頻繁に顔を出してますから、その内会えると思いますよ?」

「そんじゃ、今日は街周りの依頼でもこなすか。パーティー結成はまたお預けだな」

「はぅぅ……」


 落ち込む彼女の肩を叩いてなだめていると、微笑ましそうにミュラが見つめて来る。


「……なんだよ」

「いえいえ……なんだかちょっと昔を思い出しまして。あの頃も最初はこんな感じだったじゃないですか。リーダーが皆を引っ張って来て」

「だっけか。ま、もうあいつらは雲の上の存在だけどな」


 もう五年位前の事だから、大分記憶もおぼろげだけど、言われてみればそんな感じだった気はする。その頃は、俺もミュラもまだこの子みたいにただの子供だった。


 でも今や彼らは、上級冒険者として目覚ましい活躍をしていると聞いた。

 まだ新米だった彼女も立派な受付嬢になり、俺もまあ……何とか一人で生きていけるようにはなった。


「お互い成長したもんだよな……」

「……いやらしい目で見ないでもらえます?」

「なんでだよっ」

「やぁだ、冗談ですってば」


 しみじみ言った言葉に反応し、胸を両手で覆ってこちらを睨んだ後、ミュラは表情を緩めにっこりと笑った。でもまあ、綺麗になったというのは本音だ。


 丁寧に切り揃えられた短い水色の髪と、すっきりした顔立ちはギルドの雰囲気を明るいものにしている。あちこちから視線を感じるから、きっと男性冒険者からの人気も相当なものに違いない。


「それじゃ、後進の育成ちゃんとよろしくお願いしますよ!」

「わかったわかった。ほら、チロル行くぞ」

「はいです!」

「行ってらっしゃい!」


 いい受付嬢になったな……そんな年寄りじみたことを思った自分になんだか背筋がぞわっとしながら、俺は依頼の束を受け取り足早に冒険者ギルドを立ち去るのだった。



 場所は変わって、ミルキアの街中。


「……お前な、ちょい時間かかり過ぎだぞ」

「すいませぇん……はひ、はひ」


 ふらふらしながら倒れ込みそうになったチロルを腹で受け止めて、肩を支えてやる。


【ミルキアの街の郵便配達×10 報酬:2銀貨】


 チロルは体力が無さすぎるようだ。

 ちょっとした配達や力仕事の等の雑用なんかで息が上がっている位で、これでよく今まで冒険者をやって来れたものだと思う。


「明日から朝一で走り込みな。体力は大事だぞ……魔物から走って逃げることもあるんだし」

「ふぁい……」 


 がっかりした様子でしゃがみ込む彼女を尻目に、俺は次の依頼を確認した。


「おっ、魔道具の魔力補充だって。これはお前の専門だな」

「へ? ……うぃ」

「……なんだ、どうかしたか?」


 ものすごく微妙な顔をした彼女を俺は訝しむが、チロルは首を左右に振り、腕を突き上げた。


「も、問題ないです! やってみせますのです!」

「お? おぉ……任せるけどさ」


 その様子に俺は何となく不安を覚えたが、物は試し……取りあえず彼女を現場に連れてゆく。


 ――バウハウゼン武器防具店……この店だ。


 珍しく、オーダーメイドで武器防具の作成も行っている店舗らしい。

 戸口をくぐると小柄だが力のありそうな、おそらくドワーフの男性が顔を上げた。


「らっしゃい。冷やかしはお断りだぜ」

「冒ギルから来ました。魔力補充っす」

「おう、ご苦労さん。奥に案内するぜ」


 いわずもがな、冒ギルとは冒険者ギルドのの略称だ。

 そしてこれからするのは、鍛冶に必要な魔道炉と呼ばれる魔道具の魔力補充作業。普段は専門の業者がやる事だが、たまに緊急で冒険者ギルドに仕事が振られることがある。

 

 補充量にもよるけど、大体一回銀貨三枚から五枚位。新米魔法使いには人気の仕事だ。


「コイツだ。ちゃちゃっとやっちまってくれ。後の仕事がつかえてんだ」

「ぴゃっ」


 ドワーフの親父がどんと腕を炉につき、チロルがその場で跳ねる。


 ハンマーと並んで、鍛冶屋の命と称される重要な道具の扱いだ。

 どうやらしっかり見届けるらしい。


「チロル、そんじゃ頑張れ。やり方は分かるよな?」

「ひっ……ひひひひゃい。ややややりますのです」


 チロルは親父のぎらつく眼光を見て、びくびく背筋を伸ばし、手を震わせながら補充用の水晶に手を触れる。ゆっくりと魔力が補充され水晶の底の方が光り出した。


 だが、がっちがちなその姿に、親父から横槍が入る。


「おい、その嬢ちゃん本当に大丈夫か? うちの炉に何かあったらただじゃ済まさねぇぜ?」

「ひぅーっ! すすすすぐに終わらせますのでっ!」

 

 すごむドワーフにチロルの緊張は限界に達し、彼女はいきなり膨大な魔力を込めはじめ、体がほのかに赤く光り輝き出す。


(70……80、90、おい、ちょっと……これ以上はやべぇ!)


 俺は鑑定アビリティ――そのレベル以下のアイテムの詳細情報を詳しく見ることが出来る能力で、可視化された情報から異変を察する……。


 見る見るうちに水晶の許容上限量近くまで魔力が注がれ、それでもまだ彼女は手を離さない。

 

「うぅぅぅぅぅぅ……」 


 一心不乱に集中している彼女は、明らかにその事に気づいておらず……。

 事故る……そう判断した俺は慌てて彼女の手を水晶から引き剥がした。


 同時、溢れ出た魔力が炉内で火炎となって噴き出し、俺に冷や汗を流させる。 


(あっぶね……)

「お? なんでぇ……元気いいじゃねぇか。お、もう終わりか? 前ん時はもっと時間をくったが。……確かに満タンになってらぁ」


 店主はボタンも押していないのに火が噴き出た炉内を不思議そうに見つめたが、魔力の残量を確認して何度か炉の様子を確かめた後、何も言わずに白い歯を見せた。


「ご苦労さん……手早くやってくれて助かったぜ。またよろしくな」

「はは……ど、どうも。そんじゃ失礼します」

「ぷしゅぅぅ……」


 俺は放心したチロルをそのまま引きずって、店舗を後にする。

 そして、人気のない所に引っ込み、胸をなでおろした。


「ふぅぅ……何とかなったぜ」

「はっ……!? ごごごごめんなさいなのですっ……実はわたし、緊張すると周りが見えなくなって、魔力が上手く扱えなくなってしまうのですーっ……」


 ようやく気が付き、平謝りするチロル。

 どうやら以前もそれで依頼を失敗したり、パーティメンバーに迷惑を掛けたりしたようだ。今回程はひどくなかったらしいが、俺がいて気を抜いていたのかも知れなかった。


 彼女は途端に涙を溜めぐずり始める。


「もも、申し訳ないのです……! やっぱりこんなわたし、使いようのない役立たずなんですっ! 皆さんにこれ以上ご迷惑をかける前に村に帰ります! うわぁぁぁん……」

「待て待て待て、んなこと言ってないだろが! ……とりあえず落ち着け!」


 泣きながら走り去ろうとする彼女の胴体をがっちりホールドして拘束する。

 周りに人気が無くて良かった……外から見たら女の子に抱きつく変質者だ。絵面が悪すぎる。


 しばらく暴れてようやく落ち着いたチロルを下に降ろすと、俺は彼女と向かい合う。


「あんなぁ……そうやって根本の問題から目を逸らすなよ。冒険者をやめたって、お前が出来ないことは解決しないんだぞ。もう少し頑張ってみようって気はないのか?」

「……見捨てないのですか?」

「見捨てて欲しいか?」

「……いいえ」


 すんすん鼻を鳴らしうなだれ、彼女はそのまま地面に座りこんだ。


「でも……後になって嫌いになられるのは、もっとつらいから。また今度も……きっとそうなってしまうのです。いつもそうなのです……」


 その様子からは、何度も同じような事で別れを体験したのが伺い知れた。

 俺だって、不要だと決めつけた人間を見る瞳の冷たさくらい知っている。

 でもそうじゃない人間だっている……諦めるのはちょっと早いと思う。


「ほら、俺の目を見ろ!」

「ふぇぇっ!」


 俺はチロルの顔をつかんで、強引に自分と目を合わさせた。


「俺は今どんな顔をしてるんだ? 答えるまで離さん」

「え、ええと……。お、怒ってます?」

「正解。んで、その理由はなんだと思う」

「……わたしが、失敗したからですか――」

「不正解だよっ!」

「ひうっ!」

 

 あんまり大声で言ってやった為に、チロルは頭巾の上から耳を塞いでその場にうずくまる。


「俺がムカついてんのはな! 失敗したって勝手に落ち込んで、そん位で見限るような人間だって勝手に人を決めつけたことだよ! あんなの俺からしたら失敗でも何でもないね! 冒険者なんてもっとやばいこといくらでもやっちまうし、されちまうんだよ! それをどうにかすんのが仲間なんだ!」


 言っていて恥ずかしくはなるが、あくまで俺個人の認識としてはこれが事実だ。

 以前のパーティーメンバーともずっとそうやってやって来た。


「俺はもうお前と半分以上パーティを組んだつもりでいた……だから、止めてやっただろ」

「ははははい、そうですね!」

「だったら……こういう時に言うべきことは、他にあるんじゃないか?」


 強制はしたくない。でも、この先俺とやっていくのならこういう態度は改めて貰わないとならない。いずれちゃんと成長し……背中を預けるに足る、信頼できる仲間になってくれないとこちらが困るのだ。


 だから、欲しいのは後ろ向きな言葉ではなく、これからどうするのか。


「……止めてくれてありがとうございます。次は、頑張ります……です?」

「そだろ? 俺は一方的に頭を下げられるだけの関係なんて許容できない……。だからお前もう、これから謝るの禁止な」

「そ、そんなの無理なのです! わたし、一緒にいたら絶対た~くさんテイルさんに御迷惑おかけするのです!」

「なら、諦めるか?」


 チロルはびくっとして、俺が昨日作ってやった左腕の腕輪を押さえた。

 何かを言おうとしているが、言葉は中々口から出て来ない。


「それは嫌なんだろ? 図々しいとか思わないで、たまには自分の言いたいように言ってみろ。どうして冒険者なんてやろうと思った?」


 戦うことが好きだとか、成り上がってやりたいとか……そう言う欲じゃなく、何かもっと純粋な願いのようなものが、腕輪を手にしたあの時の瞳には感じられた気がした。


 そしてゆっくりとその理由を、チロルはたどたどしく語りだす。


「わたしは……。昔、とってもすごい人にお世話になったのです。病気で死にかけていたわたしを、色々な所から連れて来たお医者様達でも直せなかった病を……その方は見た事も無いお薬――いくつもの希少な材料が使われたとても高価なものを作って助けてくれたのです」


 幼い子供が死を待つ日々を送ることがどれだけ恐ろしいか、俺には計り知れない。だがきっとその人物はチロルにとって救い主のように思えたことだろう。


 チロルは自分の肩を抱きながら話を続ける。


「病が治って起き上がれるようになった時、私は強く思いました。あの人を探したいって。何も受け取らずに旅立ったその人に感謝すら伝えられなかったことが、わたしは……」


 その表情には強い後悔が見られた。


 チロルが体力がないのはその時のことが尾を引いているのかも知れない。そしてその体験から自分もそんな風に誰かを助けたいと村を飛び出す彼女の姿は容易く想像できる。


 彼女にとってそれは、どんな危険を冒してでも叶えたい想いだったのだろう――だからきっと自分なりに独学で魔法を扱えるようになるまでの努力ができたのだ。


「それはお前にとって、ちょっとうまくいかなかった位でどうでもよくなる程度のもんなのか?」

「――いいえ!」


 必死に顔を上げた彼女は、自分でも戸惑っている様子だった。


 だが、今の行動が物語っている……きっといくら諦めたふりをしても、いつか後悔片手に冒険者ギルドの門を再び叩く時が来る。でもその時になって冒険者だの尋ね人探しだのをやろうと思っても、体力的にはもう不可能かもしれないのだ。


 俺は少しの間彼女の言葉を待つ。

 この先どうしたいか……それを自分ではっきり言葉に出して、自覚させた方がいいと思ったから。


「テイルさん、わたし……どうにかなりますか? わたし、助けてくれたあの人にどうしても会ってお礼がしたいのです……憧れた人の足跡をたどって、近づけるだけ近づいてみたい……。でも、頑張っても自分だけじゃどうにもできなくて。だから、こんなわたしに力を貸して欲しいのです……。お返しできるものは今はありません、でもいつか、何でもして返してみせますから!」


 やがて、涙をちゃんと拭いたチロルは、しっかりとその意志を言葉に乗せて言い切った。


 対価を未来の自分から前借りして願いを叶えて欲しいなんて……子供だけに許されるような虫のいい言い分だけど。


 でも、その瞳はいつか教わった言葉を思い出させるような真剣さで。


『――本当に助けてあげたいって思うんなら、それはもうきっとキミの望みでもあるんだよ』


 やる気のある奴は嫌いじゃない――だから俺は悩まずやりたいように……こいつが気に入ったから手を貸してやるとそう決めた。なら後は、条件なんてこじつけでいい。

 

「よ~し……ならお前の依頼を叶えてやる代わりに、うまくいったらお前に、俺がその時困ってることを解決してもらう……。これなら条件は対等で、お互い気兼ねする必要はないだろ?」

「……そんなことでいいのですか?」


 俺は拍子抜けした彼女の腕を取って立ち上がらせると、意地悪く口元を吊り上げて見せる。


「甘く見るなよ? この先どんな出来事に巻き込まれるのか分かんないのが冒険者ってやつだ。それとそんな格好つけた奴、ちょっと位顔拝んでやりたいってのもある。だから明日からそいつがいつ現れてもいいよう厳しく鍛えてやるよ! 覚悟はいいな? チロル」


 すると彼女は、眩しい位明るい顔になって、元気に返事をした。


「……はいっ!!」

「んじゃギルドに戻るぞ、報酬を受け取んなきゃな。……どうした?」


 その場で止まっていたチロルが、クスリと笑みを漏らした。


(……テイルさんは、きっとすご~く変わり者で、照れ屋さんな気がするのです)


 口元を押さえた彼女が何を言ったかは分からないが、その表情がなんとなくむかつき、俺は戻って額をつつく。


「何だよ」

「いたっ……えへへ、褒めたのですよ。……ありがとうございます、テイルさん」


 すると彼女は嬉しそうに頭を押さえ、小さく感謝の言葉を呟いた。

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