第三話 新たな住処
「――テイル? テイルってば、入らないの?」
「ああ、すまん」
ライラに背中をトンと押され、ハッとする。
戻ってきたレティシアさんの生花店の前で立ち止まっていた俺は、自分で頭を軽く叩いてはっきりさせ、やっとその場からのろのろと動き出す。
「ふたりとも先に入っちゃたわよ? なに考えてたの……さっきの女の子のこと?」
「……ん~」
「心配してるんだったら、お門違いじゃない? 彼女も立派なBランク冒険者なんだから」
「だな……悪い、入ろう」
あいつらと一緒にやってるせいでたまに忘れそうになるが、冒険者はれっきとした仕事だ。単独だというが、うまくいっているのならいくら危険だろうと、はじめて会ったような他人がやり方に口を挟むべきじゃない。
「どうだった~? 物はあれだけどなかなか美味かったでしょ。そんじゃ、あらためてあんたたちの新居に案内するよ」
俺たちが入ってこないのを訝しんだのか、レティシアさんがふたりを連れて店から出てくる。
どうやら、早速シエンさんが用意してくれた仮住まいに案内してくれるようだ。
店じまいの看板を掛けた後、彼女は歩きながら俺たちにこの街での暮らしで注意すべきことを話してくれた。
「あんたらも知っての通り、この街は三つの区画に別れてる。上層、中層、下層街……ってね。その内勝手に入っちゃいけないのが、上層街の一番奥、城周辺一帯の赤屋根の建物の並んだ地域……赤傘区って呼ばれてるジェレッド公爵家直属の貴族たちの住む場所。あと下層街も、全体的に治安が悪いから近寄らないこと。いいね?」
今あげた場所は正式な手続きなく入れば無事に出て来られる保証は無いらしく、レティシアさんはわざわざかがんで目線を合わせ、チロルとリュカのふたりを脅しかける。
「特にそっちのかわい子ちゃんふたりはさ、気をつけるんだぞ~? あんたたちみたいなのなんか、入ったが最後ぉ……ぺろりと食べられちゃうんだから!!」
がぉぉ、と肉食獣の吠え真似をしてみせるレティシア。
「ひぁぁぁん、ウ、ウサビトは美味しくないのですっ! 勘弁してください! なにとぞっ!」
「そんなことないもん、おいらたち結構強くなったんだから!」
怯えるチロルを背中に回し強気で言い返すリュカに、彼女は陽気に笑う。
「あっはっはっは、そうかいそうかい……。でもなるべく中層街の外では、このお兄ちゃんの傍を離れないようにお勧めするよ」
「中層では危険なところはないの?」
そんな彼女にライラが少し睨むような目で尋ねる。すると……。
(……大人の遊び場とか?)
レティシアは耳元でなにかをぼそっと呟き、途端に彼女の頬が真っ赤に染まった。
「~~~っ!」
「っははは、いい反応! あんたも可愛いね!」
「からかわないでよ!」
「本当のことさ。あんたたち美人だから客引きと間違われるよ。この中層街の北側がそうだから、気を付けな。おっと、そうこうしてる内に着いた着いた。ここだ」
彼女が背中側に負うようにした建物を見上げながら手を拡げ、俺たちは唖然とする。
「これ……かよ」
「この植物って……蔦、かしら?」
白い壁の立派なお屋敷……ではあるんだが、どうもよく分からない植物にびっしりと絡みつかれて見る影もない。
「さあ悪いけど、ちょっくら掃除すんのを手伝ってくれるかい。その代わり、ここにいる間は部屋代なんて貰わないからさ」
(やっぱり、そういうことだったか……)
シエンさんが、彼女に任せてあるので現地で話を聞いてくれと言っていたので、もしやと思っていたのだが……嫌な予感は当たるものだ。俺たちはどんよりした気分で、肩を落とす。
「こんなことなら、もう少し食事を控えるべきだったわ……」
「仕方ない……皆とっとと掃除して住めるようにしちまおう」
「はいです!」
「うう、おいら動きたくない……お腹が重い~」
元気よく返事したのはチロルだけ。
リュカは地面に四つん這いになり、ライラは目線でレティシアさんを非難する。
だが彼女は、口笛でも吹きそうな顔をして、どこ吹く風といった雰囲気で、親指を玄関に向ける。
「ちなみに、荷物はもう中に運び込んじまったから、とっとと始めた方がいいと思うよ?」
「……わかったわよ。あぁもうっ! やればいいんでしょーっ!」
ライラが不機嫌な思いを空に向かってぶちまける。
それを合図に俺たちは、ここでも屋敷の清掃作業に取り掛かることになった。
◆
赤い夕陽がこの丘を照らす頃。
庭にしゃがみ込んだ俺たちの前には、結構な量のごみ……というかほとんど雑草の塊が山となって積もっていた。
「いや~、ご苦労さん! さすがにこれだけ人手があると早いねぇ!」
「はぁ、はぁ。なんでこんなになるまで放置しておいたのよ……。疲れた……気分悪い」
「ま、そう言うな。中はマシだっただろ?」
俺は隣に座り込み膝を抱えたライラの背中をさすってやっていた。魔力を少々使い過ぎたらしい。
レティシアさんが言った通り、内部の様子は外側とは違い、それなりに綺麗に整頓されていた。風通しを良くして気になる部分をチロルとリュカに掃き拭きしてもらうくらいで住めそうな感じにはなっている。細かいところは後で整えればいい。
問題は異常に生育して屋敷全体に絡みついたツタのような植物だったが、ライラが魔力で大きな鋏を作り、切っていったところを俺とレティシアさんが回収していく。そんなことの繰り返しでなんとかほとんどを除去することができた。魔族の魔法はとても便利だ。
「ほわぁ……お山みたいになってるです! テイルさん、わたしが《ファイアボール》で燃やしてしまいましょうか?」
「止めてくれ……煙で近所から苦情が来て瞬く間に街を追い出されるのが目に浮かぶ」
内側から出て来たチロルがそんなことを言ったので、俺はかぶりを振る。
「きゃっほ~い! た~のし~!」
「まとめて袋詰めにしておいて後でちょっとずつ捨てにいけばいいよ。ふたりとも、中はどうだった?」
リュカは草の山をクッションにして楽しそうに遊んでいる。そんな姿を微笑ましそうに眺めつつ、まだぴんぴんしているレティシアさんは苦笑しながらふたりに質問した。冒険者である俺やライラも疲れているのに、とても花屋とは思えない体力だ。
「そうなのです! テイルさん、聞いて下さいすごいのですっ! な、中にこ~んな大きなお風呂がありましたのです!」
チロルはそんな彼女の言葉に騒がしい反応を返した。小さな彼女が両手を精一杯広げ表現しようとするが、サイズ感が良く分からないので俺は曖昧に頷いておく。
「お~? 良かったじゃん……使ってもいいんですかね?」
「全然いいよ? 壊したりしない限りなんの問題もないさ。ただし、水代もかかるからなるべく一日一回にしてちょうだいね」
「やったー! あったかそうな暖炉もあったんだ、いいお家だね!」
「広いお庭もあるのですよー!」
楽しそうにするふたりの様子に俺とレティシアさんの顔は思わずほころんだ。ライラは相変わらず蹲っていたが……。
今回の家も仲間が気に入ってくれそうで安心しながらも、なんとなく俺は隣に立つレティシアさんに目を向けていた。あまり人を勘ぐるのは好きではないが、彼女から……少し俺たちのような冒険者と似たような雰囲気を感じる気がしたのだ。
(う~ん……どういう人なんだ? シエンさんの恋人、は無いか……ちょっと若すぎるし。親戚とか、たまたま知り合った友人? どうもしっくりこないな……)
「あたしのことが気になる?」
そんな視線の意味を読み取ったかのように、彼女はこちらに尋ねてくる。
俺は素直に心に抱いた疑問を彼女に明かす。
「あ~……シエンさんとどういう繋がりがって。あの人よくわかんない人だったから」
俺の言葉に、レティシアさんは苦笑して同意する。
「確かにね。あの人は……なんていうか、変人って言うのが一番しっくりくるかな。あたしさ……十年くらい前まで、下層でならず者の集まりにいたのよ。このガタイで腕っぷしも強かったし、結構無茶やってた。しっかしちょっと因縁付けてみたあんなおっさんに、軽くひねらるとはフツー思わないよね?」
「はぁ……」
彼女は俺に同意を求めてくるが、俺はシエンさんが戦う所なんて想像もしなかったので、ただ首を捻るだけだ。レティシアさんはそんな俺の生返事に苦笑しながら先を続ける。
「はは……その後、色々あって今はここで花屋なんかしてるって、自分でも笑えるよ。悪いんだけど、そん時ちょいと世話になっただけで、あたしもあの人については大して話せることはないのさ……。強いて言えば、敵には回すなって忠告くらいかな?」
「そうですか……」
シエンさんについて……公爵と知り合いだったり、ただ者ではない気はしていたけど……より謎が深まってしまった。
「あんたらについても、困るようだったら手助けしてやってくれとしか言われてないよ? 信用できない?」
「いや、別にそんなつもりじゃなかったんですが……」
俺が肩を竦めると、探るような瞳を向けていた彼女がふっと表情を緩める。
「……こんな話は今してもしょうがないね。しばらくすればそれなりに信頼関係も築けるでしょ。それよか、飯だ飯。こっちに来たばかりで自炊でもないだろうし、お近づきのしるしに夕飯はあたしが奢ったげる。お~い娘っこたち、昼とは別のところがいいか~?」
話を切り上げ、レティシアさんが邸内の探検から戻ってきたふたりに尋ねると、珍しくチロルがリュカの口を塞いで主張した。
「こ、今度こそお野菜がメインでお願いするのです!」
「む、むぐぅ……チロルずるい! おいらは他の肉も食べたいのに!」
リュカも負けじと拘束から脱して叫び返し、そして、しゃがんでいたライラは青い顔で……。
「胃に……優しいもので、お願い……」
へろへろと手を上げる。
それを聞いてレティシアさんが口を曲げた。
「あれま、注文が多いことだ……ま、どうにかするさ」
「ライラ、立てるか?」
「……大丈夫」
俺はライラの腕をつかんで引き起こす。
実は魔力は使いすぎると意識が次第に混濁し、果てに失神してしまう。今回の症状はそこまででもないようで、彼女はゆっくりとその場から立ち上がった。
「に~く!」「や~さ~い!」
「お前らなぁ。譲り合いの心を持てよ……」
いまだ言い合うチロルたちを黙らせ、レティシアさんの案内に従い街を歩きだすと、騒がしい通りの光景が目に入ってくる。陽が落ちてきたとはいえまだまだ活気があり、眺めているだけでも楽しい。
(……よし、明日からまたこの街で、色々頑張っていくか……!!)
俺は気合を入れ直すようにぐっと背を伸ばす。
ハルトリアでの初日は、おおむねこんな感じで穏やかに終わりを告げていくのだった。




