◆細工師ギルド長、ここでも変態扱いされて制裁される(細工師ギルド長・ゴーマン視点⑤)
◆(細工師ギルド長・ゴーマン視点)
ゴーマンは冒険者に扮装し、金で雇った闇ギルドの者達と共に今回の遺跡探索へと参加していた。
そして今も、察知アビリティを持ったリーダー兼斥候役の男にテイルの居場所を感知させ、追わせているところだった。
「おっと止まって下せえ……勘が良い奴がいやがる。あいつら……更に奥を目指しているみてえだ、このままだと今日中には地下十階層のボスまで辿り着いちまうかもしれませんぜ」
「しかし、いいよなぁあいつ、可愛い女ばっかり連れやがって……」
「「…………」」
三人の黒覆面は顔を見合わせ、激しくうなずいた後……がっかりした顔でゴーマンを見る。
ゴーマンはその態度に苛立ち、強く舌打ちした。
「貴様ら、真面目にやらんか! 何の為に高い金を払ってやったと思っている!」
「へぇへぇ……。でもですぜ、もしそいつを倒しちまったら、今回の探索依頼も終了しちまうって話じゃねえですか? どうすんですか、ゴーマンさん」
「も、もちろん、奥にたどり着く前に襲撃を掛けるに決まっている! 男は雑魚だ……女をお前らで足止めし、男を確保したらずらかるぞ」
黒覆面のリーダーは内心で舌打ちした。
(いやいや、どう見たって一番あいつがヤベえだろ。通り過ぎるふりして見てみたが、まともな装備もねえ癖に軽々モンスターを殴り倒しやがって……どんなステータスしてんだ)
絶対に戦いたくない相手なので、リーダーは提案する。
「ええ~? 俺ら女の子の方連れて行きたいんすけどね……油断してるっぽいですし、そのまま攫って人質にしましょうよ」
「口答えするな! 狙うのはあくまであの男だ! 高い金を払っているんだからその分の仕事をしろ!」
「「「へ~い(クソ野郎が)」」」
黒覆面達は従順に従うふりをしつつ後ろを向いて親指を下に向けた。
いかにもやる気の無さそうに足を引きずる闇ギルドの男達を怒鳴りつけ、ゴーマンは渋々動き出した彼らの後に続く。
テイルさえ確保できれば後はどうでもいい――そのことしか頭にしかないゴーマンは未だ彼が元上級冒険者だということを知らない。そして自分で何もせず黒覆面達の後ろについて来ただけで遺跡の探索を舐め切っていた。
(ふん、所詮こんなものよ。こんなことなら、ギルドの手下を数人連れてゆくだけで十分だった。仕事が終わったらさんざ値切ってやる……)
だが……リーダーの働きもあり、ほぼ戦闘を行わず進んで来た彼らは、ここに来て初めて魔物との本格的な戦闘に遭遇する。
「ちょっと多い数の魔物が通路の奥からやって来てますが、どうしやす?」
「チッ、その位さっさと片付けてしまえ!」
「「「……へいへい(クズ野郎め)」」」
ゴーマンの態度にうんざりしている男達も、一応は仕事だ。すぐに思考を切り替えて武器を構え、湧き出した魔物達に対応する。
(ちっ、何だその態度は……愚図どもめが! 私は本来なら貴様らなど直接口を利くことすらためらうべき身分なのだぞ! 腹立たしいことこの上ない!)
それを見て、腹に溜まった不満を吐き出そうと、壁を叩きつけたゴーマン。
しかしそこで、無慈悲な音がした。
――ガゴン。
壁が四角く切り取られたように思い切りへこんだのだ。
「ん?」
「「「え? あっ――」」」
――ボワッ……シュン。
自分の愚かさを思い知る間もなく、ゴーマンの足元の床が光り輝き……。
覆面達が振り向いた瞬間、彼の姿はその場から消失する。
「「「あ~~~…………最悪」」」
覆面の上からでもわかる位顔を歪め、男達は顔を再び見合わせると……床に浮かび上がった光の魔法陣を見て、発動したのがどこかに転送する罠だったことを察する。
「あのクソジジイ、何やってんだ……リーダー、どこ飛びました?」
「わかんね。少なくともこの階にゃいねえよ。ま……いいじゃん死にゃあしねえんだし。取りあえずこいつらを蹴散らそうぜ」
魔物達は構わず前方から押し寄せて来る。
男達は今はそれほど思い入れも無い雇い主より我が身が大事と、その場で戦闘を開始した……。
――そして一方……。
「うっ……ここは一体……? 何が起きた?」
転送されたことに気づき、一人になって急に心細くなり始めたゴーマンは、周囲を見渡し呻いた。
そこはかなり広い部屋で、今までと違った寒々しい空気が流れており、何か特別な場所であることが言わずと知れた。その証拠に……遠くに見えたのは、血のように赤い扉。
「あ、あれはまさか……まさか説明にあったボスの部屋への扉か!? と、言うことはここが、一番奥……の」
――シュルルルルル。
擦過音のようなかすれた音が聞こえ、ゴーマンは背を竦ませる。
何かが地面をこするような音が……部屋をはいずり回る音が、耳に届く。
「ヒッ、なんだ……く、来るなら来い! 私にはこれがある……」
彼は冷や汗を垂らしながらも懐から一つの杖を取り出した。古い魔道具で、使用すれば数度ではあるが、高温の火炎を生み出すことが出来るという代物。
そして彼は、暗がりから飛び出した物体に目掛けて高らかに言い放つ。
「フハハ死ねっ! 《火蜥蜴の息吹よ、全て燃やし尽くせ》!」
――シュゴォォオ!
一気に目の前が明るくなり、何かがのたうち回るのが見えた。それは派手に上下に跳ねながら後退してゆく。
「ヒヤハハハハハ、いい気味だ。あの様子ではどこぞで燃えかすとなり死んでいるだろう。倒せば宝が手に入るとか言っておったし、丁度いい。この腕輪を付けるのは、いつでもできる……今は一旦金目のものを回収し、態勢を整うぇィーッ!」
ゴーマンの視界の上下左右がいきなり入れ替わる。
吊り上げられたのだ――そう知った時、彼の体にはもう何重にも何かが巻き付いていた。
「イアァッ、くそ、放せっ! 先程の攻撃で死んだのでは無かったのかッ!? き、貴様……」
青ざめた彼の前に浮かび上がったのは、ゴーマンの胴体ほどもありそうな巨大な蛇の頭部。
そして彼の足を巻き取り、引き上げていたのは、所々焼け焦げた尻尾だ。
「ぐ、そぉっ……もう一度! 《火蜥蜴の……》、……ああっ!」
詠唱は途中で中断された。蛇の太い舌が杖を絡め取ったのだ。
そして蛇は、巨大な口を二つに裂いてゴーマンをゆっくりと飲み込み出す。
「うぁぁぁっ、やめろぉっ! 気色悪いっ……オエエッ!」
攻撃に左程痛みはない。だが、生暖かい感触と生臭い臭いは生理的嫌悪感を誘う。ゴーマンは抵抗したが強靭な顎を開くことは出来ず、ゆっくりと足の先まで飲み込まれて行った。
だが、ここは迷宮だ。聞いた話だと死ぬことは無いはず……そう鷹を括ったゴーマンは何とか冷静さを取り戻す。
(ぐ……ふう、くそ、臭いはあれだし、息苦しいが何とか耐えられんことは無い。……しばらく待てばこのまま外に出れるはずだ)
――ジュワッ。
ゴーマンは脂汗を浮かべながら、なすがままにされていると……嫌な音がして、蛇の口の中と自分の体の間にあるはずの衣服の感触が消えていく。
(……こ、これは!? 溶けている……い、胃酸か!? ちょっと待て、確か装備品や道具は破損しても復活しないと聞いたぞ。このまま外に放り出されたら……どうなるのだ?)
嫌な想像に焦るゴーマン。
そして彼の肩の上にある水晶の赤い液体はどんどん消えてゆく。
(ち、ちょっと待て……待て、不味い! 待てぇぇぇぇェェェェェェッ!)
しかしその心の叫びは届かず、コポッと音を立てて液体が全て吸い込まれた瞬間、ゴーマンの体は光の粒になり……。
「――――!? きゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 変態よ! 誰か!」
――悲鳴が木霊する。
遺跡入り口。女性冒険者の目の前にゴーマンは一糸まとわぬ姿で、そこに放り出された。
「待て、これは! 魔物が、ぐぁぁっ!」
「こっち来んじゃないわよ!」
「てめぇ、俺の女に何見せてくれてんだ、あぁ!?」
「やっちまえ!!」
「待て、ちが……ぎぇあああぁぁぁっ!」
たちまち冒険者達に囲まれ、ゴーマンはタコ殴りにされ始める。
そしてここは内部ではないので、痛みは普通に発生している。
「やめろーっ! 私は、ミルキア細工師ギルドのギルド長で、伯爵位の貴族……」
「知るか変態親父!」
「助けろ誰かぁぁ! 助けてくれぇぇっ!」
――シュン。
(((あっ……)))
時を同じくして、戻って来た黒覆面の三人組達が、人だかりの後ろから酷い目に遭うゴーマンを見つけ、こそこそと囁き合う。
(あれ、何やってんだあのおっさん。リーダー、どうします?)
(ざまみろ、ほっとけ。今行ったら俺達までとばっちり喰らっちまう……。頭からは成否は問わんから適当にやれって言われてるし、後で様子見て回収するか……まぁ、このまま帰ってもいいしな)
(そうっすね……。いい気味だ)
「止めろっ、止めてくれっ! か、金を払う……誰か、誰かぁぁぁぁ――――!!!!」
響き渡るゴーマンの絶叫に耳を塞いだ男達は、隅の方の壁に持たれかかると、今回の依頼が失敗すること経験則で悟り……持ち込んだ酒を一息に呷って陰鬱なため息を漏らした。




