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第十四話 公爵家の依頼

 パーティーに加入してからのライラの活躍は驚くに値するものだった。


 何しろ、豊富な魔力を使用しての遠近問わない戦闘能力に加え、もし怪我をした時の備えもばっちりなのだ。彼女がいてくれるだけで安心感がまるで違う。


 主に俺の精神的負担も大幅に緩和され、依頼達成速度は著しく上昇し、加入して二週間もしない内に彼女はEランクからDランクへと昇級した。


 もちろん引き抜きの話は後を絶たなかったが、彼女はそれに全く興味を示さず一刀両断するばかり。


 しかし、そうしたことで彼女の悪評が立つことはなかった……怪我をしている人間を見かけたら、まるで自分の仕事だというかのように彼女は率先して治してあげるからだ。


『もう転ばないよう気を付けなさいよ、じゃあね』

『おねえちゃん、ありがと~!』


 今も倒れこんで足を擦りむいた子供の膝を治して戻って来るところだ。最近では聖女だの女神だの言う冒険者もいて……魔族だからと白い目で見られるかもというのは、要らない心配だったらしい。


「――ごめんね、足を止めさせて」

「大丈夫か? あんまり無理しすぎるなよ? 魔力が尽きて倒れられたら困るからな」

「大げさよ。ヒール自体はそこまで魔力を消費しないし、アクセサリーの回復効果もあるんだから。……でも、確かに皆を待たせることが多いし、ちょっと控えた方がいいかもね」

「いや、好きなようにやれよ。誰に迷惑かけてるわけでもないしさ。あんたがいてくれて俺達も助かってるしな」

「そう? ならいいかな……」

 

 今日は残りの二人は借家で留守番……俺達だけでの買い出しだ。

 彼女も普段着の種類は増えて来たが、しかしあまり外では肌を晒そうとしない。

 丈の長いロングコートとスカートにタイツが、冒険者として活動し始めた彼女の今の標準装備となっている。


 ライラは少し低い角度から俺を覗き込むように俺を見つめた。


「ありがとね。あなたがくれたこれのおかげで、私、皆からすぐ受け入れてもらえたわ」


 そう言って嬉しそうに触るのは後ろが身につけた髪留めだ。

 

「そっか? いくら道具があったって行動しなきゃ変わらない。それはやっぱりあんたの功績だよ」


 気に入ってくれたのは何よりだが過大評価だ。そもそも彼女の魔力があってのものだし、そんな風に言われるのは気が引ける……やんわり否定した俺にライラは、体を起こすとふっと微笑みかけた。


「……テイルはさ、何となく余裕があるわよね。他の冒険者はちょっと、あくせくしてるっているか……。そういうところがないから、あの子達も私も安心して背中を任せられるの。だからしばらくは、私達を、その……ちゃんと見ていてね?」


 チロルやリュカの前では気丈に振る舞っている彼女だが、日常生活に支障がないとはいえ、まだ不安も大きいのだろう。


 記憶喪失……自分がどこで生まれた何者かもわからない感覚など想像もできないが、なるべくならこうして俺達が一緒に過ごす間に、小さくても自信の土台みたいなものが出来てくればいいなとは思っている。


 なので俺は、余計な不安を与えない為に力強くうなずく。


「大丈夫だって……勝手にいなくなったりするもんかよ。チロルとの約束も有るしな。それに今、わりと充実してるんだ。人に何か教えるのって楽しいだろ?」

「そうね……」


 ライラもそれには嬉しそうに同意した。


 今、ライラにはチロルに魔力の扱い方を指導してもらっている。

 人から聞きかじった程度のやり方でしか教えられない俺より、魔力を手足の様に操る彼女の方が適任だと感じたからだ。


 彼女なら自分の実体験で感じた、適切な魔力の操作方法を直接教え込むことが出来る。チロル自身もライラから教われることを喜び、どんどん力を伸ばしている。


「やりがいはあるわ。今は彼女達とどんどん高め合って、自分の力がどこまで通用するか挑戦してみたい。あの子達もきっとそうだと思う」

「だな……。大変なことも沢山あるけど、仲間と一緒に少しずつ頑張って依頼を達成し、次のランク目指して頑張るこの仕事が俺は結構好きなんだよな。目指すものがはっきりしててわかりやすいし。……最初は金の為に始めたけど、前辞める時はずいぶん迷ったもんだ……」


 細工師ギルドに務めていた時も、前のパーティーのことを思い出すことは多かった。もし時を戻せたら、そのまま冒険者を続けていたのかも知れない。


「……あの子達にもそれぞれ目標があるのよね。しばらくはそれを手伝ってあげたいけど、終わったら私は……どうしようかな」

「金を貯めて国の方に帰るか?」

「そうね、いつかは。でも今は考えるのはやめておくわ……。チロルが地図や本を見せてくれたけどぴんと来なかったしね」


 海の向こうには、ゼルキスタという魔族の王国があり、その国へは船で数十日もかかる程の道のりだという。帰ってしまえばきっと簡単には会えなくなる……皆寂しがるに違いないし、当人もまだこの感じだとその覚悟は無さそうだ。


「まぁ……まだまだ先の話だろ。しょげるなよ」


 湿っぽい雰囲気になってしまい、俯いた彼女の頭に俺は手を乗せた。


「ち、ちょっとやめてよ! あの子達にするみたいに子供扱いしないで」


 励まそうとしたつもりだったのだが、頭に軽く触れた手は勢いよく跳ね除けられてしまい、俺は慌てて頭を下げる。


「悪い……ついな。怒ったか?」

「……怒ってはない。でもあまり気安くされても困る」


 ついあの二人に接するようにしてしまったが、思えばこれが自然な反応だ。チロル達は俺に対して警戒が無さすぎるし、見習った方がいい位だと思う。少し自重すべきだな、と心の中で自分を戒めた。


「わかった。気に触ったことがあったら言ってくれよ。改めるから」

「ええ、それでいいわ」


 これ以上変に意識しすぎても疲れるだけだし、最低限のことだけ気を払うと決め、俺達はその場から動き出した。買い出し以外にも、ちゃんとした用事が有って出てきていたのだ。


 目的地はシエンさんの不動産屋である。


 もう数か月もただで暮らさせてもらっており、定期的にお礼として差し入れを持っていくのがここ最近の決まりごとの様になっていたが……それとは別に新たな住人が増えたことも一応報告しておくべきだろう。


 また皮肉を言われないか少々構えてしまう俺だったが、店の扉を開けて中に入った俺達の目に写ったのは、意外な先客の姿だった。

 

「なんだ、テイル君じゃないか。ごきげんよう」


 そう朗らかに声を掛けてくれたのは、いつぞやの公爵家の青年レイベルさんだ。


「おや……そちらのお嬢さんは、もしかして君のいい人かい? 前の彼女達といい、遊んでそうには見えないのに意外と隅に置けないんだね」

「からかわないで下さいよ、彼女はその……なんだ?」

「ただの仕事仲間です……テイル、こちらの方は?」


 彼の意地悪な質問に……《《ただの》》、をきっぱりと強調するライラだったが、その後俺がレイベルさんがこの国の貴族であることを伝えると、彼女は慌てて深く礼を取った。


「早く言いなさいよ……! し、失礼いたしました、私、この国の作法を弁えておりませんで……御無礼をお許しください!」

「いやいや、ご丁寧にどうも。かしこまらずとも大丈夫さ……魔族とは珍しいが、我が国は特にあなた達を排斥したりといったことはしていない。もしそのようなことをする輩がいれば、僕に報告をくれたまえ、罰金の一つでもむしり取ってやるさ」


 レイベルさんはからからと笑い、ライラはそっと胸を撫で下ろす。


「――よく来たね、聞こえていたよ。ちょうど茶を淹れた所だからテイル君と初めてのお嬢さん、良かったら――」


 やり取りは奥まで響いていたらしく、同時に奥からシエンさんも盆に人数分の茶器を乗せ戻って来る。だが、ライラを見た途端……それが不安定に少し傾いて音を立てた。


「シエンさん?」

「おおっと、済まない……。ちょっと気が抜けてしまってね。私ももう年かもねぇ……」


 俺の声でシエンさんはぼんやりとした様子から我に返ると、冗談交じりに呟く。


 初めて見るライラが魔族だということに驚いたのか、知り合いにでも似ていたか。  

 あまり普段、こういったところを見せない人なだけに、少し気にかかる出来事だったが……彼はなんでもなかったかのようにライラと挨拶を交わす。


 そして俺達はお相伴に預かりながら、二人の話に混じらせてもらった。


「彼は顔が広いようだから、今日は一つ頼みごとをしたくて伺ったんだ。……僕は放蕩息子で古い物、珍しいものに興味がないんだが……実はこの度我が領地で新しい遺跡の入り口が発見されてね。ぜひそれの攻略に乗り出そうと、今冒険者達を募っているところなのさ」

「へえ……遺跡ですか」


 たまにこうした古代文明の遺産が思わぬところで見つかることがあると聞く。


 入り口が剥き出しになっている場合もあるし、石碑などに仕掛けがしてあって、鍵となるアイテムの所持やちょっとした魔法的なパズルを解くことによって中に入れる場合等、入り方は様々。


 そしてそうした場所では、奥に思いもよらぬ貴重な物品が保管されていることもあるとか、ないとか……。


「ちょっと興味は有るけどなぁ……。確か、中に入るには一度自分の体を捨てる儀式みたいなのがあるとかなんとか聞いたんですが、本当なんですか?」

「それは少し大げさな表現だけど、的は射ているかな。今回の遺跡を例に取ると、まず、こういった鍵となるアイテムを接触させることで、パーティーが異空間の広場へと転送される。そこが入り口となっていて、精霊の指示に従えば、そこに体を置いたまま、精神だけが遺跡へと送られるんだ」

「……精霊? 精神? にわかには信じ難い話ですけど……」


 彼が小さなメダルを取り付けた首飾りを懐から持ち出して見せてくれたが……ライラは眉唾話を聞いた時のように顔を歪める。公爵家の人間が相手でなければ、話を早々に打ち切っていてもおかしくはない反応だ。


「胡散臭く聞こえるだろうけど本当の話さ……実際に私もこの身で体験したしね。確かにその部屋では何者かの声が響き、私達を内部へと誘った。そして、更に驚いたのはその後、遺跡内部に入ってからの出来事だ」


 彼は、こちらを真剣に見つめ指を立てた。


「僕は噂の真偽を確かめる為、いくつかの実験をした。中に入って構造物を壊したり、持ち込んだ道具を破壊したり、草花を中で燃やしてみたりとね。その過程である確信を得た僕は従魔スキルを持つ冒険者を雇い、そこに魔物を連れて来させた。そして、可哀想ではあったがその操っていた魔物をその中で……殺したんだ。どうなったと思う?」

「そんな、そこまでするなんて……」


 ライラの顔がより渋面になったが、レイベルさんは気にせずそのまま話を先に進める。


「自分でもそこまでするのはどうかと思ったが、どうしても実体験として確かめておくべきだと思ったんだ。――結果、遺跡の内部で灰になった魔物は、その中から出ると……完全に元に戻っていた。生き返ったんだよ……」


 息を呑んだライラの出す声が小さく震える。


「……そんな、死んだ者が生き返るだなんて……本当なんですか?」

「ああ、こんなことで嘘は言わない。そして、更なる確証を得る為、僕は何度もそれを繰り返した……。三十回以上はやっただろうか。それでも……その魔物は外に出ると何事も無かったかのようにぴんぴんしていたんだ……恐ろしい話だろう?」


 彼の体験談は真に迫っていて、俺も思わずぐっと生唾を飲み込む。


「遺跡の中では、死なない……あの噂は本当だったのか」

「テイル、知っていたの?」

「ああ……まぁ、冒険者ってのはあること無いこと噂にするもんだから、俺達はあんまり気にしてなかったけどな。……確か遺跡が見つかり始めたのって、ここ数年とかその位のことじゃなかったですか?」

「良く覚えていたね。君は途中で冒険者を一旦引退したから今の状況はあまり知らないとは思うが、最初の遺跡が発見されてから約六年……多くの冒険者が挑戦して僕と同じことを確認している。そしてその中に、遺跡の中から戻らなかったという者は一人も報告されていない。実は僕もそれを我が身で試して来たんだ」

「レイベルさん御本人がですか!?」


 さすがにこれは俺も呆れて身を乗り出した。

 こんな高い身分の人がやる事でも無いだろうに……しかし彼は悪戯っ子のように笑う。


「僕は公爵家を継承する立場になく、かといって全く発言力が無いわけではないから……確定事項として国に知らしめ、多くの人が遺跡探索に関わるようにする為には丁度いい人選だと思ったのさ。話を戻すけど、最終的に僕は一人でその遺跡に入り毒を飲んだ。眠るように死ねる奴をね。……まさか自分で使うことになる日が来るとは夢にも思わなかったから、さすがに手が震えてしまったよ……」


 微塵も恐怖を感じさせず言うその姿は、肝が据わっていると褒めるべきなのか、無茶を諫めるべきなのか、迷うところだ。


 それはさておいて――彼はすぐにその場で意識を失ったらしい。

 本来どう考えても助かるはずのなかった彼だったが、しかしすぐに目覚めたのだという……。あの遺跡入り口の広間で。


「起きてすぐ、僕は立ち上がって体の状態を確認した。眠気もだるさも、体の痛みもない完璧な状態だったよ。そして僕は確認の為、懐からある物を取り出した」


 彼の所持していた毒の入っていた小瓶……それは封も切られていない状態で、中身だけが空になっていたのだという。


「持ち込んだアイテムだけが、消耗した状態へと変わった……?」

「そういう事らしい……。夢みたいな話だろう? あの中では僕らは傷を負うことはあっても死ぬことはなく、そして……持ち物の状態だけが変化する。つまり、命のリスクを負うことなく何度でも探索でき、中に隠された多くの財宝を持ち帰ることができるんだ。素晴らしいじゃないか! 挑戦しない手はないと思わないか!?」


 レイベルさんはぎゅっと手を握り力説した。


「今国内では多くの遺跡が発見され、どんどん攻略されて行っているよ。一般冒険者には迷宮探索を生活の糧にしようとする人が後を絶たない位だ。遺跡には攻略難度が低いものもあるから、実力に合わせたものを選べばそもそも危険な目に遭うこともないだろうからね」


 遺跡の攻略難度――最近改めて制定されたらしい、各遺跡に対する危険の尺度。


 第一級程度では、Dランク程度の冒険者でも問題ないレベルだが、そこから上は強力な魔物や罠、地形効果などにより、あくまで内部でのことだが死と隣り合わせになる。そして最上級の難度ともなれば、まだ踏破した人間はいないのだとか……。 


「最近君達も、大分経験を積んで強くなっているみたいじゃないか。良かったらここらで一度挑戦してみてはどうかな? いい体験ができると思うよ?」

「う~ん……」


 レイベルさんの話だと、今回の遺跡も攻略難度第一級――低ランク冒険者向けのものらしい。


 俺個人としては色々と特殊なアイテムが入る可能性のある機会だし、挑戦してみたいのはやまやなのだが……あの二人を連れてというのはどうだろうか。そそっかしいので、少し心配な所がある。


 しかし悩む俺を見て、ライラが仕方なさそうに背中を押してくれた。


「……いいんじゃないかしら。私達のランクなら問題ないんでしょう? やってみれば?」

「いいのか? てっきり反対するかなと思ったんだけど」

「命や怪我の危険がないなら……Dランク辺りの依頼でもそこそこやれてるから心配ないんじゃないかと思っただけよ。どう見てもあなた、行きたそうじゃない」

「バレてたか」


 確かに俺は遺跡に行ってみたい。前のパーティーでは挑戦することが無かった未知の場所……どうしてもワクワクする。単独(ソロ)だったなら一も二もなくうなずいていただろう。


「あの子ら次第でもあるけど、私は賛成するわ。何かあったら途中で引き返せばいいじゃない。私だってあの子達だっていつまでもあなたに守られてる子供じゃないんだから、成長の機会は逃すべきじゃないわ。過保護すぎるのも問題よ」

「……かもな。よし……そんじゃ、レイベルさん、俺達も参加する方向でお願いします」

「助かるよ……探索に必要な物資はこちらで用意させてもらおう。その代わり、今回奥で出た珍しいアイテムは優先的に我がロブルース家が買い取らせてもらうけどね――」


 そんな感じで話はまとまり、家に戻った俺達がこの件を二人に話した所、怖がりのチロルも大喜びするリュカに釣られて了承する。


 そして数日後……俺達は遺跡探索に参加する為にミルキアの街を旅立った。

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