◆細工師ギルド長、見下される(細工師ギルド長・ゴーマン視点②)
◆(細工師ギルド長・ゴーマン視点)
ミルキア細工師ギルドの応接室で笑みを強張らせるギルド長ゴーマン。
彼は今、その日訪れた来客を丁重に迎えているところだった。
ゴーマンも一応伯爵家の出ではあるが、姿を現したのはなんと……七大公爵家の一角、ロブルース家の一員で、貴族として格が違った。当主ではあらずとも、充分に敬意を払う必要があったのだ……。
「よ、ようこそいらっしゃいました、我がミルキア細工師ギルドへ。レイベル・ロブルース殿」
「お初にお目にかかる。どうぞよろしく、ゴーマン殿」
秘書に案内され、部屋に入って来た青年は、にこやかに挨拶をする。
青い髪の爽やかな美男子……確か、この公爵家の三男坊だったはずだ。
へりくだりながら差し出された手を握りつつ、ゴーマンは内心で舌打ちした。
彼は将来性のありそうな若者が大嫌いなのである。
美男で、金持ちで、聞いた話によると魔法の才にも優れているという話だ。
鼻持ちならん若造がッ……などと思いながらも、表面上は非常に丁寧に接する。
「しばし、室内でおくつろぎください。ほらお前、早く茶を持って来るんだ!! 一番いい奴をなッ!!」
「は、はい!」
「ハハ……お構いなく。しかし随分豪華な部屋だ……さすが国内有数の技術者集団と名高いミルキア細工師ギルドですね……」
公爵家三男レイベルは、部屋を見渡しながら微笑む。
それに気を良くしたゴーマンは、対面で手もみしながら尋ねた。
「ははは……皆様のお引き立てのおかげでございます。それで、本日はもしかして何かお仕事の御依頼で来られたのですかな?」
十中八九そうでないかとはにらんでいるゴーマンは、内心で踊り出しそうな気分になっていた。公爵家から直接仕事を受注できるようになれば、その利益は計り知れない。
こぞって他の貴族も買い付けに来るだろうし、もしかすれば王族達の目に留まるかも知れない。そして王宮御用達ともなれば、この先の栄華は約束されたようなものだ……。
――シュシュシュシュシュシュッ。
両手を高速でこすり合わせながら、ゴーマンは笑みを貼り付けてレイベルの言葉を待ち続ける。
だが、その口から出たのは意外な言葉だった。
「実は、私……ある作品の製作者を探しておりまして……。少し見て頂けますか?」
「はあ……? 拝見いたします」
拍子抜けしたゴーマンは、レイベルがある箱から取り出したアクセサリーを見て仰天した。
「こ、これはッ――!!」
「私が知る限り、最近作られた物の中ではもっとも素晴らしい作品です。使われている石や素材の品質はそこそこですが、それを加工する技術には一片の妥協も、淀みも無い。これを見た時に私は心が震えましたよ。二年前の品評会に出された、無名の作家の作品のようですが……見て下さい。ここにある紋章はこのギルドのものでしょう? テイル・フェイン……この製作者をご存じではありませんか?」
ゴーマンはそれを見て喉をごくりと鳴らす……それは他ならぬ、テイルがここに入会した後、初めて開かれた定例品評会での作品。他を寄せ付けぬ高評価でゴーマンたちのプライドを打ち崩した忌まわしい作品だったからだ。
「……し、知りませんな! た、確かに我がギルドの紋章がついてはおりますが……入ってすぐ辞める根性の無い若者も多いのです! そんな者達にいちいち構ってはおれんのですよ! 大方、まぐれでできた作品を越えられず、意気消沈して辞めてしまったのではないですかな、ハッハハハ」
ゴーマンの空笑いを、レイベルは微笑を崩さずじっと見ている。
首筋をつっと冷や汗が伝う。
「そそ、そんな事よりこちらはどうです!? 最高級の素材を用意して作成した、いずれも直近の品評会で非常に高い評価を受けた作品達です、ご覧ください!! どうぞ、手に取ってみたいものがあれば、言っていただければ中から出しますので!」
ゴーマンは話を逸らそうと、室内にあったガラスケースに掛けられていたカバーを取り払った。レイベルも近寄ってそれを眺めるが、しかし……。
「――っふ」
一瞥しただけで、彼はため息のような苦笑を一つだけ漏らした。
そして、つまらないものを見せられたというかのように眉尻を下げる。
「いや、結構。今日はこれで失礼いたします……。しばらくこの街に留まって情報を集めてみようかと思いますので、もし製作者の名前が分かればこちらの宿にでもご連絡頂けますか? お礼はいたします」
「は、はぁ……。ぜ、是非ともこのミルキア細工師ギルドを今後ともよろしくお願いいたします。ロブルース公爵様にもどうぞよしなに……!」
「ええ、その内に」
彼は儀礼的で曖昧な笑みで返すと、一つ礼をしてそのまま室内を後にしてゆく。
それを秘書に見送らせた後、ゴーマンはテーブルに両手を叩きつけ怒りをあらわにした。
「な、なんだあの態度はっ……家柄だけの若造がッ! 何も分かっておらんくせにっ! あんな、小僧のモノに、私達の作品が遅れを取るはずがない! だが……」
怒声を響かせた後、ゴーマンは親指の爪を噛む。
(不味いぞ、周りに口止めはしたが……。もし私がテイルを追い出したことが知れれば、奴の、引いては公爵家の印象を悪くする。あの小僧の足取りをたどり……知られぬうちに排除せねば――)
ゴーマンは戸口に立っていた秘書を呼び出すと、命令を下す。
「情報屋を呼べ! 金をいくら払っても構わん……!」
「かしこまりました……! そ、それと報告なのですが……最近製作現場がひどく混乱しておりまして、納得のいく作品が出来なくなったと作業を投げ出す者が多くなっております。納品先からも、返品が相次いでおりまして……」
「うるさい! 金で何とかしろ! 責任者に自分で考えろと言っておけ!」
「は、はい……そのように」
(テイルの居所を知り、あれを使って必ず始末する。くそ……これを乗り越えれば、私の時代が来るはずなのだ! ぐうぅぅぅ……)
鬼のような顔を見て恐れおののいた秘書が去ったあと、ゴーマンは額に脂汗を浮かせながら、当分は解放されそうにない胃の痛みに苦しみ、唸っていた。




