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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
人界編

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81. 路地裏の騒動②

 俺達はいつも通り、他愛の無い話をしながら綻びのある場所へ向かう。

 いつもと違うのは、俺の背に仔犬が二匹括り付けられていること。しかも緊張しているのか、全く喋らない。


「あのさ、もう少しリラックスしたら?」


 そう声をかけてみたのだが、二人からは裏返った返事しか聞こえて来なかった。


「別に、結ちゃんの時だって、こういうことあったんだろ? 毎回二人はこんな調子なの?」


 そう汐に尋ねると、汐は翅を翻しながら否定する。


「いえ、二人が御役目に同行するのは初めてです。通常は彼らの兄や別の武官が同行していたので」

「え、兄って、亘に私刑を下そうとして返り討ちにあったっていう?」

「ええ。ただ今回は亘が二人を抱えてきたのでそのまま」


 すると、亘が楽しげな声を出す。


「丁度二人で稽古していたところを見かけたので、力試しついでに二対一で勝負して私が勝ったら言うことを聞けと脅……相談したところ、快く」


 あぁ、脅したのか……そして快く、ではなく、仕方なく、亘の申し出を受けざるを得なかったのだろう。


「勝負してみたはいいものの、飛びもしないし片腕だけという条件まで出したというのに、大して時間もかからず大人しくなったので、そのまま捕まえてきたのです」


 なるほど。捕獲して両脇に抱えてきたと。


「父に相談すれば、正しい手続きで誰かを任命できたのですが、その前に亘が連れてきたので、早いほうがいいだろうと」


 汐も何でもないような声音で淡々とそう付け加えた。


 どうも背中の二人の扱いが雑で可哀想になってくる。亘にからかわれているという意味では、他人事には思えないから余計かもしれないけど。


 そう思っていると、二人のうちどちらかが、意を決したように声を上げた。


「あ……あの……一応、兄の名誉のために申し上げますが、あの時、兄は私刑だなんてことは一切考えていなかったのです……」

「え、でも、瑶がそう言ってたけど」


 俺がそう言うと、どちらかが首を横に振ったのか、身じろぎしたのが伝わってきた。


「……兄は……あの、皆が私刑を下そうと向かっていったところを、亘が皆の挑戦を受けていると思いこんだみたいで……単純に勝負を挑みに行ったのです……何というか、あまり周りが見えなくなることがあって……」

「兄は純粋に亘と戦うのが楽しいだけなのです……」

 

 ……それはそれでどうかと思う。


 けど、兄が守り手の護衛役を降ろされたのが原因だというのとは少し様相が違うように聞こえた。当の兄がそんな状態では、その理由もなんだか眉唾だ。


「じゃあ、何で晦と朔は亘の事をそんなに?」


 すると、背中から困ったような声音が響いた。


「兄は、地位や権力とは無縁ですが、亘と勝負したいという思いが強すぎるのです。亘を見かけるとすぐに場所も構わず勝負を挑みに行くので、あまり、亘と兄を近づけたくないのです」

「何度周囲の建物を壊して叱られたかわかりません。父も母も困っていまして……」


 ……それは、何と迷惑な……


「武官の間では周知されていることですよ。巻き込まれて叱られるのは私も同じなので迷惑しているのです。なので、ほら、この様に憂さ晴らしを」


 亘はそう言いながら、唐突に上下にバサリと翼を羽ばたかせ、グンと上空に向けて急上昇をし始める。


「はぁ!?」


 俺は思わず声を上げて亘にしがみつく。

 高く高く舞い上がると、ふわりと内臓が持ち上がる感覚とともに、急に浮力を失い真っ直ぐに急降下を始めた。


「う……うわぁぁぁっ!!!」


 猛烈に吹き付ける突風と徐々に近づく地面、持ち上がったままの内蔵に、目眩と吐き気がする。恐怖以外の何ものでもない。


 たった数秒が永遠にも感じられる時間の中で、ようやく平衡感覚を取り戻すと、亘は楽しそうに声を上げて笑った。


 一方で、背中の二人はぐったりと俺に寄りかかってしまっている。


「……何してんだよ、急に!!!」


 泣き叫ぶように俺が声を張り上げると、早々に離脱していたらしい汐が元の位置にとまった。


「やめなさいよ、大人げない」


 汐はハアと息を吐くが、大人げないとかじゃない。振り落とされでもしたら死ぬところだ。


「……よーくわかったよ。二人が亘のことを嫌いな理由が」


 そういえば、俺も当初は亘があんまり好きではなかったんだった。いろいろあって見直したけど、この調子でチョッカイを出されまくっていたら、それは嫌いにもなるだろう。


「ハハハ、酷いですね」

「酷いのはどっちだ!」


 能天気な亘の笑い声に、俺は声を荒げる。


 そんなやり取りをしていると、晦か朔のどちらかが、


「……そ……それに……」


と声を出す。


「え、まだ何かあるの?」


 驚きに声を上げると、どちらかが頷くのが背中越しに伝わってきた。


「……妹が……こんな奴を慕っているのです……」

「……かわいい妹が、兄でも我らでもなく、よりにもよって亘なんかを素敵だと言い始めて、何かに付けて亘を追うようになってしまい……」

「……それはつまり、嫉妬ってこと?」


 俺がそう言うと、二人は揃って、ウッと息を飲んだ。


 俺には妹が居ないから全然感覚がわからない。でもきっと、自分を慕ってくれてた妹が急に亘に一直線になって、寂しさのようなものがあったのかもしれない。


「亘はその子のこと知ってるの?」

「ええ。そこの二人と同様、幼い頃から。ただ、最近よく見かけるなとは思っていましたが、そのような事になっているとは思いませんでしたね」


 亘は事も無げに言う。


「あれ、嬉しくないの? 女の子に好かれて。」

「まあ、嬉しくないことはないですが、子どもは流石に」

「亘がこのような態度なので、妹は時々、冷たくあしらわれたと泣いて帰ってくるのです」

「……サイテーだな」


 興味がないとはいえ、さすがに泣かせるのはどうかと思う。


「いや、そんなつもりは……あの子が私の近くまで来ることもあまり無いですし」


 淡々と答える亘に、晦と朔が声を荒らげた。


「嘘を言うな! つむぎは、亘に無視をされたと言っていたぞ!」

「汐ばかり相手にして、自分の事は見てもくれないと泣いていたんだぞ!」


 今度は汐の方にも飛び火し始める。

 すると、汐から底冷えのするような冷たい声が返ってきた。


「紬は、本当に何もせず、遠くから亘を眺めているだけです。あの様に何をするでもなく見ているだけで、無視だ何だと喚くほうがおかしいかと」

「……え、なんか、汐怒ってる?」


 冷静、というよりも、突き放すような物言いは、何となくいつもの汐らしくない。


「いえ、別に。亘目当ての者達に、妙な言い掛かりをつけられることなど、常ですから」


 ピシッっとその場の空気が凍りつき、なんだか居た堪れない感じになる。当事者である亘に、汐に嫉妬する妹を持つ兄二人、そして余計な事を聞いてしまった俺自身。


「なんか、変なこと聞いてごめん……俺に何か出来ることあったら……言ってください……」


 なんとかそう絞り出すと、


「奏太様が出てくると余計にややこしくなるので黙っていてください」


と更に冷たい声が返ってきた。

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