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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
妖界篇

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34. 妖界からの迎え

「話はわかった」


 翠雨が静かにそう言った。


「……ある意味、我らも同罪だ。あの方の苦しみが無ければ、この妖界の秩序を保つことは出来なかったのだから。話を聞いて頂けるかは分からぬが、ひとまず、お迎えに上がろう。我らにはあの方が必要だ」

「……では、私が参ります。翠雨様にはこちらを守っていて頂かなくてはなりません」


 璃耀は硬い声音で翠雨に言う。しかし、翠雨は首を横に振った。


「いや、私も共に行く。あの方を最初に妖界でお迎えしたのは私だ。私が行かずにどうする」

「今のあの方がどのようにお考えかは分かりませんが、少なくとも、今までのあの方の望みはこの妖界の安定でした。貴方がその思いを守らずにどうします」


 璃耀のその言葉に、翠雨はうぐぐっと口を噤む。


「白月様が姿を消して混乱する宮中を纏めて頂かなくてはなりません。必ず朝までにお連れしますから、翠雨様はこちらをお願いします」


 翠雨は璃耀を睨むように見る。


「其方に白月様を連れ戻せるのか?」

「あの方を初めてお迎えしたのは貴方かもしれませんが、ずっと御側でお支えしていたのは私ですよ」


 ギリリと歯軋りするような仕草をした翠雨に、璃耀は挑発するように笑みを見せた。そこへ蒼穹が慌てて間に入る。


「落ち着いてください、御二方共。翠雨様のお気持ちもわかりますが、璃耀様が仰った通り、白月様は拐かされた時にも翠雨様が京と宮中を守られることをお望みでした。白月様が安心して戻る事ができるよう、我らはこちらを守りましょう」


 璃耀はそれに頷いた。


「凪と桔梗を連れていきます。蒼穹、宇柳と信頼できる軍の者を数名貸せ」


 翠雨はまだ納得していないような表情をしているが、璃耀は話は終わりだとばかりに立ち上がる。


 翠雨は苛立ちと共に小さく息を吐きだした。


「璃耀、必ずお連れしろよ」

「ええ、必ず」



 翠雨の部屋を出ると蒼穹によってすぐに人選が行われ、俺達はあっという間に京を飛び立つことになった。俺との面識が深いからと、青嗣もそのうちの一人に選ばれた。話をできる顔見知りがいるのは心強い。


「我らを呼びに来たということは、人界との繋がりが何処かにあるのだろう。案内は任せるぞ」


 そう蒼穹に言われて、俺達の縄はようやく解かれ、俺は来たときと同じように亘の背に乗って璃耀達を先導することになった。


「結構長居しちゃったけど、大丈夫かな……」


 誰に言うでもなく不安をそう溢したが、亘からいつもの調子で返事が戻ってくる。


「いろいろあって長い時間を過ごしたような気もしますが、それ程時間は経っていません」

「……あのさ、俺、まだ結ちゃんのこと、納得してないから」


 それに、亘は諦めたような悲しそうな声で頷いた。


「……言い訳はしません。ただ、たとえそうであっても、我らがやることに変わりはありません。最初の大君の血を引く方々が御役目を全う出来るようお支えするだけです。それが、大君にお仕えし人界に残された我らの務めですから」


 それは、俺に、というより、亘自身が自分を納得させる為に発した言葉のように聞こえた。


 あの話を聞いてから、ずっと心の中が重たい。俺だって結局本家側の人間だ。だからこそ、自分の身内がしたことに強い嫌悪感があるし、結の最期を想像すると吐き気がする。


 ただ一方で、結は鬼に襲われて瀕死の状態だったと亘が言っていた。鬼に傷つけられた怪我を尾定がどうにも出来なかったのなら、本当に手の施しようがなかったのかもしれない。


 もしそうだったとして、俺がその場にいたとしたら、助かる見込みの無い者を眼の前に、どうしただろうか。


 放っておいたら死んでしまう結を、辛い思いをさせてでも、どんな形でもいいから生かそうと足掻いただろうか。それとも、心安らかに眠れるよう見送ることを選んだんだろうか。


 自分だったら、の答えは、どれだけ考えても出てこない。

 それでもやっぱり、結の味わったであろう苦痛を考えると、本当に他に方法は無かったのだろうかと、どうしても思ってしまう。


 ハクは大丈夫だろうか。

 結の部屋で唯一人、頼る者もなく、どうしているのだろうか。


 ふと、自分達の後を追ってくる璃耀達を振り返る。


 最初は、人界での記憶と妖界での事をハクの中で折り合いがつけられるのが一番だと思ってた。

 でもきっと、もう、ハクは人界とは完全に切り離してあげた方が良いのだろう。

 そんな辛い記憶をいつまでも抱えている必要はない。


 彼らが、ハクを明るいところに連れ出してくれたらいいんだけど……



 しばらく飛ぶと、獺は約束通り外に出て俺達を待っていてくれていた。そして、目を丸くしてこちらを見上げている。


「随分と大人数ですね」

「まあ、大君の迎えだからね」

「ということは、もう一度ここを通られるのですね?」

「うん。俺は人界に残るからいないと思うけど」


 地上に降り立ち、そう獺と話をしていると、璃耀が大鷲から降りてこちらへやってくる。


「其の者は?」

「人界との入口を守る獺です」

「朝廷の者か?」


 璃耀は獺の足にちらっと目を向ける。


「大昔の大君が、こっそり人界との間を行き来するための穴を開けて、この獺に入口を守らせたそうです。その時に朝廷の使いの証を賜ったと聞きました」


 俺がそう説明すると、璃耀は苦々しい表情を浮かべる。


「こっそり、か。そのようなことをせず、事前に御相談頂きたいものだな」


 きっと、今のハクと重ねたのだろう。ハクは帝というには自由奔放だ。きっと、この側近もいろいろ苦労しているのだろう。


「悪いが、通らせてもらうぞ。主上をお迎えに上がらねばならぬ」

「ええ。ご案内しますね」


 皆が人の姿に変わり、獺について結界を抜け、更に狭い洞窟を通って学校の裏手に抜ける。


「……ここが人界ですか……」


 妖界から来た者達が、一様に驚きの声を上げる。

 確かに、コンクリート製の四階建ての建物など妖界では見かけなかった。


 ただ、璃耀だけは平然とした顔で周囲を眺めている。まるで初めてではないような雰囲気だ。


「急ぐぞ」


という璃耀の冷静な声が響くと、その場の雰囲気がピリっと引き締まった。


 もう大分夜も深い。ただ、この大所帯だ。やや遠回りにはなるが、できるだけ山間に沿って進んでいく。


 結の家にたどり着くと、柊士は獺と同じように目を丸くして俺達を見た。


「随分多いな」

「相手は帝だよ? そりゃ大人数にもなるよ。ハクは?」

「いや、まだ閉じこもったままだ。栞に鍵を持ってこさせた」


 柊士はそう言うと、チャリっと俺の手に鍵を置く。


「白月様はどちらだ、奏太」

「この家の中です。柊ちゃん、結ちゃん部屋が何処かわかる?」

「階段登って突き当りの部屋だったハズだ」


 俺が頷いて家の鍵を開けている間、璃耀は宇柳を含む男性陣に外を守らせ、凪と桔梗を連れていけるよう指示を出す。

 ガチャッとドアを開けると、中は暗いが、時々掃除がされていたのか埃っぽさはなく、よく整理されていた。

 ただ、如何せん暗い。夜目は効く方だけど、目が慣れるまで時間がかかりそうだ。


 そう思っていると、璃耀はぐいっと俺を押しのけて玄関に入った。


「階段を登って突き当りだったな。先に行くぞ」

「え、ちょっ、ちょっと」


 止める間もなく廊下を進んでいく三人に、慌てて目を凝らしながらついていく。

 二階に上がると、まるでハクのいる部屋までの道を照らすように、廊下の窓から外の明かりが差し込んできていた。


 突き当りの部屋の前まで行き着くと、璃耀は部屋の前で立ち止まり、静かに扉に触れる。


 それから、小さく息を吐き出し、その場にスッと座った。

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