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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
妖界篇

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32. 幻妖京への潜入

 当初、商店のある方の門から周囲の者たちに紛れて京に入れれば良いと思っていたのだが、門から少し離れたところで地上に降り立った亘が人の姿に変わり、俺を頭上から足元までじっと舐めるように見て眉根を寄せた。


「流石に人界の服装のままだと目立ちますね」


 そう言う亘は、きっちり着物姿だ。

 本家で見たときはシャツにスラックスだったはずだが、自在に服装を変えられるのだろうか。


「でも、これしか持ってないんだけど……」

「まあ、そうですよね。仕方がありません。一旦行ってみて、止められるようであれば、強行突破しましょう」

「は!?」


 先程、慎重に行こうと心に決めた傍から、同行者に強行突破しようと言われるとは思わなかった。

 そんなことしようものなら、話を聞いてもらうどころではない。


「帝が消えて混乱する中、強行突破して京に入るような真似したら、捕まっちゃうよ!」


 しかし、それに亘は僅かに眉を上げる。


「捕らえられた方が良いこともあるかも知れませんよ。門前払いされるより、話を聞いてもらえる可能性は上がると思いませんか?」

「……でも……」

「少なくとも、帝の行方が掴めない今、あちらはどんなに小さな情報でも欲しいはずです。こちらが協力姿勢を示せば、問答無用で処刑されることは無いでしょう」

「しょ、処刑!?」


 亘は声を上げる俺に首を傾げる。


「妖界ではあり得ることですよ。今の人界程甘くありません。ただ、今回に限っては、そう簡単に始末されたりしないでしょう」


 ……そうかもしれないが、処刑と聞いて不安感が押し寄せてくる。

 強行突破は最終手段にしておきたい。


 そもそも小さな情報でもほしいと言うなら、門前払いされそうになった段階で情報をチラつかせるだけでいいはずだ。

 何も好き好んで捕らえられるような真似をしなくても良い。


「……ひとまず門に行って、怪しまれて足止めされるようなら、知ってる人に繋いで貰えるか聞いてみようよ。ダメならハクの名前を出せばいい。強行突破なんてしなくても、少しでも情報がほしいなら、穏便に済ませることができるかもしれない」


 亘は顎に手を当てる。


「穏便に、ですか……そう上手くいきますかね。それに、知人と言いますが、誰の名前を出すつもりです?」


 偉い人たちの名前は知っているには知っているし、顔を合わせたこともある。

 でも、覚えていてくれているかわからないし、何より怖い。


 むしろ、その人たちに繋いでくれる者が良いだろう。


「宇柳さんか、和麻さん、青嗣さんの誰かかな……」

「きちんと呼び出しに応じて下さいますかね?」


 ……宇柳はちょっと怪しいが、和麻と青嗣はきっと大丈夫だろう。……と思いたい……


「……ダメなら、亘が言うように強行突破しよう……」


 妥協案を提示すると、亘はようやく納得したように頷いた。



 門に近づくにつれ、周囲が明るくなり、だんだん人が多くなってくる。


 それに比例するように、俺に向けてチラチラと好奇の視線が向けられる。


 こちらからすれば、動物の面を着けていたり、人の体にぴょこんと動物の耳が飛び出している者もいたりで、完全に仮装大会に見えるのだが、残念なことに、周囲から浮いているのは俺の方だ。


 門につくと、案の定、長い槍を持った門番に足止めされた。


「其方、見かけない(なり)だが、どこから来て、京へ何をしに来た?」


 門番の問に、俺と亘は顔を見合わせる。

 正直に答えるべきか、ひとまず取り繕ってみるか……


 そう思っていると、亘がスッと半歩前に出る。


「我らは南から参りました。京へは、人を頼りたく参ったのです」


 嘘も言っていないし、本当のことをさらけ出すわけでもない、凄く絶妙な言い方だ。


「人を頼りに? 一体どのような用だ」

「ええ、我らが住む集落に迷い子があり、心当たりのありそうな方が京にいらっしゃったので」

「その迷い子とはそこの子どもか?」

「いえ、別の者です。夜も遅いので置いてまいりました。……あの、この者も子ども故、早めに休ませたいのですが、通ってもよろしいでしょうか……?」


 亘がちらっと俺に目を向けると、門番は訝しげに俺と亘を交互に見る。


「まあ待て。ちなみに、誰を頼ろうとしたのだ?」

「……軍の方です」


 亘は、俺の背中に軽くぽんと触れた。

 これは、第二段階目に進めということだろう。


「あの、宇柳さんか、和麻さんか、青嗣さんにお会いしたいんです。お取次ぎ頂けませんか?」

「はて。宇柳殿は分かるが、和麻と青嗣とはどのような者だったか」


 門番は首を傾げる。

 それから、俺達が勝手に動かないように槍を突き出して制止した後、背後の建物状になった門柱の扉を徐ろに開け、中を覗き込んだ。


「おおい、誰か、軍団の和麻と青嗣という者を知っている者はいるか?」


 すると、すぐに中から声が返ってくる。


「ああ、白月様が人界の者に囚えられた際、共に烏天狗の山にお供した者達だ」


 その返答に、凄く嫌な予感が過ぎる。


「白月様が人界の者に囚えられた、か……」


 俺達を足止めしていた門番が、こちらに向き直り、改めて俺を足元から頭上までを舐めるように見る。先程の亘と同じだ。


「小僧、其方、一体何処から来た? 明確に場所を答えよ」


 ここで人界ですと答えるほど馬鹿じゃない。でも、何て答えればいいのか、皆目見当もつかない。


「これは、強行突破ですかねぇ」


 亘が唇をほとんど動かさず、俺にしか聞こえないような声でそう呟いた。


「み、南に、獺の住む泉があります。そこから来ました!」


 動こうとする亘を制しながら、俺は慌ててそう答える。嘘は言っていない。


「其方、獺か?」

「……い、いえ……獺ではありませんが……似たようなものです」


 門番はふむ、と考えるような素振りを見せる。それから、もう一度俺を上から下まで眺めた。


「やはり、ここを通すわけにはいかんな」

「そ、そんな!」

「怪しい者を通すわけには、いかんのでな。平時であれば其方の言う者を連れてきてやっても良かったが、今はどこもかしこも忙しい」

「……なぜ、忙しいのですか?」


 答えてはくれないだろうと思いつつも尋ねると、門番は眉間にシワを寄せ、怪訝な顔でこちらを見る。


「其方のような者には言う必要の無いことだ。さあ、帰れ帰れ。後ろがつかえる」


 ふっと背後を振り返ると、反対側にいた門番が一人で捌いているせいか、数人の列ができ始めていた。


 門番は、もう俺達の相手をする気はないようで、しっしっと手を振って追い払おうとしている。


 俺は飛び出そうとする亘をぐっと押さえた。

 普段は冷静なハズなのに、気が急いているのは、結が関わっているからだろうか。


 これはもう、次のステップに進んだほうが良さそうだ。


「あの、迷い子というのが、白月様の可能性があっても、話を聞いてはもらえませんか?」


 俺がそう言うと、途端に門番達の間にピリっとした空気が流れる。


 ……ああ、やっぱり、ハクが居なくなったことが兵の間には周知されてるんだ。


「其方、何を知っている?」


 ここから先は賭けだ。話を聞いてもらえるか、問答無用で捕らえられるか。

 ゴクリと一度、つばを飲み込む。


「白月様の居場所を知っています。信用できる人に話をしたい。先程伝えた三人か、偉い方で良いなら璃耀様や翠雨様でもいいです」

「其方のような者が、四貴族家の方々に御目通りできるわけがなかろう」


 四貴族家というのが良く分からないが、偉い人に会わせるわけにはいかないということだろう。


「それなら、軍の方々に会わせてください」


 門番は探るように俺と亘を交互に見る。それから、ぐっと手に持った槍をこちらに向けた。


「良いだろう。望み通り捕らえて軍団に身柄を引き渡してやろう」

「えぇっ!? いや、軍に捕らえてほしいわけじゃなくて、信頼できる人に話を聞いてもらいたいって言ったんですけどっ!」


 そう声を上げてみたが、門番はもう話を聞いていない。


「あ、あの!」


 槍を突き出して先程のように俺達を足止めしながら、門柱の扉から他の者に声を上げる。


「誰か、手を貸せ! それから、軍に連絡を!」


 堰を切ったように動き出した門兵達にオロオロしていると、背後から、亘の諦めたような声が聞こえた。


「……まあ、想定通りと思って受け入れましょう」

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