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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
妖界篇
3/298

3. 最初の仕事

 (わたり)に乗って、周囲に守る壁のない()き出しの状態で空へ勢い良く飛び出すと、突風がもろに吹き付けてくる。安全ベルトなしで急上昇するジェットコースターに乗ってる気分だ。怖いなんてものじゃない。

 しかも、片手がランタンで塞がっているせいで、もう片手と体全体でしがみつくしかない。

 涙目になりながら、なけなしのプライドで歯を食いしばって亘にしがみついていると、亘はハハっと笑いをこぼした。


「さすが男子ですね。(ゆい)様を最初にお乗せした時には一際大きな悲鳴を上げられたものです。大丈夫、例え落ちても、地面に叩きつけられる前に助けますから」


 ……なんて怖いことを言うのだろう。

 パラシュートなしのスカイダイビングなど、絶対に経験したくない。


「も……もしかして、結ちゃんを落としたことが……?」


 恐る恐る尋ねると、再び亘はハハっと笑った。


「まさか。結様を落とすなんて真似、するわけがありません。丁重にお運びしていましたよ。ただ、その前の()り手様で何度か」


 実際に落としたことがあるらしい。

 俺は一気に青ざめる。


「い……今も丁重に運んでくれてるんだよね? 結ちゃんの時みたいに」

「えっ。……ええ、まあ」


 えぇ、何その反応!


「頼むから絶対に落とさないで! ゆっくりでいいから、とにかく慎重に、安全第一で飛んでよ!」


 叫ぶようにそう言ってみたが、亘からは、カラカラ笑う以外の声が返ってこなかった。

  

 実際、その後何度か落下の危機に陥り、


「はははっ! 振り落としても良いくらいの気持ちで飛んだのですが、これでも堪えるとは、なかなか根性がおありのようで」


などと言われながら、なんともスリリングな空の旅を終え、心がすり減ってヘトヘトになった頃、街灯まばらな小さな町の暗い学校に亘は降りた。


 帰りもこんな感じかと思うと、心が折れそうだ。もう電車で帰りたい。

 そうは言っても、ここがどこかすらわからないし、電車なんて周囲になさそうだけど……


 降り立った学校は、昔ながらの木造校舎で真っ暗闇に包まれている。


「……ここなの?」


 ヒラヒラ俺の周りを飛ぶ(うしお)に声をかけると、汐はフッと姿を人に変える。


「ええ。校舎裏にあるようですね。参りましょう」


 校舎の中に入れと言われなくて少しだけホッとしたが、それでも真っ暗な古い学校はそれだけで恐怖心が湧き上がってくる。

 しかも、光源となりそうなのは、亘に渡されたランタンだけだ。

 なんとも頼りない。

 そう思いながら、手に持ったランタンを持ち上げる。

 すると、ランタンの真ん中で二つの丸い光がふわりと揺れた。


 ……あれ、これ、電球とか蝋燭(ろうそく)とかの光じゃないな……


 じっと見つめてみると、ふわっふわっと硝子(がらす)の中で光が自由に動き回っている。

 硝子面にぶつかっては跳ね返り、また反対側にぶつかって跳ね返る。時々光同士がぶつかり合うこともある。


「……ねえ、これ何?」

「ランタンですが?」


 人の姿に戻った亘が同じ様にランタンを覗き込みながら首をかしげる。


「そうじゃなくて、中の光。なんか凄く動いてるんだけど……」

「ああ、鬼火(おにび)ですからね。人界では珍しいものですし、新しい守り手様はお気に召すかもと思って持ってきたのですが、如何です?」

「……鬼火?」

「ええ。人魂とも言いますね」


 俺は亘の言葉にギョッと目を見開いた。


「人魂!?」

「ええ。どうです、随分明るいでしょう」


 いやいや、人魂って、人の魂だよね。死んだ人の魂だよね。


「だ、ダメでしょ! 捕まえちゃ!」


 罰が当たるか呪われるか。とにかく、良くないことが起こるに違いない。


「大丈夫ですよ。鬼火に意思はないと言われていますし、人魂だなんて言われていますが、本当のところは何なのか分かっていないのです」

「そ……そうは言っても……」


 俺はもう一度、まじまじと硝子の中を見つめる。すると、ふわりとこちらに寄ってくる。

 そこを亘がコツンと弾くと、驚いたように逆側に逃げていく。


「意思がないなんて嘘じゃん! やめなよ!」


 ……さっきから硝子の壁に(しき)りにぶつかってたのだって、もしかしたら逃げようとしてたのかもしれない。


 汐が呆れ顔で亘を見る。


「結様もその前の守り手様も、お気に召さなかったじゃない。人に鬼火は駄目なのよ」

「では、せっかく捕まえましたが、逃しますか?しかし、灯りがありませんよ」


 亘は校舎の方を見やる。


 ……うっ。確かに、灯りが無いのは非常に困る。


「……懐中電灯とかないの? 最悪コンビニに買いに行くとか」

「金がありませんし、この辺にこの時間にあいている店はないと思いますが。それとも、一度戻りますか?」


 俺も財布は置いてきてしまっている。

 死にそうになりながらニ時間かけてここまで来たのに、同じ時間かけて戻って懐中電灯を持ち、また二時間かけてここに来る?

 そんなことしたら、帰る頃には朝だし、あんなに怖い思いを一晩であと三回も味わうのは遠慮したい。

 俺は目線の高さにランタンを持ち上げる。


「……ごめんなさい。用が終わったらすぐに離すので、少しだけ、力を貸してください……」


 眉尻を下げて鬼火に謝罪すると、鬼火は落ち着いたように、動きが少しだけ緩やかになった気がした。



 鬼火を連れ、汐の案内に従って校舎の裏に向かう。

 さすが古い学校だけあって、物凄く気味が悪い。風のない夏の日に、鬼火の僅かな光源を頼りに先に進んでいくのだ。完全に肝試しである。

 急に何かが出て来たりしないだろうかとビクビクしていると、途中で亘に


「ワァ!」


と驚かされた。

 飛び上がるように声をあげると、ニヤニヤした顔が目に入って瞬時に殺意が湧く。

 このたった数時間で、すでにこの男が嫌いになりそうだ。結はこいつと上手くやれていたのだろうか。

 汐は汐で、必要最低限の事しか喋らない。だから余計に亘のペースに巻き込まれるのだが、それが非常に(しゃく)だ。


 恐怖を忘れ、イライラしながら校舎裏に向かうと、そこにはバスケットボール大くらいの灰色の何かがぽつんと宙に浮かんでいた。


「あれです。奏太様」


 汐がスッとそれを指差す。


 近づいて見ると、何だかすごい勢いで灰色の煙のようなものが渦を巻いていた。

 汐が本家で言っていたとおりだ。これが、結界の綻びなのだろう。


「え、で? これをどうしたら……」


 ……強く閉じるのだと思い浮かべると、やり方がわかると言っていたけど……


 そう思いながら、さらに灰色の渦に近づく。

 すると、唐突にそれがどういうことなのかが理解できた。

 不思議なことに、何をすればいいのか、どうすればいいのかが、まるで前から知っていたかのように頭に思い浮かんだのだ。


 俺は、コトンとランタンを地面に置いて、前に進み出る。そして、何故かそうしないといけないような衝動に駆られて、両手をパンと合わせた。

 すると頭の中に、あの紙束に書いてあったような文字の羅列が次々と浮かんでくる。あのときと同じで文字は読めない。でも、何故か音として頭の中に響いてきた。

 神社などでおはらいを受けるときなどに聞く祝詞のりとのような感じだ。音を聞いても意味は全くわからないが、それをどうすればいいかはわかった。

 手を前に突き出して、頭に浮かぶそれを口に出して唱えていく。

 すると、掌から細い粒子のようなキラキラした眩い白い光が溢れ始めた。


 その白い光が灰色の渦に吸い込まれていくと、徐々に灰色の渦が小さくなっていく。

 自分がやっていることなのに、凄く不思議な光景だ。

 キラキラした光が渦を埋め尽くしていく(さま)に目を奪われていると、プツっと頭の中の祝詞が鳴り止み、それとともに、灰色の渦がフッと消滅した。


「御見事です。奏太様」


 汐が満足そうにニコリと笑った。


 やりきった感はあるが、一方で疲労感がすごい。全力で部活に取り組んだ後みたいだ。

 はあ、と息を吐いてその場に座る。


「結界を塞ぐために力を使うと、御自分の中にある力を相当使うのだと聞きました。また亘に乗って戻らねばなりません。少しの間、お休みになってください」


 ……あれにまた乗るのか。確かに、二時間しがみつけるだけの体力が必要だ。気が重い。


「その前に、鬼火を放してあげないと」

「逃がすのですか? せっかく捕まえたのに」


 亘は不満気だ。

 ただ意思があるのは確実だし、本当に人魂だとしたらこのまま硝子の箱に閉じ込めておいて良いわけがない。

 亘を無視して硝子の箱を開け放ってやると、鬼火はふわりと箱から浮かび上がり、(たわむ)れるように俺の周囲をくるりと一周したあと、空へ飛んで消えていった。

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