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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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295/298

268. 裁きの行方②

 御番所奥、地下牢入口。二人の武官が閉め切られたその扉を守っていた。俺が近づくと、二人は扉と俺との間に立ちはだかる。


「……巽は、この状況でどうやって出てきたの?」

「入るのは容易ではありませんが、出るのは難しくありませんでした。今日は、中にいる者が多いですから。その代わり、出てから追われてしまいましたけど」


 家の庭にあんなに武官がいた理由は、俺の監視だけじゃなく、巽を追ってきた連中がいたかららしい。


「鍵はこいつらが?」

「はい。右の武官が」

 

 巽の示した方を見ると、武官は表情を固める。


「手荒な真似はしたくないから、素直に開けてくれると助かるんだけど」

「守り手様がお越しになるような場所ではございません。それに、中は取り込み中ですので」

「中で何があるかわかってて、俺を足止めしてるってことか」


 こいつらも、中の連中と同じだってことはよくわかった。俺は、パンと手を打ち付ける。


「丸焦げになるのと、鍵を出すの、どっちをとる?」

「脅しには屈しません。それに、案内役二名、女性武官一名、老婆一名では、我らを制圧するのも難しいでしょう。どうぞお引き取りを」


 巽は当たり前のように案内役枠に入れられてるし、朱にいたっては、ただの老婆扱いだ。鬼界に同行しなかった武官だからだろうか、こいつらは朱のことをよく知らないらしい。あと、ついでに俺も戦力には数えられていない。陽の気を放とうがどうにでもなると思われているようだ。今の俺が本気で放てば、目の前の二名とも、跡形もなく消え去りそうだけど。


 そう思っていると、朱が一歩前に出た。

 

「我が君、殺してはなりませんよ」

「別に殺すつもりはないけど、調整が難しいのは確かだね」

「先ほどよりも落ち着かれているようで何よりです。鍵を奪うのでしょう? 私にお任せください。老婆相手にどこまで耐えるか、試させていただきましょう」


 朱は大変いい笑顔だ。凄みがあってちょっと怖い。

 どうやら、目の前の武官はとんでもない地雷を踏み抜いたようだ。


 ……まあ、自業自得だし、同情の余地はないけど。

 

 とはいえ、殺すなと言った本人が相手を殺すわけが無い。許可を出した数分後、武官達は荒い息づかいのまま地面に倒れ伏していた。


「これですね」


 朱は武官の着物を片手で掴んで身体ごと無造作に持ち上げる。懐をごそごそ漁ったその手には、しっかり鍵が握られていた。


「……素手で武官二人をあっという間に干ちゃうなんて、さすがに怪力すぎません……? あの歳で……」


 毎回学びの足りないらしい巽はコソッと俺に耳打ちをしてくる。俺もちょっとそう思ったけど、朱のキラリと光る目が、バッチリ巽を捉えているのに気づいていないのだろうか。


「……お前はもうちょっと、口は災いの元って言葉を学んだ方がいいよ。あと、俺を巻き込まないでもらえるかな?」


 そう言うと、ようやく気づいたらしい巽がビクッと肩を跳ねさせ、俺の背後で身を縮こませた。護衛対象を盾にするのはいかがなものだろうか。



 鍵を開けて地下牢を進む。それとともに、どんどん騒ぎ声が近づいてくる。どれ程の者が居るのか、かなりの人数に思える。


「巽、中にはどれくらい居るの?」

「武官、文官合わせて十三です」


 比率にもよるけど、さっきの牢番ように簡単には行かなそうだ。一気に焼き尽くして良いなら別だけど、そういうわけにもいかないし……


 そんな事を思っていたのに、たどり着いた先で目に飛び込んで来た光景に、俺の理性は一気に吹き飛んだ。


 そこにあったのは、複数の者達が見物する格子の向こう。陰の気を奪う枷に繋がれ自由を奪われたまま、武官達に囲まれ、地面に血溜まりを広げてぐったりとする亘の姿だった。


 人の形はなんとか保っている。けれど、抵抗しようとしたときに出したのか、片翼が折れて半分ほど取れかかっているし、枷に繋がれた腕や足も妙な方向に折れ曲がっている。体のあちこちに濃く血が滲むところがあって、刃物で複数箇所を刺されたのだろうと予想がついた。意識があるのかないのか、血塗れで項垂れたまま、亘はピクリとも動く様子が見られない。

 

 格子の外にいるのは文官、中にいるのは武官。そのどちらもが、ニヤニヤと笑いながら、聞くに堪えない野次を飛ばしていた。集団リンチと言って差し支えない光景。


 胸が、疼く。 

 ずっと感じていた、胸の奥の何かを引っぱり出されるような違和感と痛みの正体。亘を見た今ならわかる。俺が与えた亘の力が、消え失せようとしている兆候。


「……なあ、俺の眷属に、何してんだよ?」


 自分のものとは思えないくらいに低い声が出た。

 別に、大きな声を出したわけではない。それでも、視線が一気にこちらに向き、周囲がシンと静まりかえる。足を踏み出せば、カツンと音が響くほどに。

 

「……そ、奏太様をこのような場所にお連れするなど、一体、何を考えている!?」


 不意に、緊張に張り詰めた空気を破るように、誰かの声が響いた。それと共に、文官達の固まりの中から、別の声が上がる。


「そのとおりだ、このような穢らわしい場所に、守り手様をお連れするな!」

「案内役と護衛役がこのような状態だから、守り手様方に規律をご理解頂けぬのだ!」

「さっさと、奏太様を御本家にお帰ししろ!」


 どいつもこいつも、意味のない事を喚き散らす。耳障りで仕方がない。


「黙れよ。うるさいな」

 

 俺が言うと、文官達はうっと息を呑み、一気に顔を青くして口を噤んだ。カツンカツンと音を立てて近づけば、距離をとるようにジリジリと後ろに下がっていく。


 たぶん、さっきと同じように、力が漏れているのだろう。でも、そんなの、どうだって良い。

 

 文官達がじりじりと後退し始めたのを見兼ねたのか、代わりに俺達をここから出そうと、武官数名が格子の内側から出て来てくる。


……あれは、亘の血か?


 武官達の着物に赤黒い血が飛び散り、乾ききらない染みを作っていた。


「なあ、俺の眷属に、何をしてんだって、聞いたんだけど」

 

 武官もまた、眉根を寄せ、何かに耐えるような顔をしている。奥歯を噛み黙ったままのその姿を見ていると、そのまま、焼き尽くしてやりたい衝動に駆られる。


「お前らが、やったことだろ?」

 

 すうっと手のひらを武官達に向けると、パシッと朱に手首を掴まれた。


「お怒りは御尤もですが、地上の者の命を無闇に奪ってはなりません」

「……あいつらに俺の眷属が殺されそうなのに、か?」


 正直、目の前の奴らがどうなろうと知ったことじゃない。存在自体が邪魔で虫唾が走る。焼き払ってしまえば、それで終わる話だ。

 しかし、朱は首を横に振る。

 

「道はつくります。貴方様の力を、亘にお与えください。命を永らえさせることができるはずです」


 俺は、亘と、亘を痛めつけていた武官と文官を見やる。

 

「これ以上、奴らの姿を見たくない」

「どうか、今しばらくお待ち下さい。すぐに処理いたします。汐、椿、巽、奏太様を任せる」

 

 朱はそう言うと、タンと地面を蹴って飛び出した。それとともに、中に残っていた武官達も飛び出してくる。武官は六名。一人は未だ、亘の側だ。


 朱がパッと手を振ると、どうやったのか、そこにフッと薙刀が現れた。それを大きく振るい、刃の部分ではなく柄の部分を使いながら、朱は向かってくる者達を突き飛ばす。


 文官達は後ろに下がり一塊になっていた。武官達に相手をさせるためだろう。

 

 亘を武官達に攻撃させて罵声を浴びせていたくせに、自分達は安全なところに引っ込もうという魂胆だ。卑怯な態度に、苛立ちが更に増していく。


 舌打ちをして睨みつけると、文官達が更に顔色を無くして震え上がった。苦しそうに胸を押さえる者が出始め、そのうちの一人が、壁に手をつきしゃがみ込む。


 朱の隙をついてこちらに向かって来ようとした武官も、俺の方に踏み出した瞬間、一気に動きが鈍くなった。冷や汗を垂らし、苦しそうな息をする。それを、椿が押さえ込んで動きを封じる。


「奏太様! お怒りをお収めください!」


 朱が焦ったように声を張り上げた。


「奏太様」


 汐が、俺の腕をギュッと掴む。不安そうな瞳が、じっと俺を見上げる。

 

 でも、押さえ方がわからない。血まみれの亘の姿がこの目に映るたび、亘をあんな状態にした奴らが目に入るたび、怒りがどんどん湧き上がってくる。


 朱に言われたから一応我慢してるけど、ここにいる武官も文官も、さっさと焼き尽くせば済むのにと、本気で思う。俺が陽の気を使ったところで、俺の眷属に影響は無いんだから。


 朱によって、亘の近くに残った武官以外の武官が倒されるまで、実際には、多分そんなに時間は掛かっていない。それでも、俺にとっては何時間も待たされたような感覚だった。


 武官はあと一人。じりじりとした気持ちで耐える中、突然、誰かが息絶え絶えになりながら、叫んだ。


「何をやってる!? 今すぐ、亘を殺せ! 里の意思を示せ!」


 瞬間、ドクンと心臓が大きく脈打った。なんとか我慢していた気持ちが吹き飛び、一気に頭に血がのぼる。


「これ以上、神の逆鱗に触れるな、愚か者!!」


 朱があげた怒声が、どこか遠くに聞こえる。

 キーンとした耳鳴りが、周囲の音を消す。


「奏太様! どうか、おやめください!」


 汐が必死に俺にしがみつく。


 自分の目に、文官達数名が血の混じった泡を吐きバタバタと倒れ込むのが映った。亘の近くにいた武官も、胸を押さえ堪えきれなくなったようにガクンと体勢を崩して膝をつく。


 ……だから、なんだ。生かしていたって、害悪にしかならないような連中、全部滅びたって構わない。


 冷えていく心のまま、倒れていく者たちを眺めていると、不意にガシッと後ろから肩を乱暴に掴まれた。


 また、邪魔者か。


 チッと舌打ちをして、そちらを振り向く。


「やめろ、奏太!!」

 

 そこにいたのは、思いもしなかった人物。

 苦しそうに歪む顔と血の滲む口元で、柊士がそう叫んだのが見えた。

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