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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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265. 柊士との話し合い

 あの後、亘のことが気になって眠れるような気分じゃなかったのに、汐に促されてベッドに入ると、まるで吸い込まれるように眠りについた。

 

 深淵に行って中央に引き返し、御先祖様に力を譲渡され、徹夜状態で陰の子の闇を祓ったのだ。妙な覚醒状態にあっただけで、体はかなり疲れていたらしい。


 そこからまる一日以上寝続けていたようで、死んだように身動き一つしないことを心配した父に尾定が呼ばれ、診察の途中で目が覚めた。


 前回、鬼界から帰ってきた直後のことが、随分父のトラウマになっているようだ。


「大学生にもなって、あんまり親に心配かけるな」


 尾定に溜息混じりにそう言われた。


 部屋にいたのは、変わらず朱と汐。派遣されてきた武官が家の中での護衛を望んだらしいけど、父が断ったことで、夜間外での見張りをしていたらしい。

 

 亘や椿、巽のような面識のある者ならまだしも、見知らぬ武官を家に入れるのは、以前の事件の影響もあり、うちの状況的に難しい。朱が入れたのは、俺自身が連れていったこと、見た目がおばあさんで警戒が緩んだことがあってのことだ。実際は、そのへんの武官よりもよっぽど強いんだけど。


 

 柊士が家にやって来たのは、その日の夕方。まだ日が出ていて、妖達が身動き取れない時間帯。護衛を連れ歩くわけにもいかないので、服の内ポケッに栞だけを入れていた。

 

「体調は?」

「怪我が残ってるだけで、元からそんなに体調は悪くないよ。それより、亘は?」


 柊士はじっと俺を見た後、ハアと息を吐く。


「裁きが下るまで、拘束してる。昨日のままだ」

「その裁きの結果って、どうやって決まるの?」

「里の規律に従って、文官連中が検討する。処分に値する根拠が集められ、今までは二貴族家、今は雀野の承認を受けたうえで俺が最終判断を下す」


 柊士の言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろした。


「つまり、柊ちゃんが承認しなければ、亘に罰が下ることはないってことか」


 柊士が決定しなければ先に進まないのなら、この場で柊士を説得すればいい。 

 そう思ったのに、柊士は厳しい表情で首を横に振った。

 

「そう簡単な問題じゃない。俺がするのはあくまで最終承認だ。それまでの検討結果を、俺の独断で全て覆すのは難しい。検討不十分で突き返せても、時間を引き延ばす程度にしかならない。特に、今回の件は」

「そんな……でも、妖界での戦に参加した時には、当主判断で……」


 以前、ハクを遼や識から救うために妖界の戦に参加した時、亘は里の決定に背き守り手を戦に連れ出した罪に問われた。でも、各所に嘆願はしにいったけど、最終的には伯父さんの判断で比較的軽い罰で済んでいた。


「あれは、白月への配慮の部分が大きい。それに、亘自身もそれに見合う功績は残してただろ」


 本来、武官達が命を賭してでも護るべき守り手を許可なく戦場に連れ出したのは、紛れもなく重罪だった。

 しかし、向かった先で、亘は敵の首魁を討ち取り、ハクを救った。さらに俺が頼んだからだけど、ハクから直々にその礼と減刑の嘆願があった。妖界の帝の名で出されたそれを、立場としては下である人界側が無視することは出来なかった。だから、一年の謹慎で済まされたのだと、柊士は言う。


「今回は違う。そもそも、亘自身の手でお前の腹を裂いたのを多くの者に見られている以上、言い逃れができない。白月も危険に晒されているから、あいつからも庇い立てができない状態だ。実際、翠雨からは厳罰を求められてる。極刑の要求だけは、あいつが翠雨を止めてるから言い出さないってだけだ」

「でも、極刑を求められて無いなら……」

「妖界が要求してきてないってだけだ。規律に従うという意味合いでも、あちらへの体面を保つという意味合いでも、上がってくる求刑は、考えなくてもわかる。十中八九、極刑。軽くても重い身体刑だ」

「……身体刑って何?」


 俺が言うと、柊士ではなく、汐から返事が戻って来た。


「……鞭打ち刑や、腕や足、翼など身体の一部を切り落とす刑罰です。下手をすれば命を落とすため、重いものは極刑とさして変わりはありませんが……」

「……そんな……」


 それでは、亘の向かう先は決まったも同然だ。

 

 里にそんな前時代的な刑罰が普通に残っていることも、柊士が譲歩しても亘の刑罰がそこまでしか緩和できないという事実にも唖然とする。


「しかし彼の者も、そこに落ち着くことを見越して素直に捕らえられたようだと淕が言っていました。人界に戻る前、そのような話を持ちかけられたと」


 栞が、柊士を庇うように少しだけ前に出た。


 そういえば、鬼界で灰色の渦をくぐる前、淕と亘が話をしていた。まさか、自分が捕らえられるとわかってて、淕に相談していただなんて。

 

「………淕は、他になんて?」

「柊士様のお考えを尋ねられたようです。淕が見たことをそのまま報告した後、どの様に御判断されるか、奏太様の御口添えがあったとして、それを踏まえて柊士様がどこまで減刑を容認されるのか。そのうえで、陽の泉に直接突き落とされたり、首を落とされたりするのでなければ、耐えればいいだけだと。できたら、そうなる様に口添えいただけるよう、奏太様に伝えて欲しいとも言っていたようです。奏太様の願いを柊士様が無下にできるわけ無いから、と」


 栞は困った事だと言いたげに眉を顰めた。当の柊士は、深い溜息をつく。


「でも、どうしてわざわざ、俺じゃなくて淕に……」

「奏太様にご迷惑をおかけするわけにはいかないが、伝えれば鬼界に置いていかれるだろうから、と。罰から逃げ続ける事もできるでしょうが、そうすることで、大事な場面で奏太様にお供できなくなる可能性を危惧したのでしょう」


 昨日、汐が言っていた通りだった、というわけだ。

 

「……あの、馬鹿」


 俺に付き従うことができなくなるからって、真っ向から罰を受け入れて、死ぬかもしれない重たい身体刑に耐えれば良いだなんて、どうかしてる。

 

「それで死んだら元も子もないだろ」


 あいつの思考に嫌気がさす。俺のために死ぬなと、何度言えばいいのだろうか。

 

 目元に手を当てて俯くと、ポンと肩を軽く叩かれた。


「あの鷲は、里の規律とやらによって裁かれるのでしょう? 昨日、汐を眷属に加えた様に、まだ生きているなら眷属にしてしまってはいかがです? 秩序の神の眷属を、ただの人妖ごときが地上の理で裁いて良いわけがありません」

「……ただの人妖ごときって……」


 チラッと、朱に『ごとき』扱いされた者たちに目を向ける。汐が眷属になった以上、当てはまるのは栞と柊士だけだが、気色ばむというよりは、よく分かっていない、という顔だ。


「眷属になった者を地上の理で裁いては、神の怒りに触れて、その身を滅ぼしても文句は言えません。若様も、例外ではございませんよ」


 朱はピタリと柊士に視線を止めた。当の柊士は訝るような顔になる。


「眷属っていうのは?」

「神に力を与えられ、神に尽くし全てを捧げる代わりに、神の守護を授かった存在です」

「……汐?」


 栞が小さく、汐の名を呼んだ。不安気に、ギュッと胸の前で手を組んで。


「私が望んで、奏太様の眷属にしていただいたの。ごめんね、勝手に。父様には、また御説明に行くわ」


 汐は栞に薄く微笑んでみせた。もう引き返すことはできないし、一晩たった今も、汐自身が後悔しているような様子はない。それでも、せっかくもとに戻った姉妹の間に、また余計な亀裂が入らなければいいと、どうしても思ってしまう。


「汐はもう、地上の、人界の、さらに小さな里という枠組みに縛られるような存在ではありません。あの鷲も、そのような存在に引き上げてやればよろしいかと」


 朱の言葉に、柊士は腕を組む。


「奏太が神の力を得たことは、陰の子を消滅させた事実と多くの証言から認めざるを得ないとして、亘が眷属となったことはどう証明する?」

「奏太様の陽の気を与えれば、証明となるのでは?」


 昨日、汐に与えて問題がなかった様に、眷属になってしまえば、俺の発する陽の気であれば、たとえ眷属が妖でもその身を焼かれることはない。


「陽の気を?」

「見てもらうのが早いよ。汐」

「はい」


 汐は、陽の気を与えられるのが本当に嬉しいのだろう。ニコリと笑う。


 ……量を減らしてなるべく陽の気に慣れるまでの時間を引き伸ばさないと、昼間という貴重な自由時間が減りそうだけど……まあ、仕方ない。


 俺はパンと手を打ち付けて、その手を汐に向ける。


「汐!?」


 栞の悲鳴めいた声が響く。俺はそれを無視して、祝詞を唱えて陽の気を発した。

 かなり力を押さえて加減をしながら。そうしないと、同じ部屋にいる栞まで焼き尽くしかねない。


 陽の気はまっすぐに汐に向かい、白い光で汐の体を包みこむ。


 汐はその光の中で、心地よさそうに目を閉じていた。

 すうっと光が消えていくと、汐はクスっと笑う。


「もう少し、与えてくださっても良いのですよ」

「……勘弁してよ……」


 頬を引きつらせながら言うと、


「……いったい、どうなって……」


という、栞のつぶやきが耳に届いた。


「神力でも陽の気でも、俺の力であれば眷属にとってはプラスの力になるんだってさ」

「陽の気を放っている時でも、奏太様に触れていられるってことよ」


 汐は、まるで栞に自慢するように、ニコリと笑んだ。

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