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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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261. 鬼界からの帰還

 さすがに五人もいっぺんに眷属にするには俺に負担がかかりすぎると言うことで、ひとまず、今の時点ではマソホに一滴、亘と汐にそれなりの量の力を注ぐことになった。

 巽と椿は先延ばしにされたことに不満顔だったけど、マソホはここに置いていく以上、先に与えないといけないし、汐と亘は、そうはいっても正規の案内役と護衛役だからと一応納得してくれた。


「この者は一滴でよろしいのですか?」

「昨日、忠誠を誓うと言われたばかりだし、お互い、様子を見た方がいいだろ」


 朱に問われて、俺はそう答えた。マソホは少しだけ残念そうな顔をしたけど、本人も理解しているのか、何も言わなかった。


 囲いもなにもない場所で言い争いを繰り広げたおかげで、遠巻きに城に残っていた鬼たちが取り囲んでいるのが気になるが、わざわざ、追い払うのもなんだし、かといって移動するのも面倒だ。さっさと終わらせた方が良いだろう。


 そう思ったのに、周囲に集まる鬼たちを見回した朱に、

 

「鬼界はこれからしばらく荒れるでしょう。貴方様が動かれるのに、神聖さを見せつけておくことは悪いことではありません」


と、言われ、ある程度の数が集まるのを待たされた。

 

 そういえば、ハクは陽の気を見せつけながら廟に来たって言ってたっけ。朱の発案で。

 

 更に、神聖な儀式だからと朱に言われ、マソホは俺の前に膝をつかされ頭を垂れた。


 俺が御先祖様から力を譲渡された時は緊急事態だった事もあって省いたのだろうと朱には言われたけど、御先祖様からはハッキリと、抵抗する間を与えない為の不意打ちだったと宣言されている。決して神聖なものなんかじゃなかった。


 俺は完全に見世物状態で、居心地悪いままマソホの前に立つ。


「この世を救ってくださった秩序の神に感謝し、その証として、この身と心、命の全てを貴方様に捧げます」


 随分と大仰な口上に冷や汗をかきながら、俺はマソホの上に手をかざした。


 周囲は奇妙な程にシンと静まりかえる。すごくやりにくい。


 あまり多くを与えすぎず、ほんの少し。

 調整しつつ、キラキラ光る金色の光をマソホの上に降らせる。ほんの一滴分、そう思って力を流せば、自然と何処で止めればいいかが分かった。


 自分の手から出てくる金色の粒を止めると、俺はホッと息を吐いた。


「これで良いだろ。しばらく留守にするけど、鬼界を頼むよ」

「承知いたしました。秩序の神よ」


 その瞬間、突然、周囲の鬼たちから、わっと割れんばかりの歓声が上がった。


 呆気に取られて見回すと、朱は満足そうに笑う。


「鬼界を治めるには、マソホを使った方が良さそうですね」


 よく分からないけど、朱の思惑通りの展開になったらしい。

 鬼達が先ほど見た光景を興奮気味に口々に交わし合い、コソコソと眷属たちが集まり何やら相談し始めるのを他所に、俺は亘と汐を見る。


「俺、見世物状態に耐えきれないんだけど、あとにしない?」

「同感です」

「その方がよろしいでしょう」


 亘と汐は揃って頷いた。


 

 神聖さをまとい、輝く光を与える秩序の神と、それに認められた鬼界の王の絵が市場に出回るようになるのは、鬼界が落ち着き始めてしばらくのこと。

 

 更にそれを俺が知るのは、神に認められし者として無理やり鬼界の王に祀り上げられたマソホの玉座の上に、でかでかと飾られた豪華な絵をポカンと見上げることになる、数年先のことだ。


 神々しく描かれた俺に、ブッと吹き出す声が聞こえ、面白がって人界に持って帰ろうと言い出す巽と、それを止める椿、呆れた顔で成り行きを静観する汐を見て、マソホが慌てて処分を申し出るのは、また、別の話 。



「遅かったね、奏太。何かあった? なんか、周囲を鬼達に囲まれて凄い騒ぎだったみたいだけど」

「ああ、うん、大丈夫。問題ないよ」


 興奮しきりの鬼達は、マソホと眷属達に押し付けて来たけど、まあ大丈夫だろう。


「夜が明けちゃったから、妖界を経由して人界に帰ろう」

「ハクも人界に?」

「うん。ちゃんと奏太を送り届けないとね」

「そっか」


 元気な姿を見れば、柊士も安心するだろう。


「じゃあ、帰ろう」



 ハクが、その場に妖界へ通じる大きな結界の穴をひらく間、亘は他の護衛役に俺を任せ、あれほど毛嫌いしていた淕を呼び出して何やら離れたところで話をしていた。


 亘に深刻な様子はなかったけど、淕が亘の言葉に眉を顰めたのが見える。何か文句でも言ったのか、無茶な要求でもしたのか。いつ大きな喧嘩に発展するかとヒヤヒヤしながら見守っていたけど、そんなことも起こらず、二人とも何事もなかったような顔で戻って来た。


「何を話してたの?」

「里に戻ってからのことです。大した事ではありませんよ。ああ、準備が整ったようですね」


 スッと亘が指さす方を見れば、複数人が一度に通過できるくらいの灰色の渦が大きな口をあけていて、妖界の武官の一部が妖界側の周囲の確認から戻って来たところだった。

 

 

 俺達を送り出す鬼達の歓声を背に感じながら結界の穴を抜ければ、森林特有の匂いと冷たい湿気に包まれる。妖界の鬱蒼とした森は、鬼界の景色と大きく異なる。


「……鬼界も、これの三分の一でも緑があると良いんだろうけど……」

「今はあの大岩しかなくなってしまいましたが、以前は、あれ程ではないにせよ、至る所に陽の気を取り入れる場所があったのです。全てが深淵に呑まれ、陽の気を供給出来なくなってしまいましたが」


 眉尻を下げる朱に、ハクが何かを思い出すように、少しだけ視線を上にあげた。


「そういえば、妖界にも、あちこちに陽の泉があるもんね。そういう役割があったんだ」

「未だ残る深淵の闇を祓うことができれば、陽の気の供給が復活して、時間はかかっても、妖界のように緑あふれるようになるかもしれませんね」


 朱は俺を見ながら言う。


「朱さん、これから鬼界をどうするかは話合い次第ですけど、日石でどうにかなるなら、あとは鬼界の者に任せた方がいいと思います」


 ハクは眉を顰めたけど、淕の困ったような顔を見れば、俺が朱に言われる前に気づいたように、深淵を祓う役割が俺にあると察しているのかもしれない。


「ところで、何で朱さんも一緒に?」

「もう一人の若様に、ご挨拶する為ですよ。それに、我が君が護ろうとしたものを見てみたかったのです」


 朱の言う我が君が誰を指すのか、人界勢と妖界勢では認識が異なる。妖界勢に目を向ければ、蒼穹と数名だけが微妙な顔をしていた。


 幻妖宮に入れば、待ち構えていたらしい翠雨が真っ先にハクに駆け寄り、人目も憚らずに抱きしめ、璃耀と蝣仁に引き剥がされていた。

 更に、人界に行くとハクが言うと何故か俺が翠雨に睨まれ、同行するだ、ここで待っていろだの騒ぎになり、擦った揉んだの末に、翠雨も人界へ同行することに決まった。


 さっさと帰りたいのに、妖界勢の茶番に巻き込まれたこっちの身にもなってほしい。


「姫様は、妖界の者たちに愛されておいでなのですね」

「……過剰な程にね」


 朱は微笑ましいものを見るように言ったけど、そんなに可愛いものじゃないと、早めに知ってもらった方が良いかもしれない。


 

 関所を通り、人界に入る。見慣れた本家の内装。


 前回に比べたら、二度目の鬼界は、本当に短期決戦だった。それでも、本当にいろいろな事があった。こうして本家に帰ってくると、ようやく、いろんな問題事が片付いたんだと、実感する。


 関所から繋がる大広間。

 先に連絡が入っていたのだろう。そこには、伯父さん、村田、尾定、鹿鳴など、見知った顔が待ち構えていた。粟路や瑶など、里の妖達の姿もある。


 その一番前には柊士が立ち、不安そうな顔で俺達を待っていた。

 それが、俺達の顔を見た瞬間、ギュッと眉根が寄せられてグシャっと歪む。それを隠すように、柊士は顔に両手を当てて、大きく息を吐き出した。そして、耐えきれなくなったように、その場にストンとしゃがみ込む。


「柊ちゃん!」

「柊士!」


 ハクと俺は、慌てて柊士に駆け寄った。


 柊士は人界で、ギリギリまで陽の気を注いでいたと聞いた。無理が祟ったのだろうかと心配で、しゃがんで顔を覗き込もうとしたところで、背に腕を回されて、グラリと体が揺れた。


 一体何事かと思えば、ふわりと温かさが伝わってくる。そこでようやく、ハクと俺が揃って柊士に抱え込まれているのだと気づいた。


「…………生きてて、良かった…………二人共…………」


 掠れる声と、ポタリと床に落ちる涙。グスッと鼻をすする音。目を見開いて柊士を見れば、酷く幼くみえる従兄の顔がそこにあった。


「……柊ちゃん?」


 声を掛けると、自分の顔をみられたくないとでも言うように、頭に手を当てられてグッと引き寄せられた。


「ただいま、柊士」


 ハクは、ポンポンと慣れた手つきで柊士の背を叩く。

 

「…………おかえり……結、奏太。……本当に、よく、帰ってきた……」

「……うん。柊士も、よく頑張ったね」


 ハクはまるで、子どもをあやすように、そう言った。


 この大騒動。本当に、誰がいなくなってもおかしくなかった。俺や柊士か、ハクか、それとも世界の全てか。何かを犠牲にしなければいけないと、そういう可能性だってあるのだと、皆が心のどこかで不安を抱えていた。


 帰ってこられないかも知れない、自由を奪われるかも知れない、大切なものを失うかも知れない。


 そういったギリギリの精神状態の中で、それぞれが、それぞれの場所で、互いを支えにしながら、なんとか歯を食いしばって進むしかなかった。


 だから、ここでこうして、再び皆に会えて、皆揃って無事にいられることが、どれほど貴重で大切なことか、どれほど幸せなことなのか、痛いほど、身に沁みてわかる。


「……ただいま。柊ちゃん」

 

 ハクの目にも涙が浮かんでいて、それを見たら、自分の胸もなんだかすごく痛くなって、気づいたら、頬を涙が伝っていた。


 皆、無事に帰ってこれたんだと。誰も死なずに、世界がちゃんと救われたんだと、従兄姉二人の温もりを感じながら、改めて、そう思った。

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