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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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254. 闇の悪鬼①

「何だよ……あれ……」


 椿に乗り、朱について向かった先にいたのは、陰の気を周囲に発する、三階建の家ほどの大きさがある黒い巨体。顔や体、腕や足があるのは分かるけど、二足歩行の黒い山が動いているようにしか見えない。


 濃い陰の気のせいか、巨体の輪郭がはっきりせず、ぼやけて見える。


 その周りを、複数の虚鬼達が取り囲んでいて、巨体に突っ込み消えてしまう者もいれば、巨大な手に掴まれて口に放り込まれる者もいた。

 しかも、虚鬼達は取り込まれると分かっているのかいないのか、まるで吸い込まれるように、どんどんと黒の山に寄っていく。

 

 闇を纏わせた巨体から発せられる濃い陰の気によって周囲の空気が汚染され、ドシンと踏まれた地面は黒く変色し汚泥のように変わり果てる。ただでさえ砂地のようだった土地が、死んでいく。

 

 まるでそれは、死を呼び世界を滅ぼす、闇の悪鬼。

 

『とうとう、あのような存在になってしまったのだな……』


 ふと、御先祖様が悲しそうに呟いた。


 それに被せるように、不意に、聞き覚えのある高い女の声が真上から落ちてくる。


「まあ、また邪魔をしに来たの? 本当に鬱陶しい」


 見上げれば、闇の女神が、その身一つで浮き上がり、俺を見下ろしていた。


「「奏太様!!」」


 周囲から、声が上がり、俺と闇の女神の間に淕や、浅沙達護衛役が入る。闇の女神を囲うように、空木たちや蒼穹達も闇の女神を囲った。


 再び鷲の姿となって俺に抱えられていた亘も、抜け出そうと身動ぎをする。でも俺は、亘を闇の女神の前に出すつもりはない。力尽くで押さえれば、


「奏太様!」


という怒声が返ってきた。


「大人しくしてろ! お前は出るな。取り返すのに、どれだけ苦労したと思ってんだよ!」

「そのようなこと、万が一にでも貴方に何かあれば関係がありません! 護衛の仕事をさせてください!」

「ダメだって言ってるだろ! 俺を主と思ってるなら、命令に従――……」


 腕の間から抜け出そうとする亘と格闘しながら、そう言いかけた時だった。首筋にヒヤリとした感触が走り、全身が粟立つ。


「私のことを無視するなんて、忌々しい」


 耳元、吐息と共に、高い声で囁きが聞こえた。それとともに、陰の気がずわっと入ってこようとする感覚がする。初めて深淵に入ったあの時のように。


 しかし、陰の気は完全に俺の中に入ることなく、行き場をなくしたように霧散して消える。


「……何故、お前にあの方の力が……」


 闇の女神が呟いた瞬間だった。

 

 すぐ近くでバサリという羽音が聞こえたかと思えば、人の姿に変わった亘が俺の服の後ろを乱暴に掴んで引っ張って闇の女神から引き離し、その鷲爪で闇の女神の手を思い切り裂いた。


 俺が闇の女神に気を取られてた隙に抜け出したのだろう。


 キャアッ!


という鋭い悲鳴が上がる。

 

 闇の女神は、ポタポタと血なのかどうかも怪しい黒い何かを垂れ流しながら、切り裂かれた自分の手を押さえて亘を睨みつけた。


「せっかく主を探してあげたのに、なんという恩知らずなのかしら。今度は幻覚ではなく、本当に目の前で主を葬ってあげても良いのよ」

「椿、今すぐ、奏太様を遠くへ避難させろ」


 亘は、闇の女神の言葉にギリと奥歯を噛みながら、椿に指示を出す。


「馬鹿か、やめろ! 闇の女神に近づくなって言ってるだろ!」 


 俺は声を張り上げる。でも、亘はこちらを向かない。


 こういう時、亘は本当に引くことを知らない。俺の言葉も聞かない。俺に背中を向けて、真正面から敵に向かい合う。自分がどんな状況でも、俺を守るために。


「聞けよ! 亘!」

「奏太様、お願いですから、きちんとお乗りください!」


 亘の方に身を乗り出す俺に、椿が焦った声をだす。


 俺は亘の背に、グッと奥歯を噛んだ。


「……お前のそういうところ、本当に嫌いだ」


 亘が、というより、こういう状況が。

 たぶん、どれだけ経験しても、これだけは、ずっと慣れることはないのだろう。

 

「光栄です、守り手様」


 亘が、茶化すように笑った。


 ……こういうところも、嫌いだ。


「淕! 亘一人にやらせるな! 闇の女神をどうにかしろ!」

「はっ!!」

 

 俺が声をあげて淕が即座に反応すれば、亘はあからさまに舌打ちをした。淕への対抗心は相変わらずらしい。


 俺は少しだけ溜飲を下げつつ、椿の背を叩く。


「椿、闇の女神は他の奴らに任せる。俺達は、陰の子のところに行くぞ」

「はい」

「巽! お前は、亘のお()りだ。回収して連れてこい!」

「無茶言わないでくださいっ!!」


 巽が悲鳴を上げた。でも、泣き言を言いながらも、巽ならうまいこと口で丸め込んでどうにかするだろう。

 

「汐はこっちだ。できるだけ、俺から離れるな」

「はい、承知しました」

 

 しかし、その直後。すぐに後ろから


「行かせるものですか」


という声が追ってきた。


 それとともに、何か合図があったのか、闇の中から突然、複数の武装した鬼達が現れる。


「お前たち、邪魔者を始末なさい!」


 闇の女神の声が響く。


「奏太様を御守りしろ!」


 空木の声も、同時に響いた。


 闇の女神に従っているのは、見た目はマソホ達と同じ普通の鬼。意思を持ち武器を持つことから、明らかに虚鬼とは違う。

 

「あの中に、少し前まで仲間であった者がいます。闇に飲まれて消えたと思われていた者です」


 浅沙達護衛役と共についてきていたマソホが眉根を寄せる。


「亘さんが闇の女神に従っていた時にも、ああいった者が共にいました。亘さんのように、闇に支配されているのかもしれません」


 あの時、俺の護りに着いていた哉芽が、そう言った。


「もしそうなら、亘みたいに陽の気を使えれば良いんだろうけど……さすがにこの数をいっぺんには無理だな」


 敵味方入り乱れて乱戦状態になっているところに陽の気を放てないし、一体一体どうにかするのは現実的でない。


「私も加勢します。できれば、目を覚まさせたいです」

「…………難しいと思うけど」


 俺はマソホの言葉に眉を顰めた。


 神経を使いながら陽の気で亘の体を焼いて、なんとか体の中の陰の気を祓ったのだ。陽の気もなしに、何とかできるとは思えない。


「引き際はすぐに見極めます。どうか、御許可を」

「……人界、妖界の妖達の邪魔をしないと約束するなら」


 目を覚まさせることができるか試してみるのは良いけど、ほぼ確実に無理だ。そのせいで味方に被害が及ぶのは見過ごせない。

 

「心得ております。無理ならば、安らかに眠れるよう、手を下すつもりです」

「邪魔しないなら、好きなようにしろ」


 俺が許可を出すと、マソホは真っ直ぐに、目指す者のところへ向かっていった。

 

 けど、マソホが向かったところで、大きく形勢が覆るわけではない。

 相手は数が多く、意思がある。淕や亘もその対応に追われ始める。必然、闇の女神に逃がす隙を与える。


「奏太様!!」


 亘の叫ぶ声が聞こえた。

 

 気配のした方に目を向ければ、そこには再び闇の女神がいた。

 すぐに、俺との間に朱達、御先祖様の護衛役達が入る。


「陰の御方様、どうか、おやめください」

「ねえ、朱。さっき触れた時、アレから、あの方の力を感じたわ。お前達がアレを護ろうとするのも、そのせいかしら」


 朱はそれに答えない。四人とも、各々の武器を構えるだけだ。


「答えたくないのなら、それでもいいわ。取り巻く力があの方のものと同化していた。あの子の封印が解け、お前達があの方を守っていないんだもの。あの方は、アレの中にいるのでしょう?」


 闇の女神はフンと鼻を鳴らす。


「忌々しいこと。自分の子を封印したあの方こそ、心を痛めて報いを受けるべきなのに、新たな器で安寧を得ようだなんて」


 そう言うと、俺に憎悪に満ちた目を向けた。


「お前が代わりに報いを受けなさいな。あの子に宿った強大な憎悪に飲まれて、闇の中で永遠の苦しみを味わうの。壊してあげるわ。その身も、精神も。それでも死ねぬ苦痛を味わいなさい」


 ゾッとするほど冷たい声音。


「……奏太様」


 椿が緊張した声で俺を呼んだ。まるで、きちんと俺が自分の上に乗っている事を確かめるように。


「あの子の悲願を叶えてあげれば、きっとあの子も目を覚ますわ。陽の世界を闇の支配下に。陽の子をあの子の奴隷に。あの子を封印したあの方に耐え難い報復を」


 その口元が、妖艶に笑む。しかし、それに答えるように、御先祖様の悲しげな声が頭に響く。


『もう、戻らぬ。ああなってしまった者を戻すことは、誰にも出来ぬ』


 諦め、後悔、それ以上に、悲痛なほどの御先祖様の思いが、直接流れ込んでくるような気がした。

 

『アレは、あの子の発する闇を広げ、憎悪を増幅させ、負の感情を取り込ませ続けたのだ。あの子を目覚めさせる為だけに。しかし、それはあの子を壊す行いだった。封印が解け目覚めた時には、もう、あの子に自我らしい自我はなかった。ただ破壊し全てを飲み込むだけの存在に成り果てていたのだ』


 御先祖様は悔しそうに言う。


『いつか、あの子が自らの行いを悔れば、以前のように戻してやるつもりだった。しかし、もう、戻れぬ。今もなお、虚鬼共を取り込み、力だけを強大化させ続けるあの子を、戻してやる方法は、もう……』


 俺には確かなことは分からない。陰の子の元の姿や性格も知らない。でも、既に自我をなくし、あんな風に闇を発し虚鬼を取り込み続けている姿を見れば、御先祖様の言葉の方が正しい気がした。


 俺に憎悪をぶつけるあの女は、陰の子の母親だったはずだ。封印された我が子を救いたい、そう願ったのだと聞いた。でも本当に、あんな姿にさせてまで成し遂げたかったのだろうか。 


 目の前で笑う闇の女神に、苦い思いがこみ上げる。

  

「我が君、ここは我らが抑えます。どうか、陰の御子様を!」


 俺は朱の言葉にコクと頷いた。


 闇の女神の相手をしていても、闇の拡大は止まらない。それに、話をしたところで、きっと俺の言葉なんて通じないだろう。陽の子孫であり、深く憎む御先祖様が俺の中にいるのなら、尚のこと。


「頼みます、朱さん!」

「待ちなさい!!」


 闇の女神が怒声を上げる。しかし、動こうとしたところを、朱や他の護衛達が取り囲んだのが見えた。

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