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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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251. 御先祖様の思惑①

「俺達は行くけど、淕は、ここに残りなよ」

「いえ、私は柊士様に奏太様を御守りせよと申し付けられており……」

「さっきも言ったけど、どうせ柊ちゃんの事が気になって集中出来ないだろ。亘も嫉妬するし」


 椿の上、起きてなお小さな鷲の姿で乗せられた亘の背を軽く叩く。亘は俺にされるがままだ。

 

 酷い内傷はそのままなのに俺を乗せて行こうとしたので、『まさか椿にも役目を奪われると思ってるのか?』と俺がからかい、『本当に一時も離れたくないんですね』と巽に笑われ、『これ以上、奏太様にご迷惑をおかけするつもり?』と汐に冷たく言い放たれ、『一緒にお乗せしますから、奏太様に抱えていただいたら如何ですか?』と椿に眉尻を下げられた結果がこの状態である。


 今回の事で、亘は完全に皆に弱みを握られ、すっかり立場を無くしたと言える。


「きちんと奏太様を御守りする役目を全う出来ねば、立つ瀬がありません!」

「……殊、奏太様に関わる件では、そんなもの遠にない。大人しく柊士様の下にいれば良いものを」


 亘はボソリと呟くが、これに関しては亘に言えたことではない。もう一度、亘の背を少し強めに叩くと、黙れという意味合いは通じたらしい。


「あの方が人界で身を削っているのに、私だけがあの場に留まり待つだけなど、到底耐えられません!」

「別に待つだけじゃないだろ。ハクを護るのだって、立派な仕事だ」

「あの方の護りには、妖界の者達がいるではありませんか!」


 淕は尚も食い下がる。

 少し前で、朱がゴホンと大きな咳払いをしたのが聞こえた。


 出発しようという話をしてからも、いろいろあったせいで、結構な時間が経過してしまっている。朱は既に痺れを切らしている状態だ。


「若様! お早く!」


 実際、苛立った声が飛んできている。ここで言い争いをして時間を無駄にしていたら、そのうち、朱に本気で怒鳴られそうだ。


「……わかった。好きにしろ」


 そう言った途端、鷲の体のクセに亘から大きな舌打ちが聞こえてきて、俺は、ハアと息を吐き出した。


 ……じゃあ、どうしろって言うんだよ。どいつもこいつも、勝手なんだから。

 


 飛び立つ朱の背を追い、椿が舞い上がる。


「淕に、鬼に、得体の知れない赤い鳥、ですか……」


 亘は周囲を見回し、眉間に皺を寄せる。


「いったい、何があったんです?」

「いろいろあったんだよ、本当に」


 一から説明するのは正直しんどい。けど、説明しないわけにはいかない。

 

 俺は、拠点のトイレからキガクの城まで連れて行かれたところから、白日の廟に行き、ハクに再会し、深淵に行って死にかけ、人界に帰り、鬼界に戻り、朱に会って、亘に再会し、赤眼の鬼に忠誠を誓われ、白日の廟まで来た経緯を、亘に一つ一つ説明していった。


 亘は一応、闇に支配されていた間の記憶があるらしく、基本的には申し訳無さそうに話を聞いていた。

 

 その中で一番衝撃を受けていたのが、俺が人ではなくなったということだった。結を妖に変えてしまった自責の念があるからだろうか。凄く深刻に話を受け止めていた。


「そんなに悪いことばっかりじゃないよ。飲食が不要になったし、陰の気にも耐えられるし、陽の気も強くなった。体の中の陰陽の状態が分かるから、亘を元に戻せたわけだし」

「そんなに単純な問題ではありません。人の身でありながら寿命が無くなったということは、それら全てを合わせても相殺出来ないほどに重たい問題だという事を、貴方はまだ、分かっていないのです」


 亘はそう言うと、表情をそれまで以上に曇らせた。



 朱に着いて進むうちに、どんどんと陰の気が濃く重たくなっていく。ただでさえ深淵の濃い陰の気の中にいるのに、更に濃くなっていくのだ。深淵にあったあの村のように。


「亘、大丈夫?」

「ええ」

「椿は?」

「はい、まだ大丈夫です」


 体の中に陽の気を持つ俺と妖連中では、陰の気への耐性が異なる。亘が持っているものも含めて、御守りには陽の気を補充しなおしているけれど、ちょこちょこ聞いていないと、知らない間に何処かで限界が来るのではと不安になる。


 そうやって次第に濃くなっていく陰の気の中を進んでいくと、朱が進む方向をくいっと曲げ、大きくカーブを描くように下降を始めた。


 降りていく方向に目を向けると、手持ちランタンの光に照らされた、雪のように白い髪の女性と、鮮やかな青髪の男性、やや茶味のある黒髪の男性がこちらを見上げているのが見える。


 更に近づくと、三人の中央に、うっすらとした白い靄のようなものが見てとれた。いったい何かと目を凝らしているうちに、それがまるで幽霊のような透き通った老人であることに気づいて背筋にゾゾゾっと悪寒が走る。


「……え、あのお爺さん、二人にも視えてるよね?」


 恐る恐る尋ねると、亘はコクと頷いた。


「亡霊というやつですかね。強烈な遺恨を残して死んだ人間が、時折あのようになると聞いたことがあります。私もあれほどはっきりしたものは初めて見ますが」

「……え、幽霊って本当にいるの?」

「ええ。いますよ。うっすらとしたものなら、割と」


 まさか、妖や鬼といった実態がはっきりしたものばかりでなく、本当に幽霊までいるとは思わなかった。


「そういえば、妖界で白月様が、落武者の霊の群れに女神と崇められたことがある、と璃耀様が以前に仰っていましたね」


 椿に言われて、今の今まで忘れていた話を思い出した。確かに、ハクが妖界でした武勇伝の一つにあったはずだ。


「落ち武者の霊の群れとか、絶対に会いたくないな」


 いったい何があれば、そんな者達に女神と崇められることになるのかも不明だけど。


 そんな無駄口を叩いている間に、朱がスッと地面に降り立つ。すると真っ先にその白い靄のような老人の前に跪いた。


「遅くなり申し訳ございません。我が君。若様をお連れいたしました」


 朱が我が君と呼びかけ頭を垂れたのだ。その幽霊みたいな老人こそが、俺達の先祖であり、秩序の神だということだ。


 まさかの見た目に呆然としながら地面に降りると、俺に目を留めたその老人に、ジロリと睨まれた。


「早くせよと申したにも関わらずこれほど遅くなっておきながら、幽霊だなんだと、よくもそのような口が叩けたものだな、小僧」


 聞き覚えのある声に、出会い頭で早速詰られた。


 ……ていうか、地獄耳かよ。


「……すみません……」

「まあ良い。勝手に他の神の眷属になった(うぬ)に先祖の偉大さを教え込んでやるつもりだったが、事情が変わった。力を貸してもらうぞ、小僧」


 やっぱり御先祖様は、陰の子の封印が解けるついさっきまで、俺達の先祖が何たるかを教える事を、俺を呼んだ本題だと思っていたようだ。俺にとっては、そんなの、無視して良いレベルのただのついでの用事だったのに。 

 まあ、御説教は免れたっぽいから別にいいけど。

 

「力を貸すのは良いんですけど、何をすれば良いんですか?」

「ひとまず、こちらへ来て、我の手に触れよ」


 御先祖様は透き通った手を、スッとこちらに伸ばす。


 人の姿に変わった亘を含め、護衛役達を連れてぞろぞろと近くまでいくと、御先祖様の護衛らしき三人に、俺の護衛役達が足止めされた。


「我が君に近づいて良いのは、我が君に呼ばれた若様、御一人だけだ」

「……しかし……」

「俺は、大丈夫だよ」


 不安気な表情を浮かべる護衛役達に、俺は少しだけ笑って見せる。

 ……けど、幽霊みたいな御先祖様の手に触れるのは、正直ちょっと抵抗がある。

 夢の中で体の状態を調べると言っていたから、危害を加えるつもりはないとは思うけど……


 俺は、御先祖様の護衛達に囲まれながら、透き通ったその手に恐る恐る触れた。


 思ったとおりというか何というか、冷っとした感触がして、背筋にゾゾゾッとしたものが走る。まさか体を素通りするのでは、と危惧したけれど、一応実態はあるようだ。


 御先祖様は俺の手に触れながら、そっと目を閉じた。


 しばらくそうやって、黙り込んだままじっとしていたかと思えば、突然パッと目を開け、今度は俺の目をまじまじと覗き込む。居心地が悪くて目を逸らせば、


「きちんとこちらを見ろ!」


と叱られた。

 

 ……そうしてほしいなら、何をしているのか、ちゃんと説明してほしいんだけど……

 

「……ふむ、これなら、問題なく塗り替えられそうだな」

「え、塗り替えって?」

「汝をよくわからぬ神の眷属から外してやる」

「え? いや、あの、一応、主様は命の恩人なんですけど……」


 そう言うと、御先祖様に射殺さんばかりの目で睨まれた。


「主様だと!? 陽の神と秩序の神の子孫が、どこの馬の骨とも分からぬ神に頭を垂れるな!!」


 この至近距離で思い切り怒声を浴びせられ、ビクッと肩が跳ねる。


 ……いや、だから、そんなのあの時は知らなかったし……


 心の中でしか文句を言えない自分が情けない。


「このような愚か者では不安しか残らないが……仕方がない」


 御先祖様はそう言いながら、苛立たしげに息を吐き出した。


「汝ら、わかっておるな?」


 御先祖様は俺の手を掴みながら、朱を含む自分の護衛たち一人ひとりに視線を向ける。


「御心のままに」


 一人が代表して、静かにそう答えた。

 御先祖様は一度それに頷くと、再び俺に視線を戻す。

 

「汝に我の全てをくれてやる。残った神力、全てだ。代わりに、汝が我が義務を果たせ」

「……は……はい? 力に義務って、一体どういう――」


 そう言った時だった。自分の手から、急に冷たい何かを流し込まれたような感覚がし、その瞬間、体の中を無理やりかき混ぜられるような苦痛と激痛が走りぬけた。


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