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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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249. 闇の訪れ①

「……封印が、解けた……?」


 闇の女神の言葉を繰り返した時、ふっと闇の女神の姿がかき消えた。


 代わりに、朱が焦ったように飛び込んでくる。


「若様! 緊急事態です! 陰の御子様の封印が……!」

「今、闇の女神がそう言って突然消えました。都と城を飲み込んで、ようやく満ちたって」


 恐れていた事態に陥ってしまった、ということだ。

 

 祓ったはずの深淵よりも更に濃い陰の気。それが先ほどまで無事だった場所まで飲み込んで、見える限りすべての場所を包みこんでいる。もしかして、鬼界全体がそうなってしまったのだろうか。


「朱さん、白日の廟は? 大岩はどうなってますか!?」

「日中に注がれていた陽の気と人の世に有る気の力で、まだ、なんとか持ちこたえています。ただ、もう夜。姫様が人の世に呼びかけ、協力を求めてはいますが、長くは持たないでしょう。姫様やあちらにいる若様の気の力に頼る他、ありません」


 『あちらにいる若様』とは、おそらく柊士のことだろう。ここから先は人界に光が満ちる夜明けまでの持久戦となる。でも、二人の陽の気だって、無限じゃない。


「俺も、白日の廟に……」

「いえ、若様は我が君がお呼びです。封印が解けてしまった今、一か八か、姫様ではなく、半神となられた若様の御身体と力に縋った方が良いと」


 ハクではなく、俺に。本当に気味が悪いほど、予言の通りになっていく。


 ドクドクと、嫌な感じに心臓が音を立てる。

 

 もしもこのまま本当に予言の通りになるのなら、たぶん、世界が滅びるような事にはならないだろう。少なくとも、ハクが自由を得る未来はくるはずだから。


 ……というか、そうでも思わないと、不安で押し潰されそうだ。


 俺はぎゅっと拳を握った。


「……わかりました、行きます。でも、やっぱり一度、廟に向かいたいです。ありったけの日石に陽の気を込めて、少しでも結界を守れるようにしておきたいから」


 ハクと柊士の気の力だけでは、たぶん夜明けまで持たない。日石がどれ程意味があるものになるかわからないけど、無いよりはマシだろう。

 

 ハクの自由だけじゃなく、人界の未来が今まで通りに回っていくように、今、できるだけのことはしておきたい。


「仕方がありませんね。けれど、どうかお早く。一刻を争います故」


 俺は、周囲の者たちを振り返る。巽と亘に目を向ければ、御守りで一時的に張られた陽の気の結界のようなものは、既に消えてしまっていた。


「巽」

「はい」


 声をかければ、巽は亘を抱えたまま俺の近くまで来て、頭を垂れる。

 

 ただ、俺は命令をするために呼んだわけではない。片手で巽の手を取りもう片方の手で亘の翼に触れた。


「そ、奏太様?」

「静かにしてろ」


 二人とも、体の中には今まで通り、灰色の気が流れている。俺は安堵の息を吐いた。


「念の為だけど、闇の女神に触れられてないよな?」 

「ええ。御守りのおかげで」


 以前、俺が闇の女神に会った時には、触れられた途端に濃い陰の気が入ってきた。触れられずに済んだのが良かったのだろう。


 亘の首にかけていた結の御守に触れれば陽の気は既に残っていなくて、もう一度陽の気を込めようと思ったけど、もう気の力が入っていかなかった。


 御守りがその役目を終えたんだろうと、何となく、そう思った。


 俺は亘の首からそれを外し、また自分の首にかける。御守りとしての力を失っても、俺にとっては別の意味があるものだからだ。陽の気は入ってなくても、従兄姉二人の思いが詰まってる。


 それから俺は、鬼の遺体の山の前で未だ呆然とする赤眼の鬼に視線を向けた。

  

「お前にも来てもらうぞ。日石を集めてもらう必要がある」

「奏太様、しかし……」


 椿が不安気な声を出す。でも、この鬼は、俺やハクに危害を加えないように誓わされ済みだ。そこまで心配は要らないだろう。


 赤眼の鬼は俺に視線をとめると、切実さの籠もった瞳で、俺の目をじっと見上げた。

 

「……本当に、この地を救ってくれるのか? これほど闇に侵食されたこの地を……本当に……?」

「……確実なことは言えない。でも、このまま放っておけば、俺達の故郷が危険なんだ。俺にできる限りのことはするつもりだ」


 俺が言い切ると、赤目の鬼は覚悟を決めた様に、ぎゅっと目を閉じた。

 それから、ガバっと勢いよく俺に向かって頭を下げる。

 

「あの時申し上げた通り、私の忠誠を貴方様に捧げます。私をどの様にお使いいただいても結構です。ですから、どうか私にも、この世を救うことに、力を尽くさせてください」


 今までとは打って変わった丁寧な言葉。その態度に、必死さが表れていた。


「……お前、名前は?」 

「奏太様!」


 護衛役達は声を荒げるが、この緊急時。役に立ちそうなものは、何だって使うべきだ。

  

「ここで止めなきゃ世界が滅びるって時に、(いさか)いを起こしてる場合じゃないだろ。それに、俺とハクには危害を加えられない。鬼界の事を知ってる奴の協力を得られるなら、そのほうがいい」


 護衛役達はグッと口を噤む。

 俺は小さく息を吐いてから、赤眼の鬼に視線をもどした。


「それで、名前は?」

真朱(マソホ)と申します」

「マソホか。分かった。言っておくけど、世界を滅ぼすつもりが無いなら、邪魔はするなよ」

「もちろんです。感謝申し上げます」

 

 マソホはそう言うと、もう一度、深く頭を下げた。


 一応、受け入れはするけど、完全に信用するわけでもない。


「大丈夫だとは思うけど、見張りは頼むよ」


 空木に目を向けて言えば、しっかりとした、了承の声がもどってきた。

 

「承知いたしました。守り手様」



 椿に乗り朱について白日の廟に向かう。亘は巽に任せたままだ。闇の女神は何処かに消えたし、しばらくは大丈夫だろう。


 都は全体が深淵に包まれ、城の一部、白日の廟を中心とした一帯だけが、唯一、深淵の闇から逃れられているようだった。

 

 闇に呑まれず辛うじて残っている場所には、たくさんの鬼たちが身を寄せあっていた。都から逃れて来た者たちも多いのだろう。見る限り、貧富の差関係なく集まり怯えている。


 白日の廟がある塀の外に降り立つと、鬼たちがざっと場所を空けた。邪魔をされなかった事が意外で目を瞬くと、朱が小さく笑う。


「妙な邪魔立てをさせぬよう、ここに来る前に姫様に陽の気を見せつけて頂いたのです。日の力を使う方々がこの世を救ってくださると、妖達に喧伝していただきながら」


 ハクは、鬼界に来た当時も女神と崇められていた。これで鬼界が救われたら本当に名実ともに鬼界の女神になってしまいそうだ。


「私は、姫様を乗せていたので、ここの者にとっては、女神様の使いなのですよ」


 いたずらっぽく言う朱に、俺は思わず苦笑を漏らした。


「空木、マソホと同行する者を数名選んで、城にある日石を回収してくれないかな。危険があれば、無理せず引き返してきていい。それから、そいつが裏切るようなら、対処は空木の判断に任せる」

「はい、仰せの通りに」


 できるだけ命は奪いたくないけど、俺にだって優先順位がある。この緊急時に、忠誠を誓うとか言っておきながら裏切るような真似をするなら、仕方がない。


 チラとマソホに目を向けると、その赤目でじっと俺の目を見つめてから恭しく頭を下げた。


「そのようなこと、あろう筈がありません。すべて、御心のままにいたします」


 空木が同行者を選んでいる間に、俺達は廟がある塀の内側に入る。そこにも鬼たちがいたけれど、先ほどと同じように、ざっと道が作られる。


 廟の扉の前では、妖界の者たちが何者も通さないように壁を作って、大岩と、中に居るであろうハクを守っていた。

 

「汐、ここにいる者たちから、例のお守りを回収して。一部は陽の気を込めて、大岩に気を送る助けにする。俺に着いてくる者の分は、陽の気を込め直して戻すから。誰か、汐の手伝いを」

「はい、すぐに」


 俺が声をかければ、汐と数人が動き出す。俺が廟の扉に近づくと、妖界の者たちは俺のために道をあけた。


「中は陽の気に満ちてて妖は入れない。椿たちも、妖界の者達と一緒に、ここを守ってて。御守りと日石の回収が済んだら声をかけてほしい」

「わかりました」

「朱さんは……」

「私は、若様や姫様のような力は持ち合わせていませんが、体は陰にも陽にも対応出来ますから、中へお供いたします」


 朱と共に廟の中に入ると、ハクが難しい顔で大岩に触れていた。


「ハク」

「奏太? 御先祖様のところに行ったんじゃ……」

「ここに残る者達の御守りと日石、あと、大岩様に陽の気を注いでから行こうと思って」


 俺が答えると、ハクはじっと大岩を見つめる。


「―― うん、今ここにいる。無事だよ」

「柊ちゃん?」


 誰かと話す素振りを見せるハクに問うと、ハクはコクと頷いた。


「柊士、心配してるよ」

「人界はどうなの?」


 俺はそう問いながら、日石置き場から日石を集め、更に鹿鳴が賄賂に使うと言っていた小さな日石を廟の端からかき集める。鹿鳴から何かに役立ててほしいと自分に渡された日石と合わせると、結構な数になった。


「少しずつ、大岩様の周りの草木が枯れ始めてるみたい。たぶん、こっちに陽の気を奪われてるんだと思う」

「柊ちゃんは、あっちから陽の気を?」

「うん。そうは言っても、私もそうだけど、ずっと注ぎ続けられるわけじゃないから、どうしても応急処置にしかならないんだけど……ねえ、奏太、柊士が話したいって」


 俺は日石を大岩の近くにまとめて置きながら、ピタリと手の動きを止める。なんだか、柊士と今、話をするのは少しだけ躊躇われた。


 これから、柊士とハクにはここを守ってもらい、一人で闇を抑えに行かないといけない。護衛役達はいるけど、それでも、同じ立場の従兄姉たちは居ない。

 

 自分にどうにか出来なかったら、鬼界も人界も、たぶん妖界だって巻き込んで、世界が滅びてしまうのだろう。

 そう思うと、不安で仕方がなくなる。


 今までは、ここまで切羽詰まった状況ではなかった。ハクもいたし、二人でだったら何とかなると、漠然と思っていた節がある。


 でも、ここからは違う。

 俺一人だ。


 今、柊士と話したら、なんとか気を張って重圧に耐えているのに、心細さにポキリと折れてしまいそうな気がした。いつも、困った時には助けてくれた従兄に、俺はきっと、どうしようもなく頼りたくなってしまう。


「奏太、柊士に声を聞かせてあげて」


 そう言われ、恐る恐る、大岩に触れて陽の気を流す。


「奏太」


 柊士の声が、明瞭に聞こえた。


「奏太、お前、大丈夫か?」

「……大丈夫だよ」


 柊士から発せられた、いつのも通りの声。思わず反応が一拍遅れ、すぐにヘラっと笑いながら答えると、向こうからの柊士の声も、一瞬途絶えた。


「……何があった、奏太」

「何でもないよ。大丈夫だから」

「奏太、ちゃんと言え」

  

 さっきまで、自分がどうにかしなきゃと、自分がやらなきゃならないと、そう思ってたのに、こう言われると心が揺らぐ。

 ちゃんと決意して、どうにかするからと柊士に大見得切って鬼界に来たはずなのに。


「……ホント、何でも……」

「奏太」

 

 もう一度呼びかけられ、答えられずに口ごもる。


「隠すな。気になってることがあるなら、ちゃんと吐き出せ」

 

 うぐっと喉に言葉が詰まる。ゴクリと自分の中に飲み込もうとしたのに、そのまま、口をついて出たのは、どうしようもなく情けない弱音。

 

「…………鬼界のほとんどが闇に呑まれて、陰の子の封印がとけた。そんな状況で、御先祖様に、一か八か、俺に縋るしかないって言われたんだ。それはつまり、俺がどうにか出来なかったら、全部滅びるってことだろ? 鬼界も、人界も、里も、家族も、友達も……ハクや柊ちゃんだって…………全部…………」


 御先祖様のところで何があるのか分からない。でも、俺に縋るしかないと言われたのに、その俺にもどうにも出来なかったら、全てが終わる。俺が今まで生きて見てきた世界の、全てが、だ。


 朱に急げと言われて、それでも無理やりここに来たのは、日石のこともあるけど、何より、一人で立ち向かわなければならない怖さがあったからだ。

 

 もう一度、ハクの……同じ立場に置かれた、従姉の顔だけでも見ておきたかった。そして、見えずとも、大岩の向こうで戦っている従兄の存在を感じておきたかった。そうしたら、また、立ち向かう勇気が湧くと思った。


 でも、二人の存在を肌で感じたら……それを取り巻く多くの者たちの顔を見たら、逆に、無性に怖くなってしまった。ここにいる者たちを失うのではと……その行方が、自分の肩にかかっているのだと……


「……世界が滅びるかもって状態なのに、結局何も出来なかったら……俺は、いったい、どうしたら……」 

「奏太」

「一か八かって、失敗する可能性も高いってことだろ。……もしも……もしも、そんなことになりでもしたら……」

「奏太、落ち着け」


 柊士は、大岩の向こうで言い聞かせる様な声を出す。心が揺れて、どうしようもなく不安に陥った時、いつだって支えになってくれていたのと同じ声。


「言っただろ。全部背負うな。お前は、お前がやれることだけすれば良い。何かあっても、誰もお前を責めたりしない。だから、失うことを恐れて立ち止まるな。弱くていい。みっともなくたっていい。頼れるものは全部頼って、前だけ向いて、振り返るな」


 それは、いつか柊士に言われたことによく似た言葉。その時には、『生きて果たすべき役目を果たせ』と、そう言われた。


「俺はここで、俺の役目を果たす。俺が護るものの中に、お前が護りたいものもあるはずだ。白月だって同じだ。お前を護る護衛役も案内役も里の武官も妖界の連中も、自分の役目をきっちり果たす。それが、すべてを護る事に繋がる。お前は一人じゃない。全部繋がってる。だから、自分だけで、全部背負うな」

 

 一人じゃない。そう、柊士に言われることが、どれ程心強いか。


「大丈夫だ、奏太」


 問いかけではなく、今度は受け合うように。

 

 気付かないうちに、一粒の涙が頬を伝った。


 不意に、ポンと、俺の背中を支えるように、ハクの小さな手が添えられる。それから、廟の扉のほうにその視線が向いた。


 見れば、椿や汐、護衛役達、人界の者たちが、中に入りたくても入れずハラハラするような顔で、こちらを覗き込んでいる。


「大丈夫。一人じゃない」


 ハクが同じように、扉の向こうを見ながら言った。

 

「……うん」


 俺は腕で、グイッと涙を拭う。


「うん。俺は、一人じゃない。きっと、大丈夫だ」

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