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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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246. 陰と陽の神話

 深淵から出て夜空を突っ切り白日の廟に向かうまでの時間、朱は俺達が亘の相手をしている間に起こったことを説明してくれた。

 

 曰く、闇の女神はやはり、亘を使って俺、正確には、陽の気の使い手を手に入れようとしていたらしい。

 ただし、その為には強い力を持つ朱が邪魔だった。だから、闇の女神は朱を誘き出し、別の眷属を使って足止めしようとしていたそうだ。


 闇の女神が俺達を手に入れようとする目的は、闇に満ちた後の世界で、我が子が治める世界に陽の恵みをもたらす為。


 封印された息子である陰の子を取り戻し、陽の子に奪われた世界を陰の子の手に渡したい。しかし、闇ばかりを広げたところで、深淵のような死の土地になっては意味がない。だから、深淵に飲み込んだ土地に、陽の力を与える奴隷が欲しかった。


 闇が世界を飲み込むまで深淵の奥底に俺を囚えておき、すべてが終わってから、陽の気を使わせようとしていたと。

 

『陽の子孫なら、ちょうどいいでしょう? あの子の苦しみを味わわせてあげるの』


 闇の女神はそう言ったそうだ。

 

「陰の御方様は、復讐の為、陽の気を都合よく利用する為、陽の御子様をどうしても手に入れたかったようです。しかし、心を支配した眷属が失敗し、大層悔しがっておいででした」 

「陽の子孫っていうのは、俺やハクのこと、ですよね?」


 確か、朱が拠点を訪れた時にも、そう言っていたハズだ。陽の子の血筋だと。

 

「ええ、仰る通りです。貴方様方は、我が君である秩序の神と陽の御方様との間にお生まれになった、陽の御子様の御子孫。故に、貴方様方に、陰の御方様の恨みが向いてしまっているのです」


 そもそもの発端は、陽の子と陰の子との間に起こった諍いだったと、朱は言う。


 赤眼の鬼の話では、大きな争いに発展したあと、秩序の神が明るくて協調性のある陽の子に肩入れしたと言っていた。

 でも実際には、陰の子が陽の眷属とそれに連なる陽の守護下にあった妖を虐殺して残らず滅ぼしたのが、封印の原因だったらしい。


 主様も言っていたけど、神が地上の理に手を出しすぎるのは禁忌らしく、陽の眷属までならまだしも、陽の守護下にあった妖を虐殺し滅亡させたのは明らかにやり過ぎだった。


 同じ種族を虐殺された、陰の守護下にあった妖は、恐怖や疑念、不信感などから、多くが陽の側についた。

 

 そして、陰の子は、神々の怒りを買って神力を奪われ封印された。


 一方で、喧嘩両成敗という言葉がある通り、陽の子もまた、封印こそされなかったけれど、神力を奪われて地上におとされたらしい。


 そしてその後、その陽の子が妖と混じって時代がくだり、最初の大君が生まれた。


「……そこから更に時が立って、俺たちに繋がってると」 


 こうやって聞かされると、何とも壮大だ。神話時代の話から、最初の大君の話に繋がり、現在の俺たちまで続いているわけだから。


「陰の御方様は、陽の御子様の子孫である貴方がたに憎しみを向けています。そればかりか、陽の力を利用しようとしているわけです」 

「闇の女神は神様なんですか?」


 ハクの質問に、朱は首を横に振る。

 

「陰の御子様の封印を解くために、地上の秩序を司る我が君の御命や陽の御子様、陽の御方様の御命を狙い、更に、陽の守護下にある者達を脅かし始めたため、同様に神力を奪われました。陽の御方様が鬼の世との陽の御子様の世となる人妖の世との間に結界を御創りになった際に、この鬼の世に閉じ込められたのです」


 陽の御方様とは、陽の子の母親らしい。その母親が我が子を守る為、我が子が治める土地の為、自分の神力を犠牲に作ったのが、鬼界と人界の間にある結界だったと。


「陽の御方様は、まだ何処かに?」


 まだ何処かにいるなら、もしかしたら結界の補強に手を貸してもらえるかもしれない。そう思ったけど、朱は悲しげに声を落とした。

 

「いえ、世を分ける結界に力を使い果たし、そのまま……」


 子の犯した罪を償い、子と、その子が守る世界の為になれるなら、そう言って、陽の御方様は自分の力をすべて投げ売って結界を創り上げたのだそうだ。

 

「……我が君もまた、自らの力を削りながら、陰の御子様の発する闇を抑えていらっしゃいます。数千年もの間、ずっと」


 陰の子を封印したのは、秩序の神自身だったそうだ。

 

 しかし、神ではなくなり封印されても我が子は我が子。心から反省し罪を認めて陽の者達に詫びさえすれば、いずれ解放してやるつもりだったのだという。

 

 いつか過ちを認め、陰の守護下にある者達を、陽の子と協力しながら、同じように率いて秩序を守っていってくれると、そう信じて、ずっと待っていたのだと。

 

 それにも関わらず、陰の子は父を恨み、陽の子を恨み、この世を恨み、憎悪を募らせ、封印では抑えきれないほどの闇を広げていった。


 秩序の神は、我が子の犯した罪を償い、この世の秩序を守る為、自らの力を削りながら我が子が生み出す闇を抑えるようになった。


「それにも関わらず、闇の御方様は、この鬼の世の各地で諍いを起こしては陰の御子様の憎しみと共鳴する闇を広げていくようになりました」


 陰の子が広げた闇に飲まれた憎しみや悲しみなどの負の感情は、闇に溶けて封印された陰の子の力となり、その感情を抱いた身体の持ち主は虚鬼と化した。


 虚鬼は、夜な夜な外に出ては鬼たちを襲い、更に怒りや憎しみといった負の感情を生み出し、それがまた闇に溶ける。

 

 闇の女神は、時に亘のように意思が強い者を惑わし取り込んで、自分の手足として使うこともあったらしい。


「強い意思を持つ者は、闇に心を溶かすことはありません。しかし、陰の御方様は、その強い意思を逆手にとって、その者を惑わすのです。その鷲は、若様を思う強い心をあの方に利用されたということです」


『主を取り戻したいと強く願うから力を貸してあげたのに、まさか、陽の子孫に取り返されるなんて』


 闇の女神は、亘の中にある自分の力が俺に祓われた事を感じ取ったのか、朱の前で忌々しげにそう言ったそうだ。


 剥製のように膝の上にいる亘の翼を俺がそっと撫でると、ハクが小さく息を吐いた。


「こうなる前に闇の女神を止めることは出来なかったんですか?」

「我が君の眷属は私を含めて四名。我が君は封印を維持するのに精一杯ですし、護衛三名は一人でも欠けた隙に、陰の御方様が我が君を狙うため、その場を離れられません。自由に動き眷属を集めて力を得ていく闇の御方様をおさえるのは容易ではなく、私だけが情報を集めるために飛び回っていましたが、とてもあの方を止めるには至りませんでした」

 

 それでも、今まではある程度、深淵の広がりを御先祖様が抑えていたらしい。けれど、闇の女神の暗躍によって陰の子の力が増していき、それに反比例するように、御先祖様の力が次第に弱まってきた。今、急速に闇が広がっているのはそのせいだ。


「鬼の世を飲み込むほどに陰の御子様の力が膨れれば、封印がどうなるかわかりません。そして、結界石を飲み込み結界が崩れ、人妖界に闇が広がれば、陽の守護下にあった者達は滅びの道を辿るでしょう。陰の御子様の憎しみに飲み込まれて」


 陰の子の憎しみは俺達血筋の者達にだけではなく、陽の子に守られていた人妖界に住む者すべてに向けられているのだと、朱は言う。


「それでも、いかに闇の御方様が暗躍しているとは言え、本来、中央に闇が届くのはもう少し先のはずでした。故に、今、貴方様がたを我が君の元へお連れすれば、十分に間に合うと思っていたのです。しかし……」

「さっき言ってた、危機、ですか?」

「ええ。どうやら、中央で死を撒き散らした愚か者がいるようです。闇の御方様は、貴方様を手に入れる事を後回しにし、突然、私の前から姿を消しました」


 周囲に死を巻き散らせば、闇の女神の眷属がやってくる。あの赤眼の鬼が言っていた。闇に飲み込み、深淵を広げる為に。


「今、中央には深淵から逃れた多くの民がいるはずです。それらがすべて闇に呑まれれば、彼の方の封印も心配です。今は、闇を抑え中央から遠ざけることが、何より重要なのです」


 まさか、御先祖様のところに到着する前に、世界の危機に直面することになるとは思わなかった。


 ……どうか、間に合いますように。


 俺は、朱の向かう先を見据え、ゴクリと唾を飲み込んだ。

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