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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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245. 大竜巻のあと

 亘を抱えて落ちた時には、深淵にわずかに残っていた枯れ木の残骸や、竜巻に巻き込まれた虚鬼や大ムカデの死骸があちこちにあって、地上はかなり悲惨な状態だった。

 

 妖界の者にも人界の者にも負傷者がでていて、あちこちで手当を受けている姿が見える。


 亘が生み出した竜巻は、ようやくこの場を離れ、暗闇の向こうにずりずりと移動している最中だ。

 

「亘さんの術が、こんなに危険なものだとは思いませんでした。人界で使えないはずです」


 ようやく落ち着きを取り戻した巽が、前回同様、未だ俺の服を掴んだままそう言った。


「俺もそう思うけど、そろそろ放してくれないかな」


 そう言ってみたけど、巽は無視だ。相当怒っているらしい。けど、無視は良くないと思う。


 汐も、プリプリ怒りながら情報収集にいってしまったし、椿にはずっと睨まれている。浅沙達は困った顔でこちらをみているだけだ。


「だから、ごめんって!」


 さっきから、いったい何度繰り返したことか……


 俺の腕の中には未だ、亘がいる。小さな鷲の姿で意識を失ったままだ。でも、灰色になった陰の気が体の中を循環しているので、ちゃんと生きているし、たぶん、闇を祓えたのだと思う。

 

 問題は、随分と陽の気で体を焼いてしまったこと。

 体内の陰の気を祓うために陽の気を使ったので、亘は外傷よりも内傷の方が酷い。


 今は温泉水を、体の外からかけつつ地道に飲ませているところだ。これ以上闇に支配されないように、陽の気のこもった日石もどきの御守りも首からかけた。


「あれほどの事態を引き起こしたのです。このまま咎め無しとはいきませんよ」

「……わかってるよ。でもそれは、人界に戻ってからでいいだろ」


 亘を抱えたまま放さない俺に、淕は仕方がなさそうにそう言った。


 

「奏太、亘はどう?」

「気の流れは大丈夫だけど、体の方は何とも言えない」

「そう」


 いつの間にか戻ってきていた朱と共にやってきたハクは、そう言いながら、そっと亘の翼に触れる。


「……ハクは……その、大丈夫なの?」

「大丈夫って? ちょっと話してくるとか言ってまんまと亘に捕まって空高くに連れて行かれた上に、そこから真っ逆さまに落ちてきたことを言ってるんなら、たぶん何年か寿命が縮んだと思うけど?」

「す、すみません……」


 軽く睨みつつ言うハクに、素直に謝る。でも、俺が言いたいのはそれじゃない。


「聞きたかったのは、そのことじゃなくて……その……」

「じゃあ、何?」

「……えぇっと……亘のこと……なんだけど…………あれ以来かなって……思って……」


 たぶん、亘とハクが会うのは、あの湊の一件以来。亘の様子が何処かおかしくなったのも、元はと言えばあの頃からだ。被害者の方が、何とも思っていないわけがない。


 ハクは、俺が言おうとした事に気づいたように、ほんの少しだけ肩をすくめた。


「……正直なところ、前みたいに接するのは、ちょっと無理かなぁ。あの時の事情は理解しても、人の姿の亘の前に行くのはやっぱり怖いと思うし。ただ、今はただの人形にしか見えないから」


 ハクはそう言うと、サッと亘の翼を撫でる。


「亘が目覚めて、ちゃんと元に戻ってたら伝えて。謝罪は必要ない。でも、ちょっと時間をちょうだいって」

「……うん。わかった。ホント、ごめん。あの時のこと、ちゃんと謝りたかった。その後のことも含めて……言い出すタイミングがなくて、こんなに遅くなっちゃったけど……」

「謝罪は必要ないったら。事情は理解するって言ったでしょ」


 ハクは仕方がなさそうに笑うと、すぐに表情を引き締めた。


「それより、今は目の前の事を何とかしよう」

「目の前のこと?」


 俺が言うと、ハクは朱の方を振り返る。

 

「さっき、朱さんと話をしたんだけど、ちょっとまずいことになってるっぽいの」


 ハクがそう言うと、朱が一歩前に出た。


「この鬼の世と、人妖の世との結界が脅かされているやもしれません。我が君にも知らせは送りましたが、姫様と若様の力をお借りしたく」

「結界が? でも、それなら、今から御先祖様のところに行って……」


 しかし、朱は深刻な表情で首を横に振る。


「今、まさに危機にあるかもしれぬのです。先に、そちらの対処が必要です。中央に行かねばなりません」

「中央っていうのは?」

「白日の廟だよ。そこに闇が迫ってるんだって。あの大岩は人界の大岩様に繋がってて陽の気が流れてる。そこが、万が一闇に呑まれたりすれば……」


 ハクの言葉に、背筋がゾッとした。


「闇が、人界に伝わっていくってこと?」


 人界の者達がざわめく。白日の廟が闇に呑まれて真っ先に伝わっていく先は、大岩様の神社。本家と里の直ぐ側だ。淕の表情が真っ青に変わる。


「それだけではありません。中央にある大岩は、人妖界と鬼界にまたがる、この鬼の世と人妖の世を隔てる結界の要となる石。それが闇に支配されれば、世界を隔てる結界そのものが崩壊します」

「あの大岩が、結界石ってこと? それに、人界とまたがるってことは……」

「やっぱり、大岩様が結界石だったってことだね」


 ハクが額に手を当てて、ハアと息を吐き出した。

 

 結界石を失い結界を崩壊させる事は、最も避けなければならないシナリオだ。


 もしもそんな事になれば、人界と鬼界が何の隔てもなく繋がってしまう。しかも、気づけば、もう夜だ。人を食料にする鬼も、虚鬼も、あっという間に人界に雪崩込んでくるだろう。


 それだけじゃない。闇が人界に届けば、陰の気に耐えられない人間は真っ先に滅びるし、人界にある闇の眷属の封印が解けるかもしれないと主様は言っていた。あの神社の地下にいた悪鬼みたいな奴の封印が、いくつも。


 人界にいる大事な者達の顔が思い浮かび、心がざわざわと騒ぎ始める。 


「それで、俺達はどうすればいいんですか?」

「中央まで行き、闇を祓って頂きたく。詳細は、道中でお話しいたします」


 朱はそう言うと、燃えるような真っ赤な色の大きな鳥に姿を変えた。椿の鷺の姿と比べても二回りくらい大きい。


「姫様と若様はこちらにお乗りください」


 朱の言葉に、周囲の者達がざわりとし、慌てたように声を上げた。


「なりません、白月様は、妖界の者がお運びします」

「奏太様も、我ら護衛役にお乗りください!」


 俺とハクは顔を見合わせる。

 

 皆が俺たちを心配してくれているのはわかる。でも、朱からしっかり話を聞いておきたいのも確かだ。白日の廟につく前に、何が起きているのか、状況を掴んでおきたい。


「俺は、朱さんに乗せてもらうよ。椿達は周囲の護衛を頼む。亘は俺が抱えていく。巽は、少し下を飛んでな」


 俺が言えば、巽はヒクッと頬を引き攣らせた。


「……奏太様」

「別に、わざと落ちたりしないって。何が起きるか分かんないし、念の為、だよ」

「なら、私も朱さんに乗せてもらうよ。聞きたいこともあるし、奏太の見張りが必要でしょ?」


 ハクは苦笑しながら、俺の護衛役達を見回す。


「白月様」

「大丈夫だよ、璃耀。先を急がないといけないけど、情報は必要でしょう? 行きながら聞くのが一番効率がいいもん。蒼穹、周囲の護りと何かがあった時の対応はよろしくね」


 俺達は、不満顔の皆を他所に、さっさと朱の背に向かう。


「大事な御子様方を危険に晒しはしない。安心せよ」


 朱はそう言うと、大きな翼を広げた。

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