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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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243. 亘の思惑①

「私も、行きます」


 すっと柾が前に出る。


「勝手にしろ」


 柾の望むようなことは起きないと思いたいけど、万が一のことがあっても柾なら問題なく戦える。無闇に俺を止めるようなこともしない。好きなようにすればいい。


 亘に近づけば、その表情がようやく少しだけ見えた。ハクを自分の手で斬ったと知った時と同じ顔。深い後悔の滲む表情。


 俺はその前に、すっとしゃがんで片膝を地面につけた。


「顔を上げろよ、亘」


 しかし、亘は顔を上げない。地面に爪を立て砂を握り込むように、その手には強い力が込められていた。


「亘」


 もう一度、名を呼びかける。それでも、地面に視線を向けたまま亘が動く様子がない。


 仕方なしに亘の顔に手を伸ばして、顎を無理やり上げさせれば、亘らしくもない、まるで縋るような視線とぶつかった。


「……亘……? お前……」


 そう言いかけて、ふと気づいた。亘に触れるその手から、体の中の気の状態が伝わってくる。

 

 そこに流れていたのは、未だに妖達のそれとは異なる黒く濃い陰の気の色。胸の部分を蝕むように黒く塗りつぶされているのもあの時のまま。


 思わずサッと亘の顔から手を引き、ジリっと足が少しだけ後ろに下がった。


 ……さっきの目もそうだ。たぶん亘はまだ、正気になんて戻っていない。


 あの時に陽の気を使ったことで、俺が偽物ではないという事に気づいただけで、未だ、正常とは言えない状態なのだろう。


 そのまま連れ帰るだけじゃ、いつ何があるか分からない。ひとまず拘束して、落ち着いてから様子を見たほうが良いかもしれない。


「淕、ひとまず亘を捕らえろ。連れ帰っ――」


 そう言いながら自分を取り囲む者達を振り返り立ち上がりかけた時だった。グッと亘の方に腕を引かれ、グラリと体が揺れてバランスを崩す。


「奏太様!!」


 無様にドッと地面に尻もちをつくと、慌てた護衛役達の声に混じって、耳元で、低い囁きが落ちた。


「淕を、護衛役にしたのですか? 貴方を我らから奪おうとした、あいつを、私の代わりに……?」

「……違っ――!」


 咄嗟に声を上げかけたところで、ヒュッと風を切るような音が複数聞こえた。

 

 淕と柾、椿、浅沙達が亘を囲うように、真っすぐに武器を向けている。

 

 ただし、亘の抜き身の刀も同様に、俺の首元にあった。


「……申し訳ありません。少々ご辛抱ください」


 本当に小さく、俺の耳にだけ届くような声で亘が囁いたかと思えば、腕を取られ更に布切れを口の中に突っ込まれた。余計な事を言うなといわんばかりに。


「亘さん、もう、やめてください」


 椿の声が悲痛に響く。


「やめろ? そもそも、何故お前が淕なんぞに同調している?」

「亘さんを元に戻したいというのが、我らが主の願いだからです!」


 椿が叫ぶように言うと、俺の腕を掴む亘の手に、痛いくらいにギュッと力がこもった。


 淕は亘に冷たく厳しい声を出す。


「亘、守り手様に二度も刀を向けるという事が、どういうことか、分かっているのか?」

「分かっていなければ、このような事はしない。守り手様がこちらにいる限り、お前らは手出しが出来ないだろう? たとえ、柾と言えど」


 亘が言えば、柾は心底悔しそうな目で、亘と俺をまとめて睨んだ。一応柾でも、守り手を最優先にする気はあるらしい。俺にまで射殺さんばかりの視線を向けてはいるけれど……


「いくらお前でも、この状況で奏太様を連れて逃げ出すことはできまい」

「そう思うか?」


 亘はそう言うと、フッと視線をどこかに向けた。


 瞬間、突然大きな地鳴りが周囲に響き渡った。小石が跳ねるように細かく地面が揺れたかと思えば、複数個所で地面に亀裂が入り始める。

 

 それは、ハク達がいた方も同様だった。ガガガっという音共に足元が崩れる。それとともに、翼のある者が無い者を抱えて次々と飛び上がるのが見えた。


 不安定な足元に、何が起こっているのかと動揺が広がり、淕達もフラリっとよろめく。その隙を待っていたかのように、俺はぐいっと腰のあたりを抱えられ、バサリという翼の音と共に体が浮き上がった。


「亘っ!!!」


 淕の怒声が響き、それとともに護衛役達も俺達を追って飛び上がる。


 空に舞い上がれば、状況がよくわかった。

 

 地面が割れて崩れて亀裂が入り、地下深くに続く暗い穴があちらこちらにできている。

 

 更に、その穴からズズズズと赤黒くて大きく長い何かが複数体現れ始めた。

 

 赤黒い何かは更にぐんぐん地中から這い出してきて地上から空へ伸び上がっていく。


 ……ムカデだ。


 そこに姿を現したのは、体長五メートルはあろうかという長さのワサワサと足の生えた赤黒く平たい巨大な蟲。それが、地面から五体、生えていた。


 ムカデは鋭い牙をキシキシと鳴らし、周囲の者に喰らいつこうと巨体を動かす。その口から垂れた液体は、ジュッと音を立てながら砂の上に落ちた。


 亘は、空を行く者達を邪魔するように大きくうねる巨体の間を縫うように飛び、護衛役達を振り切っていく。


 その上、虚鬼が何処からか複数、地面を駆けてくる姿まで目に入った。


 地上は地獄のような有り様だ。


 それでも、さすがは妖界と人界の精鋭達。

 妖界勢は蒼穹が中心に、人界勢は俺を追いながらも淕が中心となって指示が行き交い、あっという間に体勢を立て直していく。

 

 武官達がムカデの相手をすることで、浅沙達がこちらに来れるような隙を作る。


 亘はそれを振り返り、チッと舌打ちをしたのが聞こえた。ムカデや虚鬼の対処に追われているのは、亘にとって、ついこの間まで一緒に過ごしていた仲間だった者達のハズだ。それなのに……


 亘をこんな風に変えてしまった者への怒りと悔しさででいっぱいになる。


 亘は今まで居たところよりも更に高く高く舞い上がっていく。


 周囲の者たちを高く遠く見下ろせるところまで来ると、亘は本当に唐突に、俺を掴んでいた手をパッと放した。


 ―― はぁっ!?


 ふわりと内臓が浮き上がる感覚がして、一気に背筋が寒くなる。体が落下を始めてざわりと鳥肌が立ち、驚きのあまりに息が止まる。しかし、すぐに俺の体は柔らかい物の上にストンと落ちて受け止められた。


 慣れ親しんだ覚えのある感覚。それが亘の鷲の体の上だと気付くのに、それほど時間は掛からなかった。


 俺は震える手で自分の口に入った布切れを取り払う。


「……ふざけんなよ、亘っ!!!」


 口から出たのは、そんないつもの憎まれ口。それに亘がクッと笑ったのが分かった。


 そんなやり取りすら懐かしくなる。根っこは変わっていないハズだ。それなのに、何でこんなにも……

 

 亘はほんの少し笑っただけで、すぐに黙り込み、地上を厳しい目で見据えた。そこにいるのは、俺を追ってきた浅沙達。


 バサリ、バサリ。


 不意に、亘は今までに無いくらいの力をこめて羽ばたき始めた。周囲に突風が吹き荒び、浅沙達が風に煽られ態勢を崩す。


 更に、バサリ、バサリと亘が翼を動かすたびに、周囲を取り巻く風は強さを増していく。

 突風が周囲一帯に広がり、浅沙たちよりも更に下を飛んでいた者達すらも、強風に体を揺らし耐えているのが見えた。


 次第に風は切り裂く様な音を響かせ上から下へ、外から内へと激しく吹き付ける。

 更に、空間の一部を囲い込むように強く地上に激突して地上のものを巻き上げ始めた。

 

 風に耐えていた虚鬼のうちの一体がバランスを崩して地面にドッと叩きつけられ、更にズズズっと地面の上を風に引きずられていく。その体もまた、外から内へ。円を描くように体を地面に擦り付けた。風に巻き込まれた砂粒も同様に。


 亘の起こした突風は、チリチリとした不気味な音を伴いながら、地面で渦巻き、瞬く間に一点に収束していく。


「……なんだよ……あれ……」


 そこに出来上がったのは、バチバチと音と光を弾けさせて稲光をまとう、巨大な竜巻だった。

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