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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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241. 御先祖様の迎え

 ドガーンッ!!


 突然、大きな地鳴りが穴の中全体に響いた。地の揺れと共にパラパラと砂粒が降ってくる。

 今までも虚鬼の襲撃はあったけど、ここまで大きな衝撃が走ることはなかった。


「な、何事だ!?」


 小部屋の中、護衛役達が俺の周囲に集まり、(こん)が外の様子を見に動く。汐も蝶の姿で情報を集めにスゥッと出ていった。


 その間にも、二度三度と、ドシーン! ドシーン! という音が響いてくる。このままでは、拠点がそのまま崩れるのでは、と心配になって来た頃、ようやくピタリと音が鳴り止んだ。

 まだパラパラと砂は僅かに落ちてくるけど、一応状況が落ち着いたことに、俺はホッと胸をなで下ろす。


「……汐達、戻ってこないけど、何があったんだろう?」

「紺も行きましたし、無闇に動かずしばらく待ちましょう」


 浅沙に言われて、俺はコクと頷く。慌てて動いては、余計に危険を引き寄せることもある。俺も一応、学んでいるつもりだ。


 ピリピリと護衛役達が警戒し、妙に空気が張り詰める中、ようやく汐が蝶のまま戻って来て、パッと人の姿に変わった。紺も汐から少しだけ遅れて戻って来る。

 二人の表情には、困惑の色が浮かんでいた。


「秩序の神の眷属を名乗る方が、恐らく、白月様と奏太様をお呼びです」

「……は? 秩序の神の眷属?」

「はい。秩序の神の血を引かれる陰陽の気を持つ御子をお連れしろ、と……陰陽何れの気もお持ちなのは白月様と奏太様だけですので……」


 秩序の神とは、何処かで聞き覚えのある名前だ。


「ねえ、秩序の神って……」


 声に出すと、紺がコクと頷いた。

 

「ええ。あの鬼が言っていた話ですね。陽の子に味方をして陰の子を封印し、闇を広める原因となった父親が秩序の神だったはずです」


 そうだった。鬼が里の牢屋の中で語った深淵の成り立ちの話に出てきた神様だ。


「……えーっと……つまり、御先祖様が秩序の神当人だったってこと? そして、約束通りに迎えを寄越したと」

「ええ。眷属を名乗る方の言葉からすれば、そうなります」


 汐も眉を下げて首肯した。

 

 昔話の神様が御先祖様だった事にも驚きだけど、俺達の先祖がそもそも闇を生み出す原因だったとは思わなかった。

 以前主様が言っていた。俺達の先祖は咎を負い、そのつけを俺達の代まで払わされ続けていると。

 

 深淵に苦しめられる今の鬼界の惨状を考えれば、全ての鬼達に末代まで呪われても仕方がないくらいだ。頭を抱えたくなってくる。


「それで、さっきの衝撃は何だったのだ?」


 浅沙が問うと、他の者達も頷いて二人を見つめる。

 

「御二方を迎えに来たのは良かったが、結界が邪魔だったため力尽くで破壊して侵入しようとしたようだ。三度の衝撃で結界が持たなくなり、慌てて対処しようと武官達が向かったところで、先程の話をしだしたと……」

「……虚鬼が複数で襲ってきてもビクともしない結界が、たったの三度の攻撃で……?」


 椿が恐れをなしたように呟いた。


 紺が言うには、淕が真っ先に駆けつけて襲撃者が発した言葉を聞いたことで、割と早めに状況の理解ができたらしい。

 淕は里の地下牢で赤眼の鬼の話も聞いているし、柊士を経由して迎えの話も把握している。

 周囲の武官たちを宥め、汐と紺に俺を、宇柳にハクを呼びに行かせたそうだ。


「じゃあ、今は淕が相手を?」

「ええ。破壊された結界の張り直しもさせるそうです」

 

 状況を迅速に把握し的確に対処した淕を、御先祖様の迎えは大層褒めていたらしい。さすがというか何というか。伊達に日向当主の筆頭護衛役を務めているわけではない、ということなのだろう。



 小部屋を出ると、すぐにハクに出くわした。ハクも話を聞いたのか、何だか微妙な顔をしている。


「ハク、深淵の成り立ちの話、聞いた?」

「うん。人界で聞いた」

「秩序の神だって」

「まさか御先祖様が、ね。私達がやらなきゃいけないわけだ」


 ハクは疲れ果てたように、そう言った。


 二人揃ってゾロゾロと護衛を引き連れて入り口へ向かうと、武官達が遠巻きに取り囲むそこに、一人の老婆が立っていた。長く白い髪が一つにまとめられ、顔には皺がたくさんある。けれど、薙刀を持つその姿は細身でありながらしっかりとしていて、背筋もすっと伸びている。怒らせたら怖いんだろうなと、一目でわかる感じだ。


 ……しかも、このおばあさん一人でさっきの地鳴りを響かせて陰の気の結界を破ろうとしたってことか? 怖すぎるだろ。


 少しばかりたじろぎながら近づくと、老婆はこちらに真っすぐに視線を向ける。すぐに俺達の事が分かったのか、さっとその場に膝をついて頭を垂れた。

 

「我が君の言いつけに従い、御迎えに上がりました。姫様、若様」

「……姫様?」

「わ、若様?」


 聞き慣れない呼び方をされ、思わずハクと二人で戸惑いの声を漏らす。すると、老婆は顔を上げて柔和な笑みを向けた。さっきまでの怖そうな雰囲気から一転、久々に会った孫でも見るような顔だ。


「秩序の神が眷属、(あけ)と申します。以後、お見知り置きを」

「あ、白月です」

「奏太です。よろしくお願いします……」


 朱は挨拶をした俺とハクをじっと見つめてから、ふふっと笑う。


「御二方からは、懐かしう気配がいたしますね。陽の御子様のお血筋だからでしょう。ただ……」


 そこまで言うとピタリと俺に視線を止める。その瞬間、表情が一気にグッと固くなった。


「確かに若様からは他の神の気配もいたします。あの方がお怒りのはずです。しっかり叱られなさいませ」

「…………はい……」


 夢の中でも十分怒られたハズだけど、御先祖様は未だに俺達の先祖が何たるかを教える気満々で待ち構えているらしい。むしろ、朱の口調から考えるに、本題はそっちだと言わんばかりだ。気が重い。


「あの、奏太も生きるために仕方なくこうなったのであって……」

「我が君も分かっておいでですよ、姫様。それでも、大事な若様の御身を他者に捧げるようなことを、褒めるわけにはいきませんからね」


 諭すような口調で言われ、俺のフォローをしてくれようとしたハクは、グッと口を閉じた。

 それを朱は仕方がなさそうな顔で見た後、すっくと立ち上がった。


「さあさ、お説教は後にいたしましょう。あの方がお待ちですから」

「あ、いえ、すぐには出発できません。いくつかやらなきゃいけないことがあるんです」


 俺はさっさと出発しようとした朱を引き留めると、チラッとハクに視線を向ける。ハクはそれにコクと頷き返した。


「少しだけ待っててもらえませんか? すぐに準備しちゃうので」


 ハクはそう言うと、パパっと周囲の者達に指示を出し始める。それを横目に、朱は俺に向かって僅かに首を傾げた。


「準備とは?」

「ここにいる全員を連れて行くことは出来ないので、一部を妖界に帰すんです。あと、捕虜にしている鬼を解放したり」


 連れて行く百名以外は鬼界に残していても仕方がないので、一度全員を妖界に送り、人界勢は本家に繋がる関所を通って人界に戻ることになっていた。


「では、捕虜の鬼というのは?」

「人界から鬼界に来た時に鬼に襲撃を受けたんです。陽の気の乏しい鬼界では、俺達みたいに陽の気を使える者が必要だから……」


 俺が言うと、朱はふーむ、と顎に手を当てた。

 

「始末せず捕虜としたのは賢明でしたね。無闇に殺せば闇の力が増したかもしれません」

「それだけじゃなくて、深淵の広がりが深刻になっているせいで、鬼界で暴動や反乱が起き始めているそうです。だから、鬼たちにはそれを抑えてもらわないといけなくて。でも、俺達が深淵に入るまでの間に邪魔されても困るので、一時的に囚えて深淵に向かう直前で解放しようってことになったんです」


 深淵の広がりは気になるが、鬼界の治世の問題は鬼たち自身に任せた方がいい。俺達が変に介入すれば、事態が拗れることも有るだろう。そういう意味では、暴動を抑えようとする鬼の手数は減らさない方がいい。


 たとえ鬼でも大量虐殺をしたくない、という本心は省いてそう説明すると、朱はコクと頷いた。


「ならば、私も共に参りましょう。二度と姫様と若様に手出しできぬよう誓いでもさせておくが良いでしょうから」


 ……柊士と主様の話でもそうだったが、その誓いという言葉にただの口約束ではない物騒な意味を含んでいそうな気がするのは、気のせいだろうか。


「……あの、ちなみに、その誓いを破ったらどうなるんですか?」

「少々の神力を使うので、誓いの程度によっては相応の罰が下りますよ」


 ……なるほど。主様が絡んでいるのを考えれば、人界の妖達が誓わされたのも、似たような効果があるのだろう。やり過ぎだと思ったのは間違いではなかったようだ。


 とは言え、鬼に俺達の邪魔をしないと誓わせることに関して否やはない。手を貸してくれると言うなら、素直に頼ってしまうのが良いのだろう。


  

 武官達と朱が鬼達に誓いをさせたうえで解放しに行き、深淵へ同行しない妖達をハクが妖界へ送りに行っている間、俺は拠点で護衛役達と共に留守番をしていた。


「鬼の世を守る機を与えてくださった事に感謝する、とあの赤眼の鬼が申していました。何かがあれば、協力を惜しまない、と」


 鬼の解放に同行して戻ってきた淕が、そう教えてくれた。

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