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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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240. 二度目の鬼界生活

 万が一にも襲ってこられたら困るので、深淵に行くまでは鬼を解放出来ない。しばらくの間は捕虜として最初に作った拠点跡に収容して見張りをつけ、引き続き聞き取り調査をしながら、俺達は璃耀や椿達がいた拠点に移動することになった。

 

 深淵にいくメンバーの選出をしつつ、来ると言っていた御先祖様の迎えを待つためだ。

 本当に来るのか不安ではあるが、来てもらわないと動きようがない。深淵の何処に行けば良いのか、聞いておけば良かった。


 ただその前に、捕虜を囚えておくにも食料がいる。結局、武官が二名人界に戻り、移動した直後に起こった騒動を報告しつつ乾パンのような日持ちのする食料を取りに行くことになった。


 戻ってきた武官が、怒りと心配の入り混じった殴り書きの柊士の手紙を、疲れ果てたような顔で俺に差し出してきた。けど、俺はざっとそれに目を通したあと、誰にも見られないように手紙を丸めてポケットに突っ込んだ。


『亘の事は、もう諦めろ』


 そう言われても、こればっかりは、聞くつもりはない。誰が何と言おうと、最後まで諦めるつもりはない。

 

「なんて書いてあったんです?」

「いつものお小言だよ」


 巽に尋ねられて、そう笑って誤魔化した。

 


 拠点に移動すれば、見慣れた顔ぶれに迎えられた。皆、無事に過ごしていたようで何よりだ。最後に会ったのは俺が鬼に捕まる前。随分心配をかけていたようで、口々に、ご無事で良かったと、声をかけられた。


 以前拾ったた鬼の子どもは既に居なくて、ハクと一緒に姉と妹が救出され、何処かの村に揃って置いてきたのだと聞いた。姉妹を心配して鬼界の地を彷徨っていたのだ。ちゃんと無事に会えて良かったと思う。

 

 拠点は以前までとは異なり、全体的にギュッと縮小されていた。入り口だけでなく、拠点全体を結界で守るためだそうだ。

 

 ハクと俺、それぞれの為に儲けられた小部屋という名の穴が割り当てられている。もちろん、拠点の何処にも余計な外穴はあいていない。


「ご不便かと存じますが」


とトイレも部屋に近いところに作られていた。いざという時にすぐに駆けつけられるように、とのことらしい。

 

 もう使わないから要らないんだけど……とは思ったけれど、和麻が完全に俺の為だけに作ってくれたスペースだ。気遣ってくれたのが分かったので、何も言えず微笑むしかできなかった。


 それから、飲食物。

 

「お疲れでしょう」


と、宇柳が以前のように気を利かせて持ってきてくれたけど、これも不要になってしまっている。

 

 気力も体力も使った後で全てを一から説明するのも疲れるので、そのまま受け取りはしたものの、明日以降は準備不要とだけ伝えた。

 宇柳は俺が人界から何かを持ち込んだと考えたようだけど、そのうち何処からか話が伝わるだろうと思ってそのまま放置することにした。

 妖連中と似た体になったってだけで飲食以外の生活は大して変わらないし、そんなに重要な話でもない。面倒だし聞かれるまでは黙っておこう。


「……巽、代わりに食べてよ」

「召し上がらないのならば、受け取らなければ良かったのでは?」

「でも、既に作られているのに突っぱねるわけにいかないだろ。厚意で持ってきてくれたわけだし」

「なら、少しでも召し上がっては如何です? 残りは僕がいただきますから」


 正直、襲撃や亘のこともあってものが喉を通る感じではないけど、確かに受け取ったのは俺だ。全く食べないわけにもいかないだろう。


「……わかった」


 ハアと息を吐きながら、汐の毒見を静かに待つ。ほんの少し口をつけて残りを巽にまるっと渡すと、側で見ていた椿が眉尻を下げた。


「奏太様、やはり御身体の具合が良くないのですか? お食事をほとんど召し上がっていませんが……」

「腹はまだ痛いし休みたいけど、食事は関係ないよ。ただ、不要ってだけ」

「食欲が湧かないのですか? しかし、少しでも召し上がった方が良いのでは……」

「あ~……」

 

 一から説明するのが面倒とか言っている場合ではなかった。この小部屋の中で、唯一、椿だけが俺の身体の変化を知らない。が、ここから先、ずっと一緒に過ごすのだ。宇柳達とは違い、説明しないわけにはいかない。


 巽が残りを食べ始めるのを横目に、俺は深く息を吐いた。


 仕方なしに、汐から亘の一件について説明されていたところを省きつつ、廟に連れて行かれて死にかけたところから、順を追って話していく。


 椿はそれを、顔を青ざめさせて聞いていた。


 俺を深淵に連れ出し陽の気を使わせた鬼に怒り、今からでも処分した方が良いのではと言い出し、もう一度深淵へ行くことを心配し……と、人界で散々やった説明と説得を、もう一度椿に対して繰り返す。


 説明しつつ質問に答えつつしているうちにかなりの時間を消費することがわかったので、他の鬼界居残り組への説明は、汐や巽あたりに任せた方がよさそうだと、ぐったりと壁に寄りかかりながらつくづく思った。


「さあ、そろそろお休みください」


 汐に声をかけられ、俺は用意されていた寝袋を受け取る。それを、鷺の姿に代わって翼を広げた椿が、愕然とした顔で見た。


「……え、なに?」

「それをお使いになるのですか?」

「うん……そうだけど……」


 俺が答えると、椿は恨みがましい目を寝袋に向ける。


「私の添い寝はもうご不要ということですか?」

「……え、う、うん……まあ……。あと、その添い寝って表現はちょっと誤解を生む気がするからやめてもらえると助かるんだけど……」

「私の方が温かいと思います」


 ……いや、話聞いて。


「道具があるのだから、護衛の手を塞ぐ必要もないでしょう」

「……汐の手配ですか?」


 椿はムッとしたように汐を見た。

 

「柊士様の御配慮よ。奏太様のお休みの邪魔だから、少し離れていてくれる?」


 汐は椿の反応に一切の興味も示さず、一度俺に渡したはずの寝袋を俺の手から奪い取り、さっさと就寝準備を始める。


 一方の椿は、素っ気ない汐の言葉と態度に更にムムムッと眉間に皺を寄せた。


 ……何でこんなに空気が険悪になるのだろうか。そして椿はいったい何が気に入らないのだろうか。一晩中俺の布団代わりになる事態から脱することができるのに。


「ま、まあまあ、椿。奏太様もお疲れのことだし……」


 宥めるように間に入った巽が、八つ当たり気味に椿にキッと睨まれて押し黙る。浅沙達新しい護衛役達は、巻き込まれまいと遠巻きに様子を見ているだけだ。一切入ってこようとしない。


「さあ、奏太様、お休みください」


 汐は広げた寝袋の方に、問答無用で俺の背を押しやった。


「……奏太様が寝付かれるまで、私が御側におりましょうか?」

「部屋にこれだけの者が居るのだから不要でしょう。貴方は護衛任務につきなさい」

「汐には聞いていません」


 ……もう、何なんだよ。


 助けを求めたくて巽を見ると、困ったように首を横に振られた。浅沙達に目を向ければ、さっと視線を逸らされる。まさかの孤立無援状態だ。

 

 ……仕方ない。


 俺は、二人に聞かせるように、わざと大きく咳払いをした。


「汐、傷が痛むから、痛み止めをもらってきてくれない? 椿は淕のところに行ってきて、俺達が人界にいる間に決まった事とか、これからのことについて確認してきてほしいんだけど」

「いえ、それなら、後で巽から……」

「いいから」


 有無を言わさず笑いかけると、椿はグッと言葉を呑み込んだ。

 

「…………はい」


 二人を小部屋から追い出すと、ようやく周囲が静かになる。その間に俺は、さっさと寝袋の中に潜り込んだ。

 

「巽、あの二人が戻ってきたら、仲裁よろしく」


 ほっと息を吐きながら言うと、巽はぎょっと目を見開く。

 

「えぇ!? 僕ですか!?」

「さっき助けてくれなかっただろ」

「それなら、浅沙さん達だって……」


 巽が恨めしげに護衛役三人に目を向けると、それぞれが気まずそうな苦い表情を浮かべた。当たり前だけど、反論はない。


「残った全員で、だよ。よくわかんないけど、険悪なままじゃ困るだろ。新しい護衛役三人と一緒に頼むよ。俺は寝る」

「そ、そんな……!」


 巽は情けない声を上げたけど、俺は理不尽を承知で、これ以上は聞きたくないと寝袋の中に頭まで入り込んで丸くなった。

 

 正直、今日はもう何も考えたくない。意味も分からない椿と汐の喧嘩にまきこまれてやれるほどの心の余裕はない。

 

「……でも、奏太様御自身が理由が分からないままだと、また同じことを繰り返すと思うんですけど……」


 微睡みの中で聞こえた巽の呟きは、翌朝まで頭の中に残ることはなかった。

 


 一晩おいて頭が冷えたのか、それとも巽達の仲裁のお陰か、翌朝には椿と汐の関係は普段通りに戻っていた。

 でも、当の巽が疲れた顔をしていたので、いろいろ落ち着いたら、そのうち労ってやろうと思う。 

 

 その日から、妖界側は蒼穹が、人界側は淕が中心となって、深淵への同行者の選定が行われ始めた。

 

 柾に代わって人界の妖をまとめなければならなかった空木は、淕の合流にホッとした表情を浮かべていた。

 鬼界という未知の場所で自由奔放な上司の後始末をしながら指揮を執っていたのだ。大変な心労だったのだろう。ちょっと前までは、亘が無茶を言うことも多かったし……

 

 深淵に連れていけるのは百。人界妖界それぞれ五十ずつだ。亘の分の呪物だけは、別に作ってもらって妖界側には秘密で持ってきた。どうせ後からバレるけど、深淵に入ってからなら、何と言われても関係ない。


 人界側はすんなりと決まった。柊士に俺を護れと誓わされた今回連れて来た全員と、椿、柾、空木以下数名。その数名の選出には巽と椿も加わった。信用出来る者以外は絶対に入れないと意気込んで。


 揉めたのは妖界側。正確に言えば、璃耀を連れて行くか否かだった。本人は完全に行く気だったらしいけど、限られた人数を連れて行くのに文官を加えるのも、その文官が雉里の当主であることも問題だった。


 ちなみに、こちら側でも汐を連れて行く事への否定意見はあった。でも俺は何と言われようと連れて行くと決めているし、淕達にもそう伝えて柊士も含めて了承を得ていた。だから、俺の宣言と淕の一喝で、否定意見を完全に握りつぶした。


 妖界側の場合はハクが難色を示した事が話し合いを難航させていた要因。璃耀が説得に説得を重ねているらしいので、陥落するのは時間の問題なような気もするけど。


 どちらにしても、迎えが来るまで動けないのは変わらないので、大いに揉めれば良いと思う。俺は離れたところで傍観だ。


 そうやっているうちに、二度目の鬼界生活も二日程が過ぎていった。

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