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結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚  作者: 御崎菟翔
鬼界篇

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239. 鬼の申し出

「奏太! じっとしてなさいって言ったでしょう!?」


 浅沙に背負われて移動する俺を、ハクが目ざとく見つけて駆け寄ってきた。いや、ゾロゾロ集団で移動するから目立ちまくっているせいではあるけど。


「いや、鬼が俺に話があるっていうから……」

「鬼の心配より、自分の体の心配をしなさいよ。鬼界に来て早々あんな目に遭って、寿命が縮むかと思ったんだから!」

「……すみません……」


 下手(したて)に出て謝ると、ハクは苛立たしげに息を吐いた。その後ろでは、璃耀が『白月様を煩わせるな』と言いたげな笑みを浮かべている。


「それで、あの鬼をどうするつもり?」

「それを判断する為に話を聞こうと思って。淕が言うには協力するつもりがあるみたいだし」


 ハクは俺の言葉を聞いてジロリと淕を睨んだ。意図せず口を滑らせたせいで、俺を動かしたのが淕だと気付いたらしい。


「申し訳ございません」


 淕はただ睨まれただけで即座に謝罪した。柊士のやり方に慣れすぎではないだろうか。


「わかった。なら、私も行く」

「白月様」


 璃耀は咎めるような声を出したけど、ハクはそれを片手で制する。


「あの鬼達の処遇を奏太だけに決めさせるわけにはいかないでしょ」


 今度は俺が璃耀に睨まれる番だった。そんな顔をされても困る。不満があるなら自分の主を諌めれば良いのに。

 そう思ったけど、言ったところで面倒なことになるのは目に見えている。俺は璃耀からスッと視線を逸らして口を噤んだ。


 

 鬼達が捕まっているところまで行くと、蒼穹達が鬼の動向に目を光らせながら、場の収集に動いていた。

 俺達に気づくと、赤眼の鬼は真剣な眼差しで真っすぐに俺を見上げる。鬼界の者達の情報を集めようとしていたからか、鬼の口に猿ぐつわはない。


「想定していたよりも、この世界の状況が悪化しているようだ。我らは、そちらに降る。闇を抑える方法があるなら協力させてほしい」

「一応、それは聞いたけど、具体的にどう変化してるんだ?」


 俺がそう問えば、赤眼の鬼は部下達から聞いた話を述べ始めた。


 まず、深淵の範囲。

 俺達が人界に戻るまでは、白日の廟があった鬼界の中心部である都と王国の直轄領地があり、更にその周囲に五つの領地があって、日石の力を使って深淵の侵食を抑えていたらしい。


 ところが、廟の管理者である鹿鳴と共に俺達が居なくなったことで、日石の供給が一時的に減った。


 苦肉の策で日の力に耐えられる全身鎧を用意して日石を出し入れ出来るようにはしたけど、対応が遅れてしまった。


 結果、安定的に日石が手に入ると高をくくって日の力を無駄遣いしていた領地が一つ、闇に呑まれる事になった。


 鹿鳴が懸念していた通りの事が起こったということだ。


 更に、キガクの領地と合わせて短い期間で二つの領地が深淵に呑まれたことで不安に駆られた領地が他の領地を巻き込んで国家転覆を目論んだ。 

 一方の領地は、この不安定な時期にとんでもないと突っぱね国家転覆を持ちかけた方を止めようとしたが、それがきっかけで両者の関係が悪化し戦いに発展した。 

 そして、反乱を止めようとした領地が国に助けを求めたことで、反逆を企てた領地で大きな粛清が起こった。


 深淵に近い場所では、夜に限らず死と憎悪を撒き散らすと闇に呑まれる。粛清の起こった領地は瞬く間に深淵の一部と化したそうだ。


 つまり、国の直轄地を囲っていた五つの領地のうち、三つが既に闇に取り込まれたことになる。


 思っていた以上にメチャメチャだ。


 残り二つの領地と直轄地は今のところ何とか耐え忍んでいるけど、深淵の侵食に今まで以上に怯えて過ごす事になった。


 その上、深淵が広がったせいか、他の理由があるのか、鬼界を包む陰の気が一層濃くなったらしい。

 

 俺自身は自分の体が以前よりも軽いので気づかなかったが、鬼界にいた他の者たちもそれは感じていたようだ。最初は、日頃から陽の気を微量に垂れ流してる俺やハクが居なくなったせいかと思っていたが、日に日に重くなっていく陰の気に、なんとなく異常を感じ取っていたらしい。


 そしてその影響か、虚鬼が時折、昼にも姿を見せるようになり、夜になると深淵周辺の土地を闇の眷属が襲うようになった。鬼界の者達は戦々恐々としながら暮らし、一部の地域では暴動も起こり、そこをまた闇が呑みこむ。悪循環だ。


 警ら隊を作って巡回させていても、防ぎきれるものでもない。そうやって、今もじわじわと深淵が広がっていっているそうだ。


「この地は幸い、闇の眷属が現れても土地自体が日の力に満たされているから、今のところ深淵の侵食はないだろう。しかし、他の場所で何かが起こればそうはいかない」


 赤眼の鬼はそこまで言うと、奥歯を噛んだ。


「……このままでは、鬼界の全てが飲み込まれる。あの牢で、対処療法ではなく元から止めるつもりだと言っただろう。もはや、一か八か、そうせねばならぬところまで来ている」


 話を聞く限り、ほんの少し鬼界を離れただけで、随分と酷い有様に変わっていた。しかも、きっかけは俺達が作り出したもの。俺も死にかけたし、あそこを出た事を後悔はしてないけど、責任を感じるところはある。


「俺達が信用ならないのは重々承知だ。それでも、深淵を止めることに協力させてほしい。受け入れてくれるのならば、この命にかけて忠誠を誓う」

「……どう思う、ハク?」


 随分切実そうな様子だし、正直なところ、俺は受け入れても良いんじゃないかと思い始めている。


 陰の気の濃さが変化していることを妖連中も感じているなら全てが嘘でもないのだろうし、実際、闇の眷属の襲撃もうけている。

 

 でも、俺は普段から自分の考えが甘いことも十分理解しているつもりだ。伊達に散々怒られてはいない。


「うーん……完全に話を信用するには材料が足りないとは思うけど……」

「そもそも、話が本当だったとして、生かしておいて何の役に立つと言うのです。我らに利がありません。危険が増すだけでは?」


 璃耀はハクの後ろでかなり辛辣な言い方をした。


「戦力になるとは思うけど。あとは奏太が欲してたように、鬼界の情報とか」

「そんなものの為に、背後から刺される危険を冒すのですか? ここで尋ねれば十分でしょう」


 璃耀の言葉に、妖界勢どころか俺の護衛役達も頷いた。まあ、元から反対だったもんな……


「どちらにせよ、これほどの数は同行させられません。陽の気の御守りの数が足りませんから。鬼界に残った者達ですら、全ては連れていけないのに」


 ハクと共に俺に合流した汐が、璃耀の言葉を後押しするように言った。この場の者達の意見を総合すると、さっさと処分しろ、に行き着きそうだ。


 ……でもなぁ……


 やっぱり、たとえ鬼でもこれだけの数の命を簡単に奪うのはできたら避けたい。どうしたものかとハクに目を向けると、同じように困ったような顔で見返された。


「ならば、せめてこの者達を解放してくれ。深淵にいかずとも、せめて闇を広げないために各地の争いや暴動を止めさせたい。それだけでも闇を食い止める時間稼ぎにはなるはずだ。それに、そちらが深淵に入ってしまえば、我が方は邪魔したくてもできない。深淵に日の力を割けるほどの量がないからな」


 確かに話を聞く限り、闇を広げないためには深淵の外で繰り広げられる争いを抑える事も重要だ。これまで鬼達がやってきたことでもあるんだろうし、その手を減らしてしまっては、より闇の広がりが加速させる恐れもある。

 

「……こいつらを解放しろって言うけど、お前は? お前が指揮を執るんじゃないのか?」

「俺は、できたら同行させてほしい。少しでも不審だと思えば殺してくれて構わない。忠誠を誓うと言った言葉に偽りはない」

「何で、そうまでして着いて来ようとするんだよ?」


 すると、赤眼の鬼は言うべきか迷うように、一度ギュッと口を引き結ぶ。それから、うつむき加減にポツリポツリと言葉を落とした。

 

「……闇に、奪われたのだ。俺が王城に行っている隙に、城も家族も恋人も。辺境にあった俺の故郷の全てが一夜にして奪われた。それを、できれば取り返したいのだ」

「……故郷の地は何とかなっても、家族や恋人は……」


 死んだ者は取り返せない。虚鬼になったのだとしても、もとに戻す方法はないと言ったのは、この鬼自身だ。


「分かっている。それでも……」


 気持ちは痛いほどよく分かる。家族や恋人ではないけれど、俺も、闇に連れて行かれた大切な者を取り戻したいから。


「…………連れて行くのがこの鬼だけなら、万が一があっても対処出来ると思うし、わざわざ深淵に着いて来てまで邪魔するメリットはないから、俺は別に良いと思うんだけど……元々連れて行こうとしてたわけだし……」

「「奏太様!!」」


 自分の周りを取り囲むほとんど全員が声を上げた。


「貴重な深淵への同行枠を鬼なんぞに使うおつもりですか!?」

「それだけではありません。鬼の監視にも頭数を割かなければなりません。その分、貴方や白月様の護りが薄くなることもご考慮ください!」

「そもそも、鬼の言う事など真に受けてはなりません!」


 護衛役達から、言いたい放題に反論される。更に巽から、至極冷静な口調で、

 

「だいたい、奏太様は亘さんを探したくて、この鬼を連れてきたのですよね? でも、柾さんの言う事が正しければ、たぶん、亘さんの手がかりはあちらからやって来ます。奏太様を護って尚且つ亘さんを取り戻さないといけないって時に信用の置けない者が近くに居るのは邪魔でしかありません。奏太様が望む結果を得られないかもしれませんよ」

 

と諭された。正論すぎてぐうの音も出ない。


「……言いたいことはよく分かった。なら、深淵に連れて行くのは諦めるから、俺達が深淵に入る直前でこの鬼達を解放してよ。深淵の外で闇を呼ぶ原因を排除するのも重要だろ」

「……この鬼達が持っている日石を回収し、深淵まで追って来られない状態に出来るのであれば……」


 浅沙が言うと、護衛役達はコクと頷いた。


「わかった。ハクも、それでいい?」


 そう尋ねると、ハクは璃耀や蒼穹達の顔を見回す。

 

 うちの護衛役達もそうだけど、完全に納得したような表情ではない。でも、最初の深淵に連れて行く話に比べたら、まだ譲歩出来ることなのか、微妙な顔をしながらも、誰も何も言わなかった。


「うん、じゃあ、そうしよう」


 ハクがそう結論づけたことで、鬼達の処遇が確定した。

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